第122話 その頃 その三
クリスティーナ達がクレイアを脱出した日の朝。
シャルル=アルボーはクレール伯爵邸の敷地内にある迎賓館で目を覚ました。
意識が覚醒した直後は記憶もおぼろげであったが、気絶している間にあった事態の進展を部下から説明されると、すぐに何があったのかを思い出す。
以降、捜索本部となる一室で、部隊指揮と書類整理に追われ続けていた。
あえて詳細に語るまでもないだろうが、今、シャルルの機嫌は最悪である。そこいらの貴族よりも遥かに高貴な生まれの自分が、素性も知れぬ他者に怯えてしまった――それは彼にとって絶対に看過できない屈辱的な汚点なのだから。
ゆえに、可能ならば今すぐにでも自らを脅かした存在の素性を割りだし、八つ裂きにしてカタルシスを得たいところであった。
だが、今の彼にはクリスティーナの捜索という重大な任務が与えられている。また、怒りで我を見失い任務を放棄するほど、シャルル=アルボーという男は愚かでもない。
だから、シャルルは自家の繁栄のために復讐感情をグッと押し殺し、クリスティーナの捜索を第一に考え行動することにした。
まず最初に彼が行なったことは情報の集約と分析である。
有力な証言を片っ端から集めさせ、クリスティーナが逃亡した可能性が高いと判断し、逃げた方角を絞り出す。
また、北ブロックと南ブロックで生じた人的な被害状況に大きな差異があったことや、シャルル自身が実際にリオと接触して得た感触から、北と南で起きた事件がまったくの別件である可能性も視野に入れた。
そうしてある程度の目星を付けると、限られた人的資源を有効に活用し、優先順位の高い事柄に捜索の人員を振り分けていく。
そんな最中の事だ――シャルルが滞在している捜索本部の扉がノックされた。
「入れ」
シャルルが扉の外に声をかける。
すると、警備の兵士が入室してきた。一礼し、用件を伝達するべく口を開く。
「シャルル様。近衛騎士団団長アルフレッド=エマール卿がお越しです。いかがなさいますか?」
「ようやく来たか。愚図めが。さっさと入れろ」
シャルルが不機嫌そうに顔をしかめ、入室を促す。
「はっ!」
兵士が機敏に返礼し、外で待機していたアルフレッドを招き入れた。
すると、たくましい身体つきをした壮年の美男子が室内に入室してくる。
彼こそヴァネッサ=エマールの兄であり、現『王の剣』として、ベルトラム王国最強の剣士として王に認められた男――アルフレッド=エマールだ。
アルフレッドは華美な騎士服の上に蒼い軽甲冑を身に着け、腰には美しい宝石のような石を
「失礼する。遅くなってすまなかったな」
入室するや否やアルフレッドが謝辞の口上を述べた。とはいえ、その顔つきはさして申し訳ないとは思っていなさそうなほどに涼しげである。
「ああ。貴様がグズグズしているうちに、こちらでは大問題が発生中だ」
「そうらしいな。何があったのか、委細を聞かせてもらいたい」
嫌味を隠そうともせず口にして叩きつけたシャルルだったが、アルフレッドがしれっと受け流して説明を促す。
すると、シャルルが小さく眉をひそめた。だが、今はいちいち話の腰を折っている時間はない。
「緊急事態ゆえに、手短に伝達を行う。昨夜、クレール伯爵邸の門付近にクリスティーナ王女らしき少女が現れた。その後、北門と南門が順次強行突破され、それぞれ何者かが脱出したことが明らかとなっている」
「つまり、そのどちらからクリスティーナ王女殿下が城壁の外へ逃げた可能性があると?」
「……ああ。北門から出て行ったのが薄紫色の髪をした少女だったそうだ」
「なるほど。当然、捜索は続けているのだろう?」
「当たり前だ。逃走直後の今で馬鹿正直に街道を進んでいるとは思えないが、既に空挺騎士団を先行させて北と東と南の街道を封鎖させてある」
言って、シャルルが机に広げられた地図上の封鎖地点を指差した。
「森の中に逃げこまれたのなら、そう簡単には見つからないぞ?」
「わかっている。だが、
「……南は街道は封鎖しただけか?」
「現時点では、な。対処したくとも手元にいる捜索部隊だけでは人手が足りん。城壁外部に潜伏している可能性も捨てきれんしな。ある程度の人員は都市に残す必要があるだろう。だから、クリスティーナ王女の向かう先を考え、北と東を優先させている」
