第185話 話し合いと新たな恩賞
「別に待ち焦がれていたわけではないけど、久しぶりね、ハルト君。ずいぶんと大活躍だったみたいじゃない」
沙月は少し気恥ずかしそうに唇を尖らせると、素っ気ない口調を装いリオに語りかけた。
「ご無沙汰しておりました、沙月様。お元気そうで何よりですが、お変わりはございませんか?」
リオは笑みを浮かべ、愛想良く受け応える。
「……ええ。訓練しかすることもなかったし、変わりがなさすぎて退屈していたくらいかな」
沙月はリオが様付けで呼ぶと微かに唇を尖らせたが、小さく嘆息してそう言った。
「サツキ殿はセントステラ王国と連絡を取りたがっていたのだが、亜竜らしき害獣に魔道船が襲われた一件を受けてあいにくと運行は停止中だったものでな。とはいえ、事故に遭ったフローラ王女が無事に発見され、こうして姿を見せてくれたのだ。我が国でも運行再開は頃合いであるな」
フランソワはすかさず沙月が退屈していた経緯を補足すると、魔道船の運行再開について前向きな姿勢を見せる。
「ぜひ、お願いします」
沙月は力強くお願いした。
「うむ。ともあれ、このまま立ち話というわけにもいくまい。色々と聞きたいこともあるゆえ、まずは腰を下ろすとしようか。皆、座るとよい」
フランソワはそう言うと、率先して椅子に腰を下ろす。続けて、リオ達も備え付けの椅子に腰を下ろした。すると――、
「早速ですが、勇者様にご挨拶をさせていただいた後、事務的なお話をよろしいでしょうか? 確度が低いものも含め、陛下のお耳にお入れしたい重要な情報もございますので」
クリスティーナが話を切り出した。
「ほう。構わんかな、サツキ殿?」
フランソワはリオと話したそうにしている沙月を気遣って尋ねる。
「ええ。もちろん」
沙月は二つ返事で頷いた。
「お初にお目にかかります、勇者サツキ様。ベルトラム王国第一王女、クリスティーナ=ベルトラムです。そして、面識はおありでしょうが、妹のフローラ=ベルトラムです。アマカワ卿の隣に座られているのはセリア=クレール。我が国が誇る天才魔道士でございます」
と、クリスティーナは自分の側に位置する面々を沙月に紹介する。
「初めまして。お目にかかれて光栄です、クリスティーナ王女殿下。フローラ王女殿下もご無事で何よりです。……セリアさんも、お目にかかれて光栄です」
沙月はまずクリスティーナとフローラに挨拶をすると、セリアの顔に妙な既視感を抱き少しだけ不思議そうに首を傾げ、だが、にこやかに会釈した。
既視感があるのは当然で、沙月はリオに連れてもらってガルアーク王国城を抜けだして岩の家を訪れた時に偽名を名乗って変装していたセリアと会っていたのだ。
「はい、初めまして。勇者サツキ様。ベルトラム王国はクレール伯爵家の長女、セリア=クレールと申します」
セリアは沙月のことをしっかりと覚えているが、話をややこしくするわけにはいかないので、この場で初めて会った体にして自己紹介をする。
「セリア=クレールといえば我が国でも名の知れた魔道士だ。余も会えたことを嬉しく思う」
と、フランソワ。
「恐悦至極に存じます、陛下」
セリアは恭しくこうべを垂れた。
「クリスティーナ王女とフローラ王女は当然に知っていようが、息子のミシェルと、娘のシャルロットだ」
フランソワはミシェルとシャルロットのことを主にセリアに対して紹介してやる。
「第一王子のミシェル=ガルアークだ。噂の天才魔道士がこれほど可憐な女性だったとは、驚きだよ」
「第二王女のシャルロット=ガルアークでございます。お兄様とお歳が近いと聞いていましたが、ずいぶんとお若く見えますのね。同い年くらいに見えましたわ」
などと、ミシェルとシャルロットはセリアに挨拶をした。
「恐れ入ります」
セリアはこそばゆそうにはにかむ。そうして、挨拶もそこそこに行うと、すぐに本題へと移行することになった。
「まず、フローラが失踪した件についてですが、これは事故などではなく、人為的に引き起こされたものだということが判明しました。亜竜らしき害獣がこれに関与していたのかどうか半信半疑ですが、魔道船が墜落する直前に船内へ侵入者が押し寄せ、空間魔術が込められた古代魔道具を使用してフローラをパラディア王国へと転移させた、とのことです」
と、クリスティーナは最初に概要を掻い摘まんで説明する。
「…………ハルトが救出したとのことであったが、そなた、パラディア王国におったのか?」
フランソワは突飛な話の経緯に目を丸くすると、リオを見やって尋ねた。
「はい。とある男の素性を追っていた次第でございまして」
リオは手短に答える。
「アマカワ卿が追いかけていた男こそが、フローラを拉致した張本人でした。名をルシウス=オルグィーユ。かつて我が国で没落した元貴族の男で、天上の獅子団と呼ばれる傭兵団を統率していた男です」
