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精霊幻想記(Web版) 作者:北山結莉

第六章 今日より明日、明日より昨日へ

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第120話 迫られた決断

 クリスティーナとの話し合いを終えた後、リオとセリアは残っていた地下の空き部屋に移動し、ベッドに座りながら二人で向かい合った。

 リオは髪の色を変える魔道具を着用したままだが、セリアは一時的にそれを外している。


「ねぇ、リオ。私……」


 思いつめた顔で、セリアがおもむろに口を開く。すると、彼女の心中を読みとっていたかのごとく、リオが先んじて言葉を被せた。


「クリスティーナ王女に付いていきたいんですよね?」

「え? あ、いや。それを悩んでいる、というか……」


 少なからず動揺したのか、セリアがしどろもどろに返事をする。

 リオは優しい顔で笑みを浮かべた。


「先生の人生です。悔いがないよう、先生が思った通りに行動してください。そのために俺は先生をあの城から連れ出したんですから」

「……リオ」


 きゅっと唇を噛みしめ、セリアがぽつりとリオの名を呟く。彼女がリオと行動を共にするようになってから数ヶ月――、疲弊した心を休めるには充分な時間が経過している。

 当時は軟禁に近い生活を強いられ、半ば強制的に政略結婚を強いられ、何も先が見えない日が続いたが、国を離れたことで見えてきたことは多い。

 貴族として生まれ育ったセリアにとって、貴族としての義務感や責任感を忘れ去ることは困難だ。

 だが、一時的とはいえ貴族のしがらみを捨て去り、リオと過ごすことに安らぎと幸せを感じる自分を見出してもいて――。


「仮に私がクリスティーナ様に付いていったら、リオとは別行動になるんだよね?」


 窺うように視線を向けて、セリアが質問を投げかける。


「残念ながら。俺はベルトラム王国に仕えることはできません」


 首肯し、リオが申し訳なさそうに語った。


「……やっぱりリオはベルトラム王国のことは嫌い?」


 質問に対する答えを予想しているのか、セリアがおそるおそる尋ねる。


「この国が嫌いというよりは、この国に生きる王侯貴族の方々にあまり良い感情は抱いていませんね。もちろん、セリア先生だけは例外ですが」


 困ったように苦笑し、リオは自らがベルトラム王国に対して抱いている複雑な感情を説明した。


「……そっか。ごめんね。変なことをいて」

「いえ」


 リオが首を横に振ると、数瞬の沈黙が降りて――。


「あのね、リオ。私、貴方に何かしてあげられることはないかな?」


 何かにえきれないように、セリアがそんなことを言い出した。


「どうしたんですか? いきなり」


 突然の申し出に、リオが目を丸くする。


「だって、私、リオに与えられてばかりだもの。私から貴方に何もしてあげられてないわ」


 すまなそうに顔を歪ませ、うつむくセリア。


「そんなことはありません。学院に通っていた頃、俺は先生に何度も助けられました」


 否定し、リオがゆっくりと語った。


「それこそ、そんなことないわよ。私、特別なことは何もしていなかったし……」

「特別でしたよ」

「え?」


 リオが端的に告げると、セリアがきょとんとする。


「俺にとって先生は特別な存在でした。だって、先生だけは孤児だった俺に優しくしてくれて、先生と一緒にいた時だけは心が安らぎましたから。それって特別な存在ですよね?」