「ふむ……」
シャルルの説明に、アルフレッドが小難しい顔を浮かべた。
確かに、クレール伯爵領の北東に位置するレストラシオンの勢力圏内に向かうのならば、北か東を進んでいくのが最短ルートである。
だが、だいぶ遠回りにはなるが、迂回して南を進んでも向かうことが不可能というわけではない。
「ほぼ南を手薄にしてしまうのも、あまり得策とは思えないが……」
「わかっている。少数ではあるがそちらにも部隊を編成して捜索に当てるつもりだ。……もっとも、南の門が強行突破されたのは、クリスティーナ王女の逃走とは別件かもしれんがな」
付け加えるように後半部分を語って、シャルルは忌々しそうに顔を歪ませた。
「何故そうだと言える?」
「……北と南で人的な被害状況がまったく異なるのだ。北は死傷者を出さないように逃げた配慮が
「何? 殺したのは男か、女か?」
まさかヴァネッサが殺したというのか?――アルフレッドが耳を疑う。
年齢こそ離れてはいるが、妹の性格は兄である彼がよく知っている。
ベルトラム王国の騎士達は等しく王族の貴重な財産だ。
ゆえに、親王派として王族に高い忠誠心を持つヴァネッサが、安易に必要のない犠牲を同輩から出すとは思えなかった。
「……男だ。得体の知れぬな。私が率いる騎士一個分隊が軽くあしらわれてしまった」
シャルルの発言に胸をなでおろしたアルフレッドだったが、今度は新たな疑問が浮上してくる。
「騎士一個分隊を軽くあしらっただと? それほどの腕を持つ人物となると、だいぶ候補が絞られてくるはずだが。姫様に協力している我が国の騎士の可能性はないのか?」
「騎士? 騎士だと? あんな野蛮な戦い方をする者が騎士であってたまるか! あれはごろつきの戦法だ! 我が国の騎士の中であんな戦い方をする者に私は心当たりなどない!」
イライラとシャルルが吐き捨てる。
剣ではなくダガーを装備し、行儀悪く蹴り技も使う――およそベルトラム王国の騎士達が扱う格式高い正統派剣術とはかけ離れた戦い方だ。
そんな野蛮な剣術の使い手に手玉にとられたことが、騎士としてのシャルルの自尊心を大きく傷つけているのかもしれない。
「訓練された騎士達を、ごろつき如きが
アルフレッドが話半分に受けとめ反論する。
「わかっている。だから得体が知れないと言った。クリスティーナ王女かクレール伯爵が協力を求めた可能性がないとも言いきれんが、状況的にそんなツテがあったとも思えんしな」
既に都市の冒険者ギルドに照会し、腕利きの人物のピックアップを行ったが、それらしき人物の記録は見つからなかった。
「王族誘拐幇助の件でクレール伯爵はあくまでも容疑者にすぎない。クロと決めつけて物事を語るのはいささか不謹慎だぞ。それとも言い逃れを許さぬ決定的な場面を押さえたというのか?」
シャルルの推理に、アルフレッドが眉をひそめて意見した。
「貴様がもう少し早く捜索令状を持ってきていれば、状況も違ったかもしれないんだがな」
言って、シャルルが大きく舌打ちをする。すると、部屋の扉がノックされる音が響いた。
「入れ」
「レイス様がお越しです。面会をお求めですが、いかがなさいますか?」
一人の騎士が入室して来て、用向きを伝える。すると、シャルルが大きく目を見開いた。
「何? すぐにご案内しろ。粗相のないようにな」
騎士が「はっ」と敬礼し、足早に室内から立ち去る。
「誰だ?」
アルフレッドが来訪者の素性を尋ねた。
「私の客人だ。かねてより付き合いのあるな」
「今は軍事機密について話し合っている最中なんだが?」
言外に部外者を呼んでもいいのかと尋ねるアルフレッド。
「重客だ。無下に扱うわけにはいかん」
シャルルが強い口調で言い放つと、アルフレッドが小さく嘆息した。すると、そこで、再び部屋の扉がノックされる。
「レイス様です」
「お通ししろ」
シャルルが促すと、すぐに扉が開いた。そこからひょろりとした身体つきの男が入って来る。レイスだ。
「これは、これは。シャルル様。ご無沙汰しております。お変わりありませんか?」
レイスが病的に青白い顔に愛想笑いを貼りつけ、
「お久しぶりですな、レイス殿。相変わらずのようで何よりです。しかし、よく私がここにいるとおわかりになりましたな」
シャルルが気心の知れた相手に向けるような笑みを浮かべた。