クリスティーナはすかさず補足して説明した。
「……フローラ王女が乗る魔道船を襲った動機は私怨に基づくものか?」
フランソワはルシウスが没落した経緯から、そう推測する。
「可能性として否定はできないのですが、背後に見え隠れする動きもございまして、何かしらの目的があって行動していたのではないか、というのが当方の見解です」
「フローラ王女誘拐の一件にパラディア王国が関与していると?」
「いえ、アマカワ卿の証言から、パラディア王国が直接に関与していた可能性は低いと判断しております。おそらくはルシウスの側から、誘拐したフローラの取り扱いに関して何らかの約定を持ち掛けたのではないかと。現にパラディア王国の第一王子はルシウスが敗れるとすぐに手を引いたようです」
クリスティーナはリオを見やりながら答えた。
「話が込み入ってきたな。ハルトがどうしてパラディア王国にいたのか、なぜルシウスなる男を追っていた理由を聞かせてくれぬか?」
と、フランソワはリオに問いかける。
「……明るい話ではないのですが、私とその男の間に個人的な因縁があったからです」
リオは事情を大まかに打ち明けた。
「恨んでいた、ということか?」
「はい」
フランソワが確認すると、リオは躊躇わずに首を縦に振る。
「………」
殺伐とした話の経緯に、沙月は静かに息を呑んでいた。
「転移させられたフローラが毒蜘蛛に噛まれ、瀕死に伏していたところ、ルシウスがパラディア王国の第一王子を引き連れて現れた。そこへアマカワ卿も訪れ、交戦へと発展し、結果的にフローラを救出するに至った。大筋はこのようなところです」
と、クリスティーナは引き続き事情を説明する。
「なるほど、な。ずいぶんと数奇な巡り合わせであるが、フローラ王女失踪から救出に至るまでの流れはおおよそ理解した。またしても手柄であったな、ハルトよ」
フランソワは愉快そうに笑みを刻んで得心すると、リオを褒めた。
「私はもともとルシウスに用があっただけですので、フローラ様をお救いしたのは偶然にすぎません」
リオは微苦笑してかぶりを振る。
「相変わらずよな」
と、フランソワは上機嫌に言った。一方、沙月は少し複雑そうな顔をしている。すると――、
「して、背後に見え隠れする動きとは何なのか、訊いてもいいだろうか?」
フランソワはクリスティーナに話の続きを促した。
「まず、プロキシア帝国がフローラの誘拐に関与していたことが明らかとなりました。ルシウス=オルグィーユもプロキシア帝国側の人間であり、その関係で同盟国のパラディア王国を訪れたのではないかと」
「……ふん、なるほどな。それを裏付ける事実があると?」
クリスティーナがプロキシア帝国の存在を打ち明けると、フランソワはいささか面白くなさそうに眉をひそめる。
「はい。アマカワ卿がフローラを引き連れてロダニアへ帰還する折、プロキシア帝国に所属するレイスという名の外交官から妨害を受けたそうです。また、フローラがルシウスによってパラディア王国へ強制転移させた際、レイスも一緒にいたとのことでした」
「フローラ王女が乗っていた魔道船は大型の亜竜らしき害獣に襲撃されたのであったな。プロキシア帝国は下位の亜竜を使役した空挺騎士団を有しているが……」
「考えたくはありませんが、プロキシア帝国が大型の亜竜をも使役する術を有している……という可能性も浮き出てきます」
「……で、あるな」
フランソワは思案顔で唸った。
「悪い知らせはもう一つ、いえ、二つございます」
「と、言うと?」
「一つ。ルビア王国がプロキシア帝国と影で結託している可能性が濃厚だということです。アマカワ卿とフローラがロダニアへ向かう折、レイスという男と一緒に第一王女のシルヴィ姫、並びにルビア王国騎士団が襲撃に加わってきたとか。また、その場には勇者と思しき少年も混ざっていたことをアマカワ卿が確認しております」
クリスティーナはガルアーク王国やレストラシオンと友好関係にあるはずのルビア王国が離反している話に言及する。
「……初耳、であるな。シルヴィ王女は先日の夜会にも出席していたと記憶しているが……」
フランソワは渋い顔を浮かべる。
「もう一つの悪い知らせこそ、その夜会に関連しています」
「ほう……」
「私はその時の夜会に参加しておりませんでしたが、二日目に賊が会場に押し寄せる騒動があったとか。その賊を手引きした人物がシルヴィ王女であることを匂わせる会話が、シルヴィ王女とレイスの間で繰り広げられたそうです」
「穏やかではないな。いかに現状は友好国とはいえ、これが事実であるのなら、開戦の理由にもなりかねない話である。よくぞ伝えてくれた。ルビア王国へ探りを入れてみるとしよう。感謝する」
