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精霊幻想記(Web版) 作者:北山結莉

第九章 穏やかな日常、そして……

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第184話 ガルアーク王国訪問

 弘明がリオとの手合わせで騒動を起こした数日後。その夜のことだ。リオはロダニアの邸宅の食堂で、講義を終えて帰宅してきたセリアと夕食を摂っていた。ちなみに、食事中はメイドのアンジェラとソフィに給仕は不要と伝えてあるので、今はリオとセリアの二人きりだ。


「というわけで、私も一緒にガルアーク王国へ行けることになったの。よろしくね」


 セリアはにこにこと嬉しそうに、リオに報告する。 


「ロダニアでの講義は大丈夫なんですか?」


 リオは小さく目をみはり、セリアに尋ねた。そう、いよいよ明日、リオはガルアーク王国の王都ガルトゥークへと向かうのだ。訪問の主たる目的は沙月と会うことだが、ガルアーク王国の名誉騎士である建前上、フランソワへの挨拶も目的の一つに含まれる。

 移動はレストラシオンが所有する魔道船で、クリスティーナとフローラも同行することが決まっていたが、セリアはロダニアでの講義があるため、リオはてっきり留守になるものかと予想していた。

 ちなみに、クリスティーナがガルトゥークへ向かうのは国王フランソワへ新たにレストラシオンの代表に就任した挨拶をするため、フローラがガルトゥークへ向かうのは失踪した騒動を受けての生存報告と事情説明をするためである。


「うん。ガルアーク王国からの帰還後に、集中講義をやることで調整する形になったから。クリスティーナ様とフローラ様に付き添いという形で来てくれないかと頼まれたの」


 と、セリアはご機嫌に語る。


「なるほど。そのお二人のお誘いとあらば、断るわけにもいきませんね」


 リオは口許をほころばせて得心した。


「ええ。……あ、それでね。明日はガルトゥークへ向かう前にアマンドに立ち寄ることになったみたい」

「何かご用でもあるんですか?」

「安全確認のために飛ばした魔道船がアマンドまで足を伸ばしたらしいんだけど、リーゼロッテ様も同行することが決まったみたいなの」

「リーゼロッテ様が……」

「うん。フローラ様の生存も判明したし、ご挨拶がてらぜひ同行したいって。……あとはリオも同行するって聞いたら、話があるから会いたいって言っていたみたいよ?」


 セリアはそう言って、リオの表情をそっと窺う。


「なるほど……。わかりました」


 と、リオはわずかに思案して答える。リオが彼女と会うのは、クリスティーナをロダニアへ送り届けた時以来だ。その時、印象的だったのは――、


 ――つかぬことを伺いますが、アマカワ卿は前世というものを信じますか?


 と、リーゼロッテが不意に口にした台詞である。結局、その時はリーゼロッテの方から話を終わらせ、また機会があればという形で話題は流れてしまったが、もしかしたらこのガルトゥーク訪問の間に何かしらのアクションがあるのかもしれない。リオはそう予感した。そして――、


「それはそうと、ガルアーク王国へ向かった後のことですが、事前にお話ししたとおり知人への挨拶回りに向かおうと思うんですが、その前にこの家にお風呂を作ろうと思うんです」


 リオは話題を変える。


「お風呂?」


 セリアは目を見開き、関心を示した。


「ええ、留守中にセリアが入りたがっていたと、アイシアから聞いたので」


 リオはくすっと笑って言う。


「も、もう。アイシアだって入りたがっていたのに」


 セリアは恥ずかしそうに頬を赤らめた。


「あはは、もちろんアイシアも入りたいって言っていましたよ」

(うん、入りたい)


 リオがおかしそうに笑うと、アイシアの声が響く。


「で、でも、いいの? リオが大変じゃない?」


 と、セリアは向かいに座るリオの顔を見つめて尋ねた。


「いえ。必要な材料はガルアーク王国へ行っている間に揃えてもらうので、一週間から二週間もあれば作れると思いますよ。俺もこの家に暮らしている間はお風呂に入りたいですからね。岩の家の施設には及びませんが、楽しみにしていてください。」


 リオは鷹揚に語る。岩の家に備え付けられた各魔道具は高純度の精霊石を動力源としているため常に潤沢な魔力が供給されている。そのため、水は出し放題、お湯も使いたい放題というシュトラール地方の水事情を完全に無視した生活環境が構築されているが、この家で似たような生活環境を構築してしまうと、色々と技術的な事情を探られかねない。よって、あえてスペックを落として、シュトラール地方の魔術水準でもなんとか再現できる程度の施設にする必要がある。


「……うん、ありがとう!」


 セリアは幸せそうに破顔した。


 ◇ ◇ ◇


 そして、翌日の午前中。リオがセリアと一緒にレストラシオン所有の魔道船に乗船すると、二人を乗せた魔道船はガルアーク王国を目指し、護衛船団と一緒にロダニアを出発した。

