第191話 再会
前回までのあらすじ:セントステラ王国訪問の許可を求めて使者を送った沙月だったが、貴久の意向により来国を拒否されてしまうことに。一方で、いよいよアイシアを引き連れて精霊の民の里へ帰還したリオは、サヨやコモモと再会して――。
場所は精霊の民の里。リオはラティーファ達に出迎えられて里の庁舎前にある広場に降り立つと、もう半年以上も前にヤグモ地方で別れたはずのコモモとサヨと遭遇した。
「コモモ……ちゃん? サヨ、さんも……」
あまりに驚いたものだから、思考が停止しかけて、改めて二人の顔をまじまじと見つめる。そこにいるのは確かにコモモとサヨだ。しばらく会わないうちに二人とも少し大人びたように見えるが、見間違えるはずもない。
キラキラと目を輝かせているコモモに対し、サヨは固唾を呑んでいるというか、少し緊張しているように見える。リオと視線が合うと、所在なさげに目線を逸らしてしまった。
(まさか俺を追ってきた……のか?)
リオは二人を見つめたまま、彼女達がこの場にいる理由を考える。ヤグモ地方を出て行く際に、祖父であるホムラからゴウキ達を家臣につけると言われ、乗り気なゴウキ達からも連れていって欲しいと頼まれたことを思い出しながら……。
だが、動機はともかく、精霊の民の里にたどり着いて滞在している経緯については見当がつかなかった。二人はカラスキ王国で標準的な着物ではなく、里で作られたであろう服を着ているし、こうして出歩いていることから里の人間から受け容れられていることが窺える。そのことに少しだけホッとしつつ……。
「……ゴウキさんはどちらに?」
リオは小さく息をついて心を落ち着け、ゴウキの居場所を確かめた。おそらくはリオが里へ戻ってきたことはゴウキ達の耳にも届いているだろう。
カラスキ王国を出立した際に二人の同行を拒否した手前、自分のことを追いかけてきて再会できたことを素直に喜んでしまうわけにもいかないというか、まずは情報の共有をするべきだと考えた。すると――、
「
広場に集まってきた住民の中から、ゴウキがスッと姿を現して近づいてくる。その背後には妻のカヨコもいた。
「驚いていますよ。なぜ、この場にいるんですか?」
リオはわずかな呆れを滲ませて問いかける。
「リオ様のもとへはせ参じる旅の途中に、たまたまこの里へたどり着きましてな。こうして滞在させていただいている次第でございます」
ゴウキはほんの少しだけバツが悪そうに答えた。だが、それでも――、
「同行はお断りしたはずですが?」
「ですから、同行は断念し、追いかけてきたのです」
と、言葉遊びの中に確たる意思を覗かせてリオに語る。
「……わかりました。ならば、お伝えしておく話がありますので、最長老様達のもとへ向かいましょうか」
リオは思案し、深く嘆息して告げる。そのやりとりをすぐ傍で黙って見守っていたサラ、オーフィア、アルマ、ラティーファだったが――、
「では、最長老様達のもとへご案内いたします。コモモとサヨも、どうぞこちらへ」
と、年長者のサラが提案する。リオはこくりと頷くと、一緒に行こうという意味を込めて隣に立つアイシアに微笑みかけた。
アイシアはこくりと頷き、移動する流れになると思われたのだが――、
「……それはそうと、リオ様。そちらの麗しい少女は?」
ゴウキがアイシアを見て尋ねた。コモモやサヨも気になっているのか、見惚れたようにアイシアのことを見つめている。
「名前はアイシア。私と契約している精霊です」
と、リオはアイシアを紹介した。
「精霊……でございますか。いや、この里に来てから日常的に目撃してはおりますが、まさか人型精霊とは……」
ゴウキはまじまじと目をみはる。精霊術が知られているヤグモ地方だが、精霊の存在は一般的ではない。だが、それでもこの里に来てから精霊のことを色々と知るようにはなった。