「いえ、今日、私がお伝えした情報を入手したのは、すべてアマカワ卿ですので」
クリスティーナはリオの手柄であることを強調した。
「うむ。聞くところかなりの手勢を相手にしたようだが、よくもまあ切り抜けてみせたものだ。相対した勇者殿に関する話は後ほど改めて聞くとして、そなたにはまたしても恩賞を与える必要がありそうだな」
フランソワはフッと笑みを浮かべ、リオを見やる。
「平にご容赦を。これ以上、欲するものはございませんので」
リオは苦笑してかぶりを振った。
「恩賞の与え甲斐のないところも相変わらずであるか。恩賞を断るのに容赦という台詞を口にするのもそなたくらいであろう。クリスティーナ王女も苦労したであろう?」
フランソワはくつくつと笑って、クリスティーナに水を向ける。
「はい。基本は断られてしまうので。ロダニアで邸宅をご用意させていただきましたが、それだけです」
と、クリスティーナは相好を崩して答えた。
「ほう。家を持ったのか?」
フランソワはリオが家を手にしたことに興味を持つ。
「はい。ロダニアを居住の地としているわけではないので、普段はそちらにいるセリアにお貸ししつつ、滞在中は利用させていただいております」
リオはセリアを見やりながら応じる。セリアはこそばゆそうにはにかんだ。
「彼女に……。そなたと何かしらの繋がりがあるのか?」
フランソワはリオとセリアの関係に興味を示す。
「恩人と申しますか、私を名誉騎士にしていただいた前から、個人的な親交があったものでして」
「ふむ、そうか……」
フランソワは相づちを打ちながら、思案顔で沙月に視線を向けた。そして――、
「では、この王城の傍にもそなたの邸宅を用意するとしようか。それを持って此度の件の恩賞としよう。ちょうど余が所有する物件が余っているのでな」
と、軽い調子でそんなことを言いだす。
「……は?」
リオは思わず目をぱちくりと瞬いた。
「その方が何かと便利であろう。サツキ殿も王城の中ばかりにいるのは退屈であろうが、個人的に交友のあるそなたの邸宅とあらば訪れるのに何の支障もあるまい?」
フランソワはそう語り、沙月の存在を持ち出す。沙月は突然の話の流れに、リオ同様「え……?」と呆気にとられている。
「ですが……、沙月様も若い女性でいらっしゃいますから、若い男の家を訪れるのは外聞がよろしくないのでは?」
と、リオは沙月の顔色を窺いながら語った。
「ならば、シャルロットも同行すれば良かろう。王都にいるのであれば、リーゼロッテが行くのもよいかもしれん。なあ」
フランソワはそう言って、シャルロットとリーゼロッテに水を向ける。
「まあ、素敵ですわね。私は喜んで」
シャルロットはにこやかに頷いた。
「……ご迷惑でないのなら、私も喜んで」
基本的にこの場では聞き役に徹していたリーゼロッテだったが、話を振られるとリオの顔色を窺いつつ、微笑して首を縦に振る。
「むう……」
セリアはちょっぴり複雑そうな顔で、そっとリオの横顔を覗いた。また、第一王子のミシェルは何か思うところがあるのか、少しばかりムッとしているが、王の采配に口を出すつもりはないのか、グッと口を噤んでいる。すると――、
「決まりだな。数日内に空き物件の案内をさせる故、よければ沙月殿も一緒に、見て回るといい。よい気分転換となるだろう」
と、フランソワは話をまとめた。
「……ありがとうございます」
沙月はちらりとリオに視線を向けると、少し気恥ずかしそうに礼を言う。
「では、話の続きといこうか。もう少し事の委細を聞かせてもらいたい」
「畏まりました」
フランソワは満足そうにほくそ笑むと、話の流れを戻そうと舵を取った。それから、小一時間ほどは事情説明の時間が続き、情報の共有が行われることになる。
「さて、余とミシェルは執務がある故、そろそろ席を外さねばならん。シャルロット、後のことはそなたに任せるとしよう」
フランソワは十分に話を聞くと、退室するべく腰を上げた。
「承知しました、お父様」
シャルロットはにこりと笑みを咲かせて首肯する。
「うむ、任せた。では、行くぞ、ミシェル」
「はい、父上」
フランソワはそう言い残し、ミシェルと一緒に退室していく。室内に残ったのはリオ、セリア、沙月、リーゼロッテ、クリスティーナ、フローラ、シャルロットと、見事に高位の王侯貴族の女性ばかりである。すると――、
「では、天気もよいことですし、この場に残った皆様で一緒に、お外でお茶会といきましょうか。ご案内いたしますわ」
と、シャルロットが室内の面々を見回しながら提案する。そうして、リオは事の成り行きで、この場にいる少女達全員というなかなか珍しい組み合わせのお茶会に参加することになった。
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