 と、リオは当時の気持ちをストレートに語った。


「え、あ、いや、その……。どう、だろ……?」


 セリアがとたんに顔を赤くし、あうあうと口を動かし、下を向いてしまう。すると、リオは緩やかに口許くちもとをほころばせた。


「先生は当時のまま、どっしり構えて、あの頃のようにいつも笑顔でいてください。それなら、俺からは特に何も言うことはありませんから」

「う、うん」


 なおもうつむいたままのセリアだったが、消え入りそうな声で小さく首を縦に振った。


「……まぁ、あくまでも俺の願望です。記憶の片隅にでも留めておいてください。少し押しつけがましかったですね。すみません」


 はにかみ、リオが照れくさそうに言葉を追加する。


「そ、そんなことない! 嬉しいもん! 努力してそうするものじゃないかもしれないけど、そうなれるよう努力する!」


 バッと顔を上げて立ち上がり、飛びかかるような勢いで、セリアが言った。そのままベッドに座ったリオの肩に手をかける。

 すると、リオが少しだけ驚いたようにビクリと身体を震わせた。

 背の低いセリアだが、少しだけ彼女がリオを見下ろすような形になった。

 セリアがごくりと唾を飲む。


「あ、あのね! リオ!」

「は、はい」


 決然とした顔つきで、セリアが声を出した。その勢いに押されながら、リオが返事をする。


「えっと、あのね。私、私もね。私にとっても、リオはね。リオは……」


 セリアが小さな身体を震わせながら、どぎまぎと口を動かす。あまり要領をえない彼女の言葉を、リオは黙って聞くことにした。すると――。


「春人」


 突然、無機質なアイシアの声が室内に響いた。

 リオとセリアの身体がびくりと震える。ほぼ同時に、アイシアが実体化してすぐ傍に姿を現わす。


「アイシア?」

「話がある。ちょっといい?」

「え? ああ、うん。いいけど」


 呆気にとられリオが頷くと、アイシアはリオのすぐ隣に腰を下ろした。いつものことだが、その距離は密着しそうなほどに近い。


「ねえ、アイシア――」


 セリアが静かで冷たい声を出した。リオが何故か妙な悪寒を感じる。


「ん?」


 可愛らしく小首をかしげるアイシア。


「ひょっとして貴方、今の話を聞いていた?」

「聞いていた」

「くっ……(この子の存在を完全に失念していたわ!)」


 何もこのタイミングで出てこなくてもいいものを――、狙って出てきたのか、天然なのか、感情が希薄なその表情からは判別がつかないが、セリアはそう思わずにいられなかった。


(あ、でも出てきてくれて助かったのかしら? 私、勢いに任せてすごく恥ずかしいことを口走ろうとしてたし……)


 同時に、妙にホッとしている自分もいて、セリアは複雑な気持ちになってしまう。すると、なんだかとても恥ずかしくなってきて、


「ア、アイシアの話は何なのよ? 明日は朝早くにお父様が来るみたいだし、仮眠をとらないといけないんだから!」


 薄っすらと頬を赤らめ、そんなことを言いだした。

 と、その時のことだ。部屋の外から、何か石の扉が開くような音が小さく聞こえてきた。

 リオ達が地下室に侵入する時に石の床を開いた音と似ている。


「アイシア、ひょっとして話って……」

「うん、上から誰か来る」


 リオの問いかけに、アイシアがこくりと頷く。そのまま再び霊体化して姿を消すと、リオとセリアの間に緊張が走った。

 クレール伯爵が地下へ降りてくるのは明朝のはずだ。いったい誰が降りてきたというのか。 

 リオが静かにベッドから立ち上がり、足音を殺して扉の近くへ歩み寄り、腰に装着したダガーに手を伸ばす。

 外部に慌ただしい気配はなく、待つこと十数秒――、部屋の扉をノックする音が響いた。


「……ヴァネッサです。実はクレール伯爵が降りてきまして。今からダイニングルームで話をすることになりました」


 ドア越しにヴァネッサの声が聞こえて、リオが小さく息をついた。臨戦態勢を解除し、セリアを見やると、こくりと頷かれた。


「承知しました。すぐそちらに伺います」


 ☆★☆★☆★


 リオとセリアがダイニングルームへ向かうと、そこにはクリスティーナとヴァネッサの他に一人の男性が椅子に腰を下ろしていた。

 かの人物こそセリアの父――ローラン=クレール伯爵だ。細身で少し小柄だが、威厳と覇気を感じさせる若々しいナイスミドルである。

 どうやらクリスティーナがローランに何かを説明をしようとしていたところだったようだが――。


「……ん?」


 室内に入ってきたセリアを視界に入れると、ローランがギョッと目をみはる。


「せ……セリアちゃん!? なんでここに?」


 と、ローランが素っ頓狂な声を出す。


(セリアちゃん?)


