第193話 報告と勧誘
【前回までのあらすじ】
里の面々の前でアイシアの紹介を行い、その正体がいまだ謎に包まれていることを打ち明けたリオ。大樹に宿る同じ人型精霊のドリュアスでさえアイシアの正体はわからなかったが、二人で話をしてみたいという彼女の提案により、庁舎の会議室を二人で退室していく。
すると、室内にはリオ、ラティーファ、サラ、オーフィア、アルマ、最長老三人、そしてヤグモ地方からやってきたゴウキ、カヨコ、コモモ、サヨが残ることになり――。
ドリュアスに連れられ、アイシアが退室していくと――、
「では、話を進めるとしようか。リオ殿の報告が先か、ゴウキ殿達が里にいる経緯を説明するのが先か。そこから決めるとしよう」
ハイエルフの最長老、シルドラが一同を見回しながら話の再開を促した。
「では、まずは某からリオ様にご説明申し上げましょう。まあ、おおよそはリオ様が想像されている通りでありましょうがな」
ゴウキがリオを見やりながら開口した。
「皆さんが私を追ってきたということはわかります。一緒に来ていただく必要はないと、きちんとお断りしたはずですが」
と、リオは溜息交じりに語る。
「同行は諦める、とは申しましたな。リオ様はお一人でシュトラール地方へ向かわれるとのことでしたので」
ゴウキはニヤリと笑い、当時の会話を振り返った。
「同行は禁止されたから、追いかけてきたと……。大変なんてものではなかったでしょう」
とんでもない積極性と行動力である。リオは呆れがちに溜息を一つ。
獰猛な生物が蔓延り、道なき道を進んできた。土地によっては過酷な気候だったり、年中、太陽が出ていなくて方角がわからなくなったりする場所もあるので、里へたどり着くだけでもかなりの日数を要したはずだ。
「まあ、大変であることは予想しておりましたが、おかげで良い修行になりました。幸い途中で離脱する者もおりませんでしたゆえ」
ゴウキは涼しい顔で答える。
「……相変わらずですね。死者が出なかったのなら何よりですが」
以前にも修行になると言っていたことを思いだし、リオはほんの少しだけつい口許をほころばせてしまった。本当に追いかけてくるなんてという呆れはまだあるが、生半可な気持ちで追ってきたのではないことは理解しているだけに、怒ることはできない。
「まあ、基本的には手練れしか同行させておりませんでしたからな。とはいえ精霊術の才があるとはいえ村娘のサヨにはちと辛い旅だったでしょうが」
ゴウキはそう言って、サヨを見やる。
「まさかサヨさんを連れてくるとは思いもしませんでした」
そうやってリオからも視線を向けられると――、
「っ」
サヨはサッと俯いてしまう。
「ずいぶんとリオ様のことを思っておりましたゆえ、某から声をかけましてのう。過酷な旅でしたが、弱音を吐かず健気に付いてきましたぞ」
「…………」
ゴウキに当時の状況を語られると、サヨから気恥ずかしそうな、同時にバツが悪そうな空気が伝わってくる。
「このことを、ユバさんやルリは?」
リオは村長である自分の祖母と従姉の了解を得たのか、ゴウキに尋ねた。
「無論、了承は得て同行させております」
ゴウキがそう語っている間も、サヨは萎縮したように俯いたままだったが――、
「また後で話をしましょう、サヨさん」
「は、はい」
リオが声をかけると、顔を上げてこくこくと頷いた。
「それで、どうして皆さんがこの里にたどり着いたのか、詳しい経緯を伺ってもいいでしょうか?」
と、リオは続けて質問する。
「この里にたどり着いたのは完全に偶然ですな。我々がカラスキ王国を出立したのはリオ様が発たれた数日後のことでしたが、里にたどり着いたのはほんの一月ほど前のことでして……、まあ、色々とあって互いにリオ様と見知った仲であることが判明しましてな」
「リオ殿がそう遠くないうちにまたこの地へ帰ってくるであろうことを伝え、こうして客人として迎え入れたというわけじゃ」
などと、経緯を掻い摘まんで語るゴウキと狐獣人の最長老アースラ。
「なるほど……」
おおよそ想像したとおりだったのか、リオはそう言って納得した。が、少し物憂げな色が灯った眼差しでゴウキ達のことを見る。ここまで追いかけてきてくれたゴウキ達にルシウスへの復讐が叶ったことを伝えたら、どのような反応が返ってくるのだろうと少なからず不安に思ったのだ。この場には復讐のことを打ち明けていない里の面々もいる。
