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精霊幻想記(Web版) 作者:北山結莉

第十章 章タイトル未公開

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第194話 再会の宴

 前回のあらすじ:どうやって精霊の民が暮らす里へたどり着いたのか、リオに報告したゴウキ。リオはそんな彼らに復讐を果たしたことを伝えると――、

「大変な思いをしてここまで足を運んでくださったゴウキさん達には申し訳ありませんが、私の後を追う理由はもう存在しません。ここで引き返してカラスキ王国へ戻られてはどうでしょうか? ヤグモ地方まで私がお送りしますので。徒歩で移動するよりは安全ですし、時間も大幅に短縮することができます」


 リオはゴウキ達にカラスキ王国への帰還を促した。


「………………むう」


 ゴウキは面食らったように目を丸くすると、しばらくして深く唸った。無理もない。少しでもリオの助力をできればと思って追いかけてきたというのに、当のリオは目的を達成してしまったというのだから。しかも、帰還という選択肢まで提示してきた。


「…………」


 リオは何も言わず、ゴウキがさらなる言葉を口にするのを待っている。


「一つ、伺いたいのですが」


 ゴウキは低い声で開口した。


「何でしょう?」

「今後、リオ様はどこで、どのようにお過ごしになるおつもりなのでしょうか?」

「……今後、ですか」


 今度はリオが唸る番だ。おもむろに天井を見上げ、思案し始める。ややあって――、


「恩師がいるので、シュトラール地方には折に触れて足を運ぶつもりです。ユバさんとルリに、お世話になった村の人達にも会いたいので、カラスキ王国のあの村にも定期的に顔を出せればと思っています。許されるのなら国王夫妻のもとにも」


 と、語った。


「然様でございますか……。いずれかの土地で、一所(ひとところ)に定住されるおつもりはあるのですか?」

「どう、でしょうね。これまで通り、色んな場所に足を運ぶと思うので」


 リオははぐらかすように答える。西のシュトラール地方と、東のヤグモ地方、そしてその間にある精霊の民の里。確かにこの三箇所を定期的に移動するとなると、一箇所に腰を落ち着けて暮らしにくいようには思える。

 ただ、実際はどこかに腰を据えて暮らしている自分の姿を想像することができないというのが正直なところだった。

 色んな土地を旅しては人と出会い別れてきた弊害なのだろう。ある程度住んでしまえばその地に馴染んでしまうのかもしれないが、その場所を離れて再び根無し草になることにさほど躊躇いがない。また会うことはできるのだから、と。

 リオがそんなふうに思ってしまうのは、自分が人から強く必要とされることはないと思っているからなのか、あるいは復讐で人を殺すような自分みたいな人間が人と関わってはいけないと心のどこかで自戒しているからなのか、はたまた人と一定以上に関わることを恐れているからなのか……。

 いずれにせよ、あるいはそのいずれでないにせよ、リオという人間が抱える内向性が垣間見えたのは確かだった。それこそ放っておいたらふらりと消えて、またしばらくは姿を見せないのではないかと予感させる程度には。


「ふむ……」


 最長老達、そしてゴウキはそんなリオの一面を目ざとく察したのか、思案顔で唸る。また、他の者達も何か感じるところがあったのか、じっとリオのことを見つめていた。すると――、