 一瞬、リオは自分の耳を疑った。


「あはは、ご無沙汰しております。お父様」


 苦笑しながら、セリアがローランに語りかける。すると、ローランは両手を広げ立ち上がり、セリアに抱き着いた。


「げ、元気だったかい? セリアちゃんが失踪した後、セリアちゃんの書体で書かれた差出人不明の手紙がうちに届いたけど、心配したんだよ」

「申し訳ございませんでした。手紙には最低限の情報しか書くことができなくて……。ご覧の通り、私は無事です」


 どうやらセリアは父からだいぶ溺愛されているようだ。

 見た目から受けとった第一印象とは大きく異なったが、ローランが悪い人物ではなさそうだとリオは判断した。


「むむむ。姫様にお伝えしなければならない情報もあるのだが……」


 ローランが悩ましげな顔つきになる。セリアがお城を出てからどうしていたのか、何故この場にいるのか、きたいことは山ほどあるに違いない。


「本当に時間がないのでなければ、先にセリア先生とお話をなさってください。せっかくの親子の再会ですから」


 ローランの心情を察し、クリスティーナが語りかける。


「……いえ、姫様へのご報告を先に」


 逡巡の末に、ローランが決断した。どうやらそれ程に緊急事態らしい。

 それを察し、クリスティーナが身構える。


「わかりました。あまり良い知らせではなさそうですが、お聞かせください」

「はい。それが、王都から追加で捜索隊が送られてくるようでして。おそらく陛下発付の捜索令状をこしらえてくるはずです。そうなればこの地下室を解放しなければなりません」