「実は王都に向かう道中、こちらの都市に立ち寄りましてね。ご領主にご挨拶をと思ったのですが、シャルル様もいらっしゃると小耳に挟んだものですから」
「おお、それはわざわざご丁寧に。とはいえ、せっかくお越しいただいて申し訳ないのだが、今は少々取りこんでいましてな」
「ふむ。もしやそちらの騎士殿とお話中でしたかな?」
レイスがスッと目を細め、アルフレッドを見やる。
「ああ、そやつは一時的に私の部下となった男でしてな。アルフレッド、自己紹介をして差し上げろ」
と、シャルルが気を良くした様子でアルフレッドに命じた。
「お初にお目にかかる。ベルトラム王国近衛騎士団長アルフレッド=エマールだ」
「おお、貴方があの名高い『王の剣』であらせられましたか。ベルトラム王国にかの武人ありと、お噂は聞き及んでおります」
レイスがやや芝居がかったように驚き、握手を求める。
「身に余る評価だ。私はただの剣にすぎない」
アルフレッドはそっけなく謙遜して、レイスの手を握り返した。すると、まるで死体のように冷たい感触が伝わってきて、小さく目を見開く。
レイスはアルフレッドを見据え、薄気味悪く微笑むと、
「ご挨拶が遅れました。わたくし、プロキシア帝国の外交官を務めているレイスと申します。どうぞよしなに」
と、そう名乗りを上げた。
「プロキシア帝国の……」
現在、ベルトラム王国とプロキシア帝国は同盟関係にある。こうして外交官が国の中に立ち入ることもあるだろう。
とはいえ、どうにもアルフレッドには目の前にいるレイスが胡散臭い男に見えて仕方がなかった。まぁ、思っても口や態度に出す真似はしないが。
すると、レイスがおもむろに開口する。
「ところで、何やら都市の中がただならぬ雰囲気でしたが、何か事件でも発生したのですかな?」
「……実は付近を重罪人が逃げ回っておりましてな。この都市の中に潜伏していると睨んでいたのですが、昨晩、何者かの手により内部から城門が突破されてしまったのです」
今のクレイア内部の状況は明らかに異質である。まさか何もないと答えて誤魔化せるはずもない。
シャルルは伝えても構わない一部の事実を掻い摘まんで教えることにした。
クリスティーナ捜索の件を隠すカモフラージュとして、南門で起きた事件のことを語る。
「ほう、それは物騒な話ですな。シャルル様とアルフレッド様が直々に動かれるとなれば、よほどの大罪人とお見受けしますが」
「ええ、追跡の過程で何名か騎士からも犠牲者が出ております。賊は南の街道に逃亡した可能性がありますので、レイス殿もお気をつけください」
「ご忠告痛み入ります。しかし、手練れぞろいのベルトラム王国騎士を複数名もあしらうとは。いったい何者なのか、興味を惹かれますね」
レイスが感心し、目をみはる。
「……傭兵崩れの殺人鬼でしょう」
「決めつけて事に臨むのは軽率だぞ」
やや不機嫌そうに語ったシャルルに、黙って話を聞いていたアルフレッドが言葉を挟んだ。
「決めつけではない! あの男は……!」
シャルルが語気を荒げ、憤りをグッと抑え込むように言葉を呑んだ。
「あの男は?」
「……ルシウスと、関わりがあるかもしれん」
と、決まりが悪そうに呟くシャルル。
すると、面白い名前を聞いたと言わんばかりに、レイスが「おや」と小さく
一方で、寝耳に水だったのか、アルフレッドは目を白黒させていた。
「ルシウスだと? どうしてあいつの名前が出る?」
「賊の男と剣を交えた際に
ぽつりと語るシャルルの言葉に、アルフレッドが渋い顔を浮かべる。
「ルシウスといえば傭兵団『
瞳に好奇の色を潜ませて、レイスが尋ねた。
「レイス殿もご存じでしたか。まぁ、奴はかつては我が国の貴族だった男ですからな」
シャルルがバツが悪そうに答える。すると――、
「……ふむ、何やら立ち入った事情がありそうですな。第三者の私が深く追及するのも無粋というもの。お二方の職務をこれ以上邪魔するわけにもいきませんし、私はそろそろお
レイスがさも空気を読んだかのように申し出る。
「都市に滞在するなら客室を用意させるが……」
「いえ、先を急ぎますので、このまますぐに発つことにしますよ。どうかお気遣いなく」
「そうか……。大したもてなしもできず、本当に申し訳ない。また機会があればゆっくりと語らい合おう」