「私はお兄ちゃんと一緒に暮らしたい! 里の外に行かないでとは言わないけど……、そうでない間はずっと一緒に暮らそうよ!」


 ラティーファが自らの存在を訴えるように、我慢できない様子で叫んだ。


「……ありがとう、ラティーファ」


 リオは微かに目を見開くと、ほんの少しだけ困ったように笑みを浮かべて礼を言う。すると――、


「ここまで言われたんだ。兄貴として一緒にいてやらねえわけにはいかねえよなあ」


 ドミニクがふふんと茶化すように言った。


「うむ」


 シルドラもフッと笑って同意する。


「ええ、まあ……」


 リオは躊躇いがちに頷く。


「何か急ぎの用事でもあるのか?」


 アースラはそんなリオを見かねたように問いかける。


「……いえ、ヤグモ地方にも挨拶に行きたいなと思っていたくらいです」


 わずかに間を置いて答えるリオ。


「なら、しばらくはまた里で暮らすとよい。いきなり答えを出せとゴウキ殿達に迫るのも酷であろうしな」


 アースラはそう言って、ちらりとゴウキ達を一瞥する。


「いえ、リオ様へのお返事であれば既に気持ちは固まっておりますぞ」


 と、ゴウキは確かな意思を滲ませて言う。


「聞かせていただけますか?」


 リオはじっとゴウキを見据えて問いかける。


「僭越ながら、そも某らがリオ様の後を追ったのは今は亡きアヤメ様へ、そしてその忘れ形見であらせられるリオ様へ忠義を尽くさんと誓ったため。ルシウスめの生死など関係なく、リオ様に忠義を尽くすことこそが我が至上の喜びであり天命。リオ様のいらっしゃる場所とあらば大陸のいかなる場所でもはせ参じる所存でございますゆえ、リオ様がそこで定住なさるおつもりがない限り、カラスキに帰還するつもりは毛頭ございませぬ。恐れながら、某らも気持ちはラティーファ殿と同じ。リオ様のお側に控える栄を賜りたく存じます」


 ゴウキは粛々と語り、リオにこうべを垂れた。妻のカヨコも静かに頷き同意し、すぐ傍にいる娘のコモモとサヨもぺこりと頭を下げる。


「と、言われましても……」


 リオはバツが悪そうに、ほんの少しだけ後ろめたそうなかげりを覗かせた。もちろんゴウキの気持ちは理解しているつもりだ。

 が、正直、乗り気ではない。そのことはカラスキ王国にいた頃にも伝えたから、ゴウキ達も重々踏まえているはずだ。なのに、ゴウキ達はそれでも自分という人間に忠誠心を尽くそうとしてくる。

 そんな相手にいったい何をどう伝えればいいというのか……。リオは自分の中で明確な答えを出すことができずにいた。迷いがあった。


「どうやら考えをまとめるのに時間が必要なのはリオ殿の方みたいじゃのう」


 アースラはふむと唸って話に加わる。


「ま、ヤグモ地方に向かうのだって急いでいるってわけじゃねえんだろ。この場で今すぐに結論を出す必要はねえんじゃねえのか」


 ドミニクがひょいと肩をすくめて言った。


「じゃな。まだ互いの近況を簡単に報告し合っただけじゃ。話し足りぬことも色々とあるじゃろう。焦らず、ゆっくりと、時間をかけて情報と気持ちを共有するのが肝要じゃ。しばらくはこの里で暮らしを共にして、色々と話をすればいい。リオ殿さえよければ、儂もリオ殿に関することをもっと知りたい」

「そうだ。何しろリオはてんで自分のことを話しやがらねえからな。辛い過去の一端を耳にしてしまった……ってことは抜きにしても、この部屋にいる連中はみんなお前さんのことをもっと知りたいと思っているはずだぜ。下世話な好奇心なんかじゃなくてな」


 などと、アースラとドミニクは年長者として意見を述べる。


「…………はい」


 リオは間を開けてから、おもむろに首肯した。


「よし。なら……」


 ドミニクは満足そうに頷くと、隣に座るシルドラを見やる。


「わかっている。宴であろう」


 シルドラはやれやれと嘆息し、フッと笑って開口した。里の最長老として長い付き合いだからか、みなまで言わずとも言わんとしていることは察してしまうようである。


「へへ、理解が早くて何よりだ。せっかくリオがアイシア様と一緒に帰ってきたんだからな。辛気くせえ話は抜きにして、まずは盛大に楽しむとしようぜ。暗い気持ちで考えても暗い結論しか出せねえ。まずは明るく楽しんでから、考えるのはそれからだ」


 そうして、リオとアイシアの帰還を祝うパーティが催されることが決まったのだった。


 ◇ ◇ ◇


 里の庁舎がある巨大な大木。その下層にはこれまでも宴会でよく利用されていた大食堂があり、パーティはそこで行われることが決まった。

 夕刻には準備が整うと、先着で参加者を集って続々と住人が押し寄せることになる。リオの契約精霊であるアイシアが目覚めたこともあってか、新たな人型精霊の姿を拝もうと会場は大いに賑わっていた。


「では、そろそろ始めるとしようかの。みなの者、静粛に。主賓のお出ましじゃぞ」


 司会はアースラが務めることとなり、参加者も集って空気が暖まったタイミングで舵を取りだした。食堂の扉に待機していたサラとオーフィアに視線を向けると、二人は扉を開放して――、