 と、ローランが難しい顔つきで説明を行う。

 その内容は、クリスティーナにとっては死刑宣告にも等しかった。

 いや、クリスティーナだけではない。クレール伯爵家にとっても家の存続がかかった一大事である。

 この地下室にクリスティーナがいることが判明すれば、クレール伯爵家もクリスティーナ達も一巻の終わりなのだから。

 だが、ローランもクリスティーナも動揺したり自棄になったりせず、表面上は落ち着いているように見える。

 諦めてはいない――、いや、諦めるわけにはいかないのだ。


「……追加の捜索隊が来るのはいつでしょうか?」

「陛下が時間をお稼ぎになっているはずですが、流石に限界でしょうな。早ければ明日の午前中にでも現れることでしょう」

「となると、すぐにでもこの地下室を出て行く必要がありそうですね」


 震えた声で、クリスティーナが言った。その実現がどれだけ困難か、彼女自身もよく理解しているのだろう。


「ええ。日が昇れば否応に目立ってしまいますからな。屋敷の庭には私の手が及ばない人員も徘徊しておりますが、夜間はその数も少ない」


 語って、ローランが複雑な表情を浮かべる。条件が良い夜間であっても、屋敷からの脱出は困難に思えたからだ。

 出て行くという結論を出したはいいが、確率の高い手段に見当がつかない。


「……アマカワ卿。髪の色を変えるという先の魔道具、すぐにでも貸していただくことはできないでしょうか?」


 クリスティーナがリオを見やり、すがるように尋ねた。


「……可能です。予備を取ってきますので、いったん部屋に戻ってもよろしいでしょうか?」

「無論です」

「それでは、失礼します」


 そう言い残して、リオが部屋を出て行く。


「セリア先生。今のうちにクレール伯爵に何があったのか教えてあげてください。それと、急かすようで申し訳ございませんが、先ほどのお返事もお聞かせ願えると幸いです」

「……承知しました」


 クリスティーナの要望に応え、セリアはこれまでに起きた出来事をローランに語ることにした。


 ☆★☆★☆★


「むぅ……。にわかには信じがたい話だが、セリアちゃんの言うことなら、信じるしかないな」


 黙って話を聞いていたローランだったが、セリアが事情を説明し終えると、渋い顔つきで口を開いた。

 既にダイニングルームへと戻ってきたリオにちらりと視線を向ける。


「君がセリアちゃんを助けてくれたわけか。ハルト=アマカワ卿。まずは礼を言わせてもらいたい。ありがとう」


 ローランは椅子から立ち上がると、右手を胸に沿えてリオに頭を下げた。

 もしかしなくとも罵倒されてもおかしくはないと覚悟していただけに、リオが妙な居心地の悪さを覚える。


「いえ、それは、その、私は取り返しのつかないことをしてしまったので。むしろご心配をおかけしてしまい、申し訳ございませんでした」

「まぁ、確かに、相手がアルボーのせがれでなければ、魔法で消し炭にしていたかもしれないが」

「は、はは」


 物騒な発言に、リオが引きつった笑みを漏らす。

 ローラン=クレールといえばベルトラム王国で有数の大魔道士だ。その気になれば人間一人くらいは容易く消し炭に出来るだろう。もちろん相手がリオでなければ、だが。


「お父様、勘違いしないでください。城を脱出すると決断したのは私です。その責任はハルトではなく、私にあるんです。とがめるなら私にしてください」


 セリアがムッと唇をとがらせて語る。


「いや、セリアちゃんは悪くない!」

「じゃあ、ハルトも悪くありませんよね?」

「も、もちろんだとも」


 ローランはセリアの論法にあっさりとくだった。

 セリアが嬉しそうで、それでいてどこか寂しそうな笑みを浮かべる。

 そして――、


「……お父様、私は姫様に付いていきます」


 決然とした表情で、セリアが言った。


「行くな、と言っても、意味はないか」


 どこか諦めたふうにローランが返した。公には失踪中となっているセリアがこのまま屋敷の地下室にいると不味いのはクリスティーナと同じだ。


「はい。お城を出てから、私は心のどこかでずっと悩み続けてきました。このままでいいのだろうか、と。その悩みの答えを見つけるために、ハルトに我儘を言って、こうしてこの地へ連れてきてもらったんです。少々想定外な事態に直面しましたが、かえって決心がついたかもしれません」

「そうか……」


 ローランが渋い顔つきになる。

 セリアはローランにそれ以上の言葉をかけることはせず、クリスティーナに向き直った。


「クリスティーナ様。これが私の返答でございます」

「ありがとうございます。正直、先生ほどの魔道士が同行してくださると、非常に助かります。生き延びて、この恩には必ず報いますので」


 そう言って、王族であるクリスティーナがセリアに深々と頭を下げた。


「光栄です。……殿下。少し、ハルトとお話をしてもよろしいでしょうか?」

「もちろんです」


 クリスティーナの許可を取り、セリアがリオと話をする時間を捻出する。


「セリアお嬢様」


 聞きなれない呼び方でリオに声をかけられ、セリアがくすりと笑ってしまう。


「ハルト。ごめんなさい。貴方に相談もせず、勝手に話を決めてしまって。私の都合で、いつも貴方を振り回してしまっているわね」


 そう語って、とても申し訳なさそうに顔を歪めるセリア。


「そんなことはありませんよ。貴方に恩を返すために、好きでやっていることですから」


 リオが微笑し、かぶりを振る。


「ありがとう。……ハルトならそう言ってくれるってわかっていたわ。だから、私はいつまでも貴方に甘えてずるずると頼り続けてしまったんでしょうね。ズルいと思っても、貴方に甘えているのはすごく居心地が良かったから。……でもね、もうハルトにはたくさんの恩を返してもらったわ。私が貴方にしてあげたこと以上にね」


