番外編・特別読み切り短編
書籍版8巻の発売に伴い、以前にお蔵入りになった特典用の短編の公開許可を特別に頂戴しました。
お話の内容はメロンブックス様の特典SSで掲載している「えれめんたる」シリーズに準拠しておりまして、「もしも美春が異世界に転移せず、春人と再会して、何故かセリア先生も地球にいて……」という本編の設定を完全に無視した世界観のお話です。
諸事情で没になった話なので、厳密には「えれめんたる」シリーズの世界線とも違う話なのですが、この機会でなければ永久に未公開になっていたかもしれない話ですので、よろしければご覧くださいませ(没ネタで続きはありませんので、その点はご了承ください)。
春の始業式を一週間後に控えたある日。
天川春人は新たに高校二年生になる少年だ。七歳までの幼少期を過ごした街に存在する進学校に通い、幼馴染と再会し、青春を謳歌している。
現在、春人は学校からほど近い1Kの賃貸マンションで一人暮らしをしている。昨日は実家から帰ってきて就寝も少し遅くなったので、疲れが蓄積していた。なので、普段よりもゆっくりと深い眠りに就いている。
時刻は午前十一時。
「すう」
と、春人はベッドに横たわり、穏やかな寝息を立てていた。そして――、
「すう、すう」
と、同じく穏やかな寝息を立てて、春人に密着しながら眠る少女が一人。少女は長く綺麗な桃色の髪をしており、何故かリクルートスーツを着用していた。
「ん……」
春人は軽く寝返りを打とうとすると、すぐ隣に誰かが寝ていることに気づく。
(……みーちゃん?)
寝惚けた春人は、ぼんやりと隣に眠る少女を美春だと思う。そういえば、今日は美春がお昼前から近所に住む小学生の遠藤涼音と、春人が通う高校に海外から赴任してきた講師のセリアを連れてくると言っていた。みんなでお弁当を作って、お昼から花見をするのだ。
冷静に考えれば、美春が春人の布団に潜り込むという大胆な真似などできるはずもないのだが、睡魔に襲われている春人が違和感を覚えることはない。
しかし、カチャと、玄関の扉が開く音がした。
(……あれ?)
春人はここでようやく違和感を抱く。この部屋の合鍵を持っているのは美春だけだ。今日はギリギリまで寝ているかもしれないから、自由に入っていいと事前に告げてある。
となると、今、部屋の鍵を開けたのは美春ということになるのだろう。では、現在進行形で隣に寝ているのは誰なのだろうか。
春人が鈍りに鈍った思考回路でそこまで考えると――、
「……ハルくん、まだ寝ている?」
美春が恐る恐る部屋の中へ入ってきた。その背後にはセリアと涼音の姿もある。セリアと涼音は「精霊の気配?」と呟くと、顔を見合わせ、不思議そうに室内を見回した。
「みー、ちゃん?」
リオは流石に思考が覚醒してきて、むくりと起き上がる。
「あ、起こしちゃった? ごめん……へ?」
美春は申し訳なさそうな顔を浮かべたが、薄暗い室内に春人以外の人影を発見すると、ピタリと硬直してしまう。
「……ねえ、誰、その子?」
セリアは春人の隣で寝る少女を指差し、恐る恐る尋ねた。
「で、電気をつけますね」
涼音は慌てて扉の横にあった照明のスイッチを押す。すると、室内が照らされる。春人の隣で寝ている少女の姿も、くっきりと露わになった。
「すう、すう」
と、少女の穏やかな寝息が室内に響く。
「……」
少女以外の四人は揃って硬直していた。すると――、
「ん……」
少女が目を覚ました。眠たそうに目をこすり、むくりと上体を起こす。続けて、少女は不意に春人に抱き着いた。
「っ!?」
「……ど、どういうことなの!?」「どういうことなんですか!?」
美春、セリア、涼音の三人は、声を揃えて状況の説明を求める。
「え、いや、ええ!?」
混乱しているのは春人の方だ。昨夜は確かに一人で寝たはずなのに、なんで見知らぬ少女と一緒に眠っているのだろうか。
「これからは私も春人と一緒にいる。ここに暮らす」
少女は春人に抱き着きながら、春人と美春達にいきなり宣言する。
「だ、駄目だよ!」
美春と涼音は声を揃えて叫んだ。
「……ねえ、ここに住むって、貴方、家は?」
セリアは意外と冷静で、訝しそうに少女に問いかける。
「ここ。ちゃんと働いて、家賃を収めるから」
少女はそう答えて、春人の顔を見上げた。
「え、いや……」
突然すぎる展開に、いまだ混乱している春人。少女の外見年齢は春人と同じくらいだが、リクルートスーツを着ているということは、年上なんだろうかと疑問に思う。
だが、わからない。わかるはずもない。しかし、何かを言わねばなるまい。果たして、春人の答えは――。