だが、もしかするとゴウキ達の口から里の者達にも復讐のことは伝わっているのかもしれない。彼らが自分を追ってきた理由とも深く絡む話なのだから。リオはそう思った。すると――、
「何か気になるところでもあるのか、リオ殿よ?」
シルドラがリオの機微を察して問いかける。
「……いえ、ありません。次は私がゴウキさん達へ報告する番ですね」
リオはゆっくりとかぶりを振って言う。
「話しにくいことなら、儂らは席を外してもよいぞ?」
と、アースラはリオを気遣って提案した。
「いえ、問題ありません。私が里へ戻ってきた理由とも絡みますので。皆さんはゴウキさんからどこまで私の話を聞かれましたか?」
リオはアースラ達に尋ねる。もしも復讐のことを聞いているのなら、その辺りの前提を省いて説明を行うことができると思ったからだ。
「流石、察しがよいのう。リオ殿の母君がヤグモ地方の王族であったこと、それがどうしてシュトラール地方で生まれ育つことになったのか、ゴウキ殿達がなぜリオ殿に強い忠誠心を抱いていて、その力になってやりと思っていることなど、色々と聞いたよ。リオ殿が辛い過去を抱えておるということもな」
アースラがやれやれと、苦笑交じりに答えた。
「では、私の母がとある男に殺されたということも?」
「……ああ、聞いた」
アースラが頷き、里の者達が微かに固唾を呑む。
「そうですか……」
リオはスッと目を閉じる。
「本人不在の場で色々と過去を掘り返すことになってしまったわけだが、ゴウキ殿達のことは責めてやらないでやってくれ。儂らがあれこれ詮索した結果じゃ。すまなかった」
と、プライバシーを侵害してしまったことを謝罪し、ゴウキ達に配慮してフォローするアースラ。
「いえ、気にしていませんので。お互いの素性もわからぬ状態で、両者が歩み寄る共通の話題は私以外にないでしょうから」
リオは穏やかに笑みをたたえて首を横に振った。領域内に人間族のゴウキ達が集団で立ち入ったとなれば、里からすれば決して穏やかな事態ではなかったことは容易に窺える。それこそ互いが敵ではないのだと信用するに足る証でもない限りは。
「ふむ、その辺りのこともお見通しか。過去にリオ殿が立ち入ってきた時の反省もあって、現場での話し合いはスムーズに進んだようでな。そこでリオ殿の名前が出てきて、儂らと対談することになったんじゃ」
「私がいたことで皆さんの間で不幸な行き違いが起きなかったのなら幸いでした」
リオはフッと笑ってそう言うと――、
「ともあれ、そこまで事情を把握されているようでしたら、端的に申し上げても大丈夫そうですね。ゴウキさん」
姿勢を正して、ゴウキに向き直った。
「はっ」
ゴウキは畏まって頷く。
「私が里へこうして戻ってきたのは、あちらで済ませるべきことを一通り済ませてきたからです。復讐は叶いました」
と、リオは包み隠さずに打ち明ける。
「なんと……」
ゴウキは大きく目を見開く。すると――、
「大変な思いをしてここまで足を運んでくださったのに申し訳ありませんが、皆さんが私の後を追う理由はもう存在しません。なので、ここで引き返してカラスキ王国へ戻られてはどうでしょうか? カラスキ王国にも顔を出そうと思っていましたから、私と一緒に。空路で進めば徒歩で移動するよりは安全ですし、時間も大幅に短縮することができます」
リオはそう切り出して、ゴウキ達にカラスキ王国への帰還を促したのだった。
やや文量が少なめで申し訳ないのですが、次話は早めに更新します。毎度、更新が遅くなってしまい誠に申し訳ございませんでした。宣伝も遅くなってしまい大変恐縮ですが、『精霊幻想記 11.始まりの奏鳴曲』が9月1日に発売されます(と申しますか、早いところではもう発売されております)。
恒例のあらすじ付きのカバーイラストを貼っておきますので、どうぞご覧ください。詳細は最近の活動報告もご覧いただければと。9月8日に大阪でサイン会もやらせていただきます。
また、『精霊幻想記』のドラマCD化も決定しまして、12月1日に発売される12巻の特装版として収録されます(既に予約も始まっているのですが、こちらも詳細は直近の活動報告をご覧いただければと)。超豪華な担当声優の皆様も発表されましたので、この場でご紹介します。
リオ=松岡禎丞さん
美春=原田彩楓さん
セリア先生=藤田茜さん
アイシア=桑原由気さん
ラティーファ=楠木ともりさん
リーゼロッテ=東山奈央さん
沙月先輩=戸松遥さん