 言って、セリアが優しく微笑んだ。そして、言葉を続ける。


「だからハルトは逃げてちょうだい。今からでも遅くはないわ。貴方一人(、、、、)ならどうにでもできるでしょう?」


 もちろん、リオがアイシアを呼び出し、二人で精霊術を自在に行使すれば、地下にいる全員を連れても脱出はさほど難しくないのかもしれない。

 だが、セリアはリオが精霊術を人前で使いたがっていないことを知っている。

 また、安易に精霊術を人前で使わない方が良いとも思っている。

 だから、それを利用して助けてくれと頼む真似はしない――するわけにはいかなかった。


「確かに、できるでしょうね。でも、俺が今この状況で貴方を置いて一人で脱出すると思いますか?」


 何を言っているんだと言わんばかりに、リオが呆れ顔を浮かべる。


「でも、貴方は……」


 ベルトラム王国の王侯貴族を嫌っているのでしょう?――喉まで出かかった言葉を、セリアは辛そうに呑みこんだ。


「貴女が仰りたいことはよくわかります。そして、その考えはおそらくそう間違ってはいません――」


 今のリオにはセリアを助ける理由はあっても、クリスティーナを助ける理由はない。そんな義理もない。


「――でも、だからといって、俺が貴方を見捨てる理由にはならないんです」


 リオが安らかな顔でそう言うと、セリアは涙腺が刺激されて、思わず目がうるっとしてしまった。慌てて両目を拭う。


「だからこそ、私は貴方に逃げてほしいの。これ以上、貴方に頼っちゃいけないの。頼りたくはないの」

「では、俺がいなくともこの屋敷から無事に脱出し、『レストラシオン』に合流できると?」

「……うん」


 数瞬の間を置いて、セリアがこくりと頷いた。


「嘘ですね。無理です」

「そんなことない。できるわ」


 リオにあっさりとできないと言われ、セリアがムッと反論する。


「貴方は人を殺したことがないはずです。そして、それはクリスティーナ様も同様。おそらく一緒に行動している黒髪の二人も同じでしょう。対人戦闘の訓練を受けているのはヴァネッサ殿だけ。まともな戦闘要員は一人だけです。そんな五人でぞろぞろと動き回れば否応なしに目立つことでしょう」