 まず向かうのはアマンドで、リーゼロッテの回収を行う。そうしてお昼前にアマンドへ到着すると、乗船準備を済ませていたリーゼロッテがすぐに乗船して、正午には王都ガルトゥークへ向けて出発することになった。

 リーゼロッテが乗った船にはリオとセリア、クリスティーナにフローラも乗船しており、出発後はすぐに王女姉妹に招かれ、船内のサロンにて五人で歓談することになる。

 室内にはセリア、クリスティーナ、フローラ、リーゼロッテの四人がソファに腰を下ろしていて、他には側近中の側近であるヴァネッサだけが壁際に控えている。

 一方、リオは「ハルト様が淹れたお茶をまた飲みたいです」というフローラのリクエストに従い、歓談に臨む五人分のお茶をサロンに備え付けられた給湯スペースで用意することになった。


「お待たせいたしました」


 リオは人数分のお茶を用意すると、四人が座るソファへと向かう。そして、ポットの中で頃合いに蒸れたお茶を、慣れた手つきでカップへと注いでいく。


「………流石、良い香りですね」


 クリスティーナは立ち上る香りをスウッと吸い込むと、柔らかく相好を崩す。


「はい、幸せです」


 フローラは頷き、幸せそうに顔をほころばせた。それから、リオは位の高いクリスティーナ、フローラ、リーゼロッテの順にカップを差し出していく。


「どうぞ」

「どうも、アマカワ卿」

「ありがとうございます、ハルト様」


 などと、礼の言葉を口にするクリスティーナとフローラ。


「リーゼロッテ様も」

「恐れ入ります、ハルト様」


 リーゼロッテも慎ましやかに会釈して礼を言った。


「どうぞ、セリア」

「ありがとう、ハルト」


 セリアも自分の前にお茶が差し出されると、にこやかに礼を言う。そして、リオは最後に自分のお茶を机に置いて着席した。そうして、五人のお茶会がスタートする。

 まずは熱いうちにお茶の香りと味を楽しみ、口々に感想を告げると――、


「……ところで、今回のガルトゥーク訪問には、勇者様はいらしていないのでしょうか?」


 この場に弘明がいないことを不思議に思ったのか、リーゼロッテが尋ねた。すると、クリスティーナが少しバツが悪そうに苦笑して口を開く。


「誠に恥ずかしながら、勇者様にはロダニアで謹慎していただいております」

「謹慎……ですか?」


 リーゼロッテはぱちくりと目を瞬いた。


「ええ。アマカワ卿に対し、いささか以上に礼を失した行動があったことと、神装の力を暴走させてあわや大惨事となりかけたので」


 クリスティーナはこくりと頷く。そう、今回のガルトゥーク訪問にあたって、勇者である弘明はクリスティーナから留守を命じられていた。理由はリオとの手合わせで引き起こした騒動を受けての謹慎処分の一環である。

 リオも手合わせをした翌日にはクリスティーナ直々に公式に謝罪を受けており、クリスティーナがいかに弘明の非行を重く受け止めているのかを説明した。


「……それは、なんと……」


 リーゼロッテはなんと言えばよいものかわからず、ただただ瞠目する。


「フローラをお救いいただいた件でパーティを開催したところ、勇者様がアマカワ卿に決闘染みた手合わせを申し込みまして。その手合わせの際に勇者様が一度敗北。しかる後に神装の力を使えば負けないとごねだし、神装の力を使用した上で敗北。結果、制御を失った神装の攻撃によって観客に被害が生じようとしていたところ、アマカワ卿が魔剣を使用して被害を防いでくださりました。アマカワ卿には多大なご負担を強いることになり、重ね重ねお詫び申し上げております」


 と、クリスティーナは事情を包み隠さず、掻い摘まんで説明した。そして、大きく溜息をつき、リオに小さく会釈する。


「私としては何か実害があったというわけでもありませんし、殿下にそう何度も謝罪していただくわけにもまいりませんので、どうかお気になさらず」


 リオは苦笑してクリスティーナに応じた。


「頭が下がる思いです。とはいえ、いかに勇者様とはいえ、あらゆる好き勝手が許されるわけではないのだと知っていただく良い機会となりました。その意味でもアマカワ卿にはお礼を申し上げたいのです」


 と、クリスティーナは語る。


「そのお言葉だけで十分でございますので」


 リオは粛々とこうべを垂れてみせた。一方――、


(いつかはやらかすと思っていたけど、また見事な失態を犯したみたいね。まあ、なんとか取り返しがつく程度で済んでいるだけ、まだマシな方か。クリスティーナ様にとってはさぞ頭が痛い思いなんでしょうけど……)