人型になれるのは準高位以上の精霊だけであること。そして、精霊の民の間で準高位以上の精霊は神格化されて敬われていること……。
「アイシアは私と契約したままずっと眠りに就いていたんですが、少し前に目覚めました。彼女のことも最長老達にお話ししないといけないんですが、自己紹介だけ先にこの場でしちゃいましょうか」
リオはそう言って、アイシアを見やる。
「アイシア、よろしく」
と、アイシアは簡潔に自己紹介をした。
「これは……申し遅れました。某はゴウキと申します。背後におりますは妻のカヨコ、そこにいるのは娘のコモモと、傍仕え見習いのサヨです」
ゴウキはヤグモ勢を代表して各々の紹介を行い、恭しく頭を下げる。他の面々も紹介された順番に従ってこうべを垂れた。
「貴方達のことは知っている。春人の大切な人達」
アイシアは静かに告げる。
「おお、おお! それは大変光栄でございますな。リオ様からお聞きになれておりましたか。……と、ハルト?」
嬉しそうに口許をほころばせたゴウキだったが、聞き慣れぬ名前を耳にして首を傾げた。
「シュトラール地方で活動するにあたってつけた私の偽名です。少し事情が複雑といいますか、その辺りのことは最長老様達のもとで」
そうして、リオ達は今度こそ最長老達のもとへ向かうことになったのだった。
◇ ◇ ◇
十数分後。庁舎の最上階、会議室として使用されている一室で、リオとアイシアは最長老達と着席しながら対面していた。
「まずはよくぞ戻ってきてくれた。歓迎するぞ、リオ殿」
と、三人いる最長老の一人、ハイエルフのシルドラがリオの帰還を喜ぶ。
「うむ、リオ殿の契約精霊……アイシア様もお目覚めになったことじゃしな。こんなに嬉しいことはない」
もう一人の最長老、狐獣人のアースラもうむうむと首を縦に振って同意した。
「にしても、こりゃまたずいぶんとお綺麗なお方だな。娘っ子どもも冷や冷やしているんじゃねえのか……っと」
三人目の最長老、エルダードワーフのドミニクはそう語り、ニヤリと笑って室内にいるサラ、オーフィア、アルマ、ラティーファを見やる。が、親族のアルマにジロリと睨まれると、白々しく視線を逸らした。
「ありがとうございます。もう少し早く戻ってこられればよかったのですが、色々と立て込んでしまったものでして」
リオはそう言って、微かな
「うむ。立て込んだというほどではないが、リオ殿が出ている間にこちらでも多少の動きはあった。知っての通りゴウキ殿達が里を訪れたわけだが……。困ったな。何から話をするとしようか」
と、シルドラはフッと笑って語る。長い眠りから目を覚ました人型精霊のアイシアのこと、リオが知らぬうちに里を訪れたゴウキ達のこと、そしてリオからの報告事項など、話をすることは多い。
「では、あまり長く時間もかからないと思いますし、私からの話はゴウキさん達への報告も絡むので、まずはアイシアのことから話をしますか? シルドラ様達が知りたいのはアイシアの正体について、ですよね?」
リオはそう提案し、向かいに座る最長老達に問いかける。
「うむ。その通りだが、何かわかったのか?」
シルドラは目を見張って訊き返した。
「いえ、残念ながら。どうも記憶が曖昧なようでして、私と契約した経緯すら覚えていないようなんです。皆さんか、同じ人型精霊のドリュアス様なら何かわかるのではないかなと思ったのですが……」
リオはおもむろにかぶりを振って、アイシアに関する事情を大まかに打ち明ける。
「なんと……、記憶が曖昧ときたか。うーむ、我々もドリュアス様以外の人型精霊のことはよくわからぬのだが。となると、改めて場を設け、そこにドリュアス様にもお越しいただくのが一番か」
シルドラは大きく唸ると、アースラやドミニクと顔を見合わせて言う。すると――、
「はいはい、私ならここにいるわよ」
いつの間にこの部屋へやってきたのか、霊体化していたドリュアスが揚々とした声で語りながら、スッと姿を現したのだった。