「ええ、喜んで。それでは」
空虚な笑みを浮かべ頷くと、レイスは部屋から立ち去った。
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そして、レイスが立ち去った後。
「それで、南方面の捜索はどうするのだ? 兵が足りぬと言うのなら、私が出向いても構わないが」
「駄目だ。貴様の単独行動を認めるわけにはいかん。私と一緒に行動してもらうぞ」
アルフレッドの申し出を、シャルルがばさりと切り捨てる。
「随分と信用されていないようだな」
アルフレッドが
「当たり前だ。此度の件では貴様の妹が関与しているのだからな」
「……身内から出た錆びだ。この目にヴァネッサの姿を収めることがあれば、私が処理しよう」
「無論だ。そのために貴様を呼び出したのだからな。『王の剣』に選ばれたその力を私のために使ってもらうぞ」
そう言って、シャルルが
「……ああ」
アルフレッドがこくりと頷く。
「わかっていると思うが、今回の貴様の働きにエマール伯爵家の未来がかかっていると思え。妙な真似をすれば……」
「……承知している」
脅すような声色で語るシャルルに、アルフレッドは感情を押し殺したように首を縦に振ったのだった。
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クレイア近郊にある森の中に、四人の人影があった。
一人は黒いローブを身につけたレイスだ。他の三人は冒険者然とした格好をしている。
何やらレイスが三人の男達に話をしていたようで――、
「ではよろしく頼みますよ。相互に連絡を密に取り合い、迅速かつ柔軟に事の対処に当たるように」
「はっ!」
冷淡な声でレイスが命じると、三人がそれぞれ別の方向に向かって散開した。
「あの方の名前を出したゴロツキですか。騎士数名を殺すほどの技量となると少し気になりますねえ。よもや本人が差し向けたとは思えませんが……」
一人残されたレイスがぽつりと呟く。
「まぁ、シルヴィ王女の件も兼ねて、結果待ちですね。私も先を急ぐとしましょうか。あちこち行ったり来たりと、まったく中間管理職というのも大変だ」
そうぼやくと、レイスは軽く地面を蹴った。その身体がふわりと宙へ舞い上がる。
向かう先は西――ベルトラム王国・王都ベルトラントがある方角だった。
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さらに場所は変わり、ガルアーク王国、王都ガルトゥーク。
王城の尖塔上階にある客室には、『レストラシオン』の勇者である
上質なソファの左右にフローラとロアナの二人を侍らせ、ギュスターヴ=ユグノー公爵と向き合っている。
「で、話ってのは何なんだ?」
と、弘明がユグノー公爵に訪問の理由を尋ねた。
「はい。実はヒロアキ様にもそろそろ身を固めていただきたいと考えておりまして」
ユグノー公爵の意外な発言に、弘明が思わず目をみはる。
「身を固める……結婚しろってことか?」
「左様でございます」
微笑を浮かべ、大きく頷くユグノー公爵。
「結婚ねえ。俺がいた世界じゃ、結婚にはまだまだ早すぎるくらいなんだが」
少し
「まだ結婚が早いというのなら、婚約でも構いません。いかがでしょうか?」
「婚約か。うーむ、それなら、まあ……」
渋々、承諾の意思を見せる弘明。
「しかし、何だって急にそんな話が出たんだ?」
「実は先の夜会以降、ヒロアキ様へ国内外問わず数多くの令嬢からお見合いの申し出がありましてな」
「あー、なるほどなあ。ここいらで俺の婚約を公表することで周囲を牽制しようって腹積もりか」
ユグノー公爵の説明も半ばに、弘明が得意顔を浮かべて語った。
「相変わらずのご明察ぶり、恐れいります」
「まあこの程度は普通だろ。そうおだてるな。そんなことより、いったい俺と誰を婚約させるつもりなんだ?」
尋ねて、弘明がちらりと左右に座るフローラとロアナに視線を向ける。自分が婚約するとなれば、普段から世話役として傍にいるこの二人が候補に挙がると思ったからだ。
フローラが緊張した面持ちでそわそわしているのに対し、ロアナは凛とした姿勢で前を向いていた。
「やはり勇者様の正妻になるとなれば相応の身分が求められますので、私はフローラ様をと考えております」