 リーゼロッテは話を聞きながら、そんなことを考える。立場上、リーゼロッテとしては弘明をけなすわけにはいかないし、かといってリオに災難でしたねなどと言えば間接的に弘明をけなすような意味合いになりかねないので、この話題に関してはもはや口を噤むしかない。だからか――、


「ともあれ、ハルト様のご活躍をお聞きになれば、フランソワ国王陛下もさぞお喜びになることと思いますよ。ベルトラム王国から出奔なさったクリスティーナ様をお救いし、失踪なさったフローラ様をもお救いになったのですから。サツキ様もハルト様とお会いできるのを楽しみになさっているのではないかと」


 と、リーゼロッテは明るい方向へ話題を変えた。


「そうであるのなら、光栄です。私もお目にかかれるのを楽しみにしておりますので」


 リオは微笑してリーゼロッテに応える。


「私としてもサツキ様とお会いできるのは殊更に楽しみではあります。ガルアーク王国に召喚された勇者様がどのようなお方なのか、強く興味がありますので」


 クリスティーナは沙月に興味があることを示唆した。沙月とは初対面であることに加え、他の国に所属している勇者のことはやはり気になるのだろう。


「私も夜会でガルアーク王国に滞在していた時はあまりお話をする機会に恵まれなかったので、できれば今回はゆっくりとお話をしてみたいです」


 と、フローラも語る。彼女の場合、沙月と弘明の馬があまり合わず、互いに自分から近づこうとはしていなかった関係上、必要最小限の面識しかないのだ。


「礼儀正しく、親しみやすく、ご聡明な方ですので、お二人ならすぐに意気投合されるのではないかと」


 リオは沙月の人物像を思い浮かべ、そう語った。実際、沙月は相応の礼を持って接してくる相手を見下したり邪険にするような性格はしていないので、クリスティーナやフローラならば親しくなろうと思えばすぐに親しくなることが可能であろう。弘明さえいなければ……。


「アマカワ卿がそう仰るのであれば、ますますお会いできるのが楽しみになりました」


 クリスティーナはフッと口許をほころばせた。


 ◇ ◇ ◇


 それから、数時間後、リオ達を乗せた魔道船はいよいよ王都ガルトゥークへ到着した。港へ魔道船を停泊させると、クリスティーナ達到着の知らせは可及的速やかに王城へと伝達される。

 少し遅れてクリスティーナ達が王城まで足を運ぶと、一切の足止めを食らうこともなく、スムーズに城内の応接室へと案内されることになった。

 現在はクリスティーナ、フローラ、セリア、リオ、リーゼロッテがソファに腰を下ろし、国王フランソワ達の到着を待っている。そうして、数分もすると、応接室の扉が開く。

 そこから姿を現したのは、ガルアーク国王フランソワに、第一王子のミシェルと、第二王女のシャルロット。そして、ガルアーク王国に所属する勇者、沙月である。

 リオ達は一斉に起立すると、フランソワ達を迎え入れた。すると――、


「いやはやよくぞお越しくださった、クリスティーナ王女、そしてフローラ王女よ」


 フランソワはまず王女であるクリスティーナとフローラを歓迎する。


「突然に押しかけたにもかかわらず、陛下自らにご歓待いただき恐れ入ります」


 クリスティーナは一同を代表し、丁寧に挨拶を告げた。


「なに、件の亜竜の騒ぎもあり、ここしばらくは他国からの賓客が途絶えておったのでな。久しぶりに王らしい外交業務もできて冥利に尽きるというものよ」


 フランソワは鷹揚に応じる。


「亜竜の件では色々とお騒がせをしております。私がレストラシオンの代表に就任したご挨拶が遅れたことはもちろん、フローラのことも」


 クリスティーナはそう言って、隣に立つフローラのことを見やった。


「クリスティーナ王女がレストラシオンの代表に就任したことはもちろん、フローラ王女の件も聞き及んでおる。災難ではあったが、こうしてまみえることが叶ったことは僥倖だ。なにやらハルトが活躍したと耳にしておるぞ」


 フランソワはそう語ると、愉快そうに笑みを刻んでリオに視線を向ける。


「はい。私もフローラも、アマカワ卿には返しきれぬご恩がございます」


 クリスティーナは粛々とリオに対しこうべを垂れる。


「もったいなきお言葉にございます」


 リオも深々とこうべを垂れ返した。


「色々と面白い土産話が聞けると思い、急ぎ駆けつけた次第だ。サツキ殿もハルトと再会できるのをずいぶんと待ち焦がれていたようだぞ」


 フランソワはニヤリと口許を緩め、沙月を見やる。


「別に待ち焦がれていたわけではないけど、久しぶりね、ハルト君。ずいぶんと大活躍だったみたいじゃない」


 沙月は少し気恥ずかしそうに唇を尖らせると、素っ気ない口調を装いリオに語りかけた。

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登場人物紹介(第115話終了時点)
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