 整然とセリア達の戦力状況を分析するリオ。


「リスクを軽減するためには、班を分けて人員を分散するか、陽動役を用意する必要がある。さて、貴方はどんな作戦を立てているのですか?」

「……私が陽動役をやるわ」

「論外ですね。貴方が捕まれば、ご実家に迷惑がかかりますよ。何故、貴方がこの場にいるのか、どう説明しますか?」

「それは……捕まらないもん」

「いえ、貴方は確実に捕まります」

「捕まらないわよ。なんでわかるのよ?」


 セリアがムキになって尋ねる。


「貴方は運動音痴で、逃げ足が遅いですから」

「っ……」


 リオが穏やかな笑みを浮かべて語ると、セリアは返答に詰まってしまった。


「な、何よ! いいの! ハルトはいらないのよ! さっさとどっかに行っちゃってよ!」


 セリアが自棄っぱちになって叫ぶ。意図的に嫌われるようなことを言ってしまう。


「ええ、行きますよ」

「っ……」


 リオが首肯すると、セリアはハッとして顔を歪めた。


「でも、それは貴方を無事に『レストラシオン』まで送り届けたらです。せめてそこまでは面倒を見させてください」

「貴方が、頼むことじゃないでしょうに……」

「そうですね。なので、これで断られたら、勝手に陽動をすることにします」

「馬鹿……」


 そう呟くと、セリアはがっくりと肩を落とした。これ以上何を言っても無駄だと観念したのかもしれない。


「というわけです。クリスティーナ様、私の力は必要でしょうか?」


 と、リオがクリスティーナに視線を移し尋ねた。


「願っても無い話です。現時点で私からは何も見返りは用意してあげられないのだけれど、構わないのかしら?」

「構いません。魔道具貸与の件と合わせて、魔術契約書でいくつか条件を飲んでいただければ」

「承知しました。では、必要な作戦を立てた後、契約を結びましょう。先ほどの話ぶりからすると、貴方なら私達をこの都市から脱出させてくれると考えていいのかしら?」


 スッと目を細め、クリスティーナが期待を込めて問いかける。


「ええ。私が陽動役を引き受けます。外で派手に騒ぎを起こして目一杯注意を引きつけ、警備を手薄にしますので、その隙に屋敷を抜け出してください」


 完全にリオ個人の実力頼りの作戦に、セリア以外の面々が息を呑んだ。


「……ハッキリ言うが、今回に限って言えば陽動は捨て駒がやる役だぞ。私は人員を動かすことはできん。外には戦闘訓練を受けた騎士や兵士が多数いる。生きて捕まれば拷問を受けるだろう。捕まれば死を覚悟しなければならない。本当に君ならできるのかね?」


 と、黙して話を聞いていたローランが言葉を挟んできた。


「できます。ただ、犠牲者が発生するかもしれないのと、一時的に都市機能がマヒするかもしれませんので、それらの点はご承知いただきたいですが」


 リオが躊躇ちゅうちょなく首肯すると、ローランが愉快そうな笑みをこぼした。


「……とんでもない自信だな。よかろう。多少の都市への被害は目をつむる。可能ならば領民への被害は抑えてほしいが、無理は言わん。存分にやりたまえ」


 これである程度は暴れても罪に問われないお墨付きを、領主から直々にもらったことになる。

 後は綿密に作戦を立てるだけだ。


「ありがとうございます。では、詳細を練りましょうか。まず――」


 ☆★☆★☆★


 作戦を実行する直前、黒装束に着替えてローブを羽織ると、リオはローランから呼び出しを受けた。


「アマカワ卿……いや、ハルト君」

「何でしょうか?」


 神妙な顔つきのローランに、リオがやや身構えて視線を据える。


「君を男と見込んでのことだ。……セリアちゃんのことを守ってやってほしい。頼む」


 そう言って、リオに深く頭を下げるローラン。


「言われるまでもありません」


 リオはきょとんとした表情を浮かべると、すぐに微笑し、力強く頷いた。

 当たり前すぎて、言われるまでもないことだ。だが、セリアの父であるローランに頼ってもらえたことは素直に嬉しかった。


「……そうか。ならば、これを受け取ってくれたまえ」


 そう言って、ローランがずっしりと中身の入った小袋を差し出す。


「これは?」

「路銀が入っている。道中、何かと物入りになるかもしれんだろう? 余った分は君の報酬として受け取ってくれ。仕事に見合った対価とは言えないだろうが、そちらは生きて後日再会できた時にでも都合しよう」

「いえ、それは……お受け取りいたしかねます」


 心苦しそうに語るローランに、リオが困り顔で受領を拒否する。


「いいから、受け取りなさい。せめて旅の費用くらいは負担させてくれたまえ」


 ローランは半ば無理矢理リオの手に小袋を握らせた。


「……余った分はセリアお嬢様にお渡ししますので」

「ふっ、君もなかなか頑固な男だな。最近の若い者にしては見どころがある。本来ならば酒でもゆっくりと飲みかわしたいところだが、そろそろ時間だ。行きたまえ」

「はい。失礼します。……それでは」


 そう言い残して、リオは屋敷の庭に通じる階段を登り始めた。

 天井の隠し扉を小さく開けて、精霊術を用い周囲を探索する。付近に警備の隙間ができたタイミングで扉を全開にして、素早く外に躍り出た。

 そのまま巡回する兵達の僅かな隙間を縫うように、見事な動きで瞬く間に歩を進めると、木を利用して軽業師のような動きで高くそびえる屋敷の塀を越えてしまう。


「実力は本物のようだな。なかなかの好青年なようだが、セリアちゃんを泣かしたら承知せんぞ」


 扉を閉めて地下に戻ると、ローランがぼそりと呟く。

 それから、都市のほぼ中心部の遥か上空に、炸裂音を撒き散らしながら一発の閃光弾が打ち上げられたのは、ほんの数分もしないうちのことだった。

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