ユグノー公爵が
「ふうん、フローラはそれでいいのか?」
弘明が横を見やり、フローラに
「え? あ、はい。頑張ります!」
びくりと震え、勇んで首を縦に振るフローラ。
(頑張ります、ねえ。……ぶっちゃけ女としての魅力はロアナやリーゼロッテの方が上なんだよなあ。それと最近会ったリリアーナもか。トークが上手いし、何より男への気配りが上手いあたりわかっているというか、ポイントが高い)
と、弘明がフローラの顔をじっと見据え、自身の中における女性陣の格付けを行う。
(フローラも顔は文句無しなんだが、一緒にいても話は弾まないし、それだけなんだよなあ。魅力のないヒロインの典型的なタイプっつーか。ま、一夫多妻の正妻にするなら、こういう控えめな女の方がやりやすいんだろうが)
下手に正妻に嫉妬でもされて、あれこれ自身の女関係に口出しされても目障りなことこの上ない――、と弘明は考える。
その点、自己主張をしないフローラならば、きちんとわきまえてくれることだろう。
それに、なんと言っても――、
(まぁ、異世界に来たからには姫属性もお約束だ。正妻としてのブランド価値も高いしな。他の男にくれてやるとかありえないし、いいだろ)
やっぱりフローラは捨て難かった。
「フローラがいいんなら、婚約しても構わないぞ」
弘明があっさりとした口調で、軽く決断する。
「おお、誠ですか?」
ユグノー公爵が嬉しそうに頬をほころばせた。
「ああ。ただし、今後は誰を俺の嫁にするかは基本的に俺が決める。無論、そっちの意向も聞いてはやるが、あまり口うるさく指図するなよ。ストレスが溜まるからな」
と、弘明が自らの主張をオブラートに包まず口にする。
せっかく我を押し通せる立場にいるのだから、言いたいことはハッキリと言って釘を刺しておかなければならない――それをしないで不利益を被る奴はただの阿呆だ、というのが弘明の自論だ。
「承知しました。とはいえ、恐縮ですが、可能なら今寄せられているお見合いを何件かお受けしていただきたいのですが……」
「あー、なるほどねぇ。あまりこういうモテ方はしたくないんだが」
「ヒロアキ様の魅力を考えれば、妻になりたいと考える女性が星の数ほどいるのも当然のことですわ」
隣に座るロアナがおもむろに言葉を挟んだ。
「へぇ、ロアナもか?」
ニヤリと笑みを浮かべ、弘明が尋ねる。
「もう、言わせないでくださいまし」
ロアナが気恥ずかしそうに頬を赤らめ、ぷいっと顔をそむいて見せる。
(ははん、可愛い奴め)
弘明は満足げに微笑むと、ユグノー公爵に向き直った。
「で、さっきの話だと国内外問わず申し込みがあると言っていたが、諸外国からはどこら辺の大物から縁談が持ち込まれているんだ?」
「大国ですと、ガルアーク王国からは公爵家を筆頭に、他にもいくつもの名家から申し込みが届いております」
「ほう、ガルアーク王国の公爵家っていうとリーゼロッテからか?」
弘明が嬉しそうに頬を緩め、期待を込めて質問する。
「いえ、今のところクレティア公爵家から縁談の申し込みは届いておりません」
「何? そうか……」
ユグノー公爵から返ってきた答えに落胆する弘明。
(あー、リーゼロッテなら二番目か三番目の席を用意してやってもいいんだが、あまり遅いようだとその席も埋めちまうかもなぁ)
興がさめたとでも言わんばかりに、弘明は少しだけ眉根を寄せた。リーゼロッテから求愛されていない事実が気にいらないのだ。
「今後も見合いの申し出は増えることでしょう。そのすべてと対面することは難しいでしょうが、必要ならば家柄も加味して手前で候補を吟味いたしますので、仰せつけください」
ユグノー公爵に言われて、弘明は少しだけ考えるそぶりを見せた。
「あー、そうだな。まぁ、せっかく申込んでもらったんだ。家柄で落選するような子でも、パーティでも開けば全員とお見合いできるんじゃないか?」
そうすれば会場に男は自分一人だけというハーレム状態である。
その中から好みの子を選んでみるのも面白そうだ――と、弘明が考える。もしかしたらダイヤの原石がいるかもしれないのだから。
「流石、ヒロアキ様はお心が広い。では、なるべく多くのご令嬢にお越しいただけるよう、諸々の手配を精一杯努力させていただきます」
ユグノー公爵が