「おお……!」


 主賓であるリオとアイシアが姿を現した。すぐ傍にはドリュアスの姿もあり、三人で並んで登場すると会場が大きくどよめく。


「あらあら、今日はまたずいぶんと集まったわねえ。それだけアイシアが注目されているってことかしら」


 食堂中の視線を集めると、ドリュアスは目をみはって言う。


「ドリュアス様も里の皆さんから強く信仰されていますから。一度に二人も人型精霊を拝めると聞いて駆けつけてくれたんじゃないでしょうか」


 と、リオは微笑ましそうに推察して語る。


「なに言っているのよ。ここにいるみんなは、貴方にも会うためにわざわざ足を運んだんだから」


 ドリュアスはやれやれとかぶりを振ってそう語る。そして――、


「今日の主賓は貴方とアイシアなんだから、少しはそれらしく振る舞いなさいな。アイシアも、せっかくだからリオにエスコートしてもらいましょう。ほら」


 悪戯っぽく微笑んで、リオの腕を掴んだ。


「うん」


 アイシアはこくりと首を縦に振り、ドリュアスの反対側からリオの腕を掴む。そうして瞬く間に両手に花の状態が形成されると、室内はこれまた「おおっ」と大きくざわめく。


「えっと……」


 振りほどくに振りほどけず、ぎこちなく身体を強ばらせるリオ。希少かつ神聖な人型精霊二人に両腕を掴まれて寄り添われているのだから、室内の視線を独占することになるのは当然だった。


「むうう!」


 食堂の出席者に混じって様子を眺めていたラティーファとコモモは、二人揃って羨ましそうに頬を膨らませている。


 ――後で私も同じことをさせてもらおう。


 これといって意思の疎通を図ったわけではないが、同じ思いを抱いた二人だった。


「今宵はこちらにおわすリオ殿の帰還と、アイシア様のご来訪を祝ってこの席を設けたわけじゃが、ご本人達の要望もあって堅苦しい挨拶は抜きじゃ。こうしてご登場いただいたところで、早速乾杯といくかの。では、杯の用意を」


 リオ達が食堂に用意されたステージに上ると、アースラが司会を務めて乾杯を促す。全員に杯が行き渡ったところで――、


「乾杯!」


 いよいよ宴が始まった。すると早速、出席者達もリオやアイシアのもとへと足を運んで挨拶を開始する。

 もともと口数が少なく、言葉足らずなアイシアだが、リオも話に加わることで上手く会話が弾んでいく。ドミニクも宴を盛り上げようと騒ぎだし、食堂内は瞬く間に活気だった。

 リオ達のもとには終始人が訪れ、笑い声が絶えないまま、瞬く間に時間が進んでいく。ただ、その一方で――、


「むう、お兄ちゃんとあんまりお話しできない」


 久しぶりにリオと再会できて、甘えたい盛りなラティーファ。リオの周囲からいっこうに人垣が消えることがなくて、早く甘えたいとうずうずしているようだ。


「まあまあ、私達も後でたくさんお話しできるから」


 すぐ傍にいたオーフィアはふふっと笑ってラティーファを宥める。


「そうなの?」

「うん。まだリオさんには内緒だよ? 実はね……」


 ひそひそと耳打ちするオーフィア。ラティーファは大きく目を見開くと、それはもう嬉しそうに破顔してしまう。

 他方、時を同じくして、折良く人がはけたリオのもとへ足を運ぶ総勢二十名ほどの一団がいた。ゴウキ、カヨコ、コモモ、サヨを含むカラスキ王国の一行だ。


「リオ様、某らも改めてご挨拶をよろしいでしょうか? 従者の者達も連れて参りましたので」


 一行を代表して挨拶するゴウキ。


「ええ、もちろん」


 と、リオはにこやかに応じた。背後に立つ者達の顔を見回すと、何度か顔を見た者達がいて――、


「シン……さん?」


 中でもよく見知った顔を見つけて硬直する。カラスキ王国のあの村の住人、サヨの兄であるシンがしれっと一団の中に交ざっていたのだ。


「……よお」


 シンはリオから視線を逸らし、バツが悪そうに挨拶する。と――、


「よお、ではないわ。リオ様に失礼であろうが。きちんと挨拶せんか」


 ゴウキがゴツンとシンを小突く。


「い、痛えっ。……ぐっ、ど、どうも」


 どちらかというとがさつでぶっきらぼうなイメージが強いシンだが、やや萎縮した様子でぺこりとリオに頭を下げる。この場にいるということは、ゴウキからリオの素性を聞いているのは間違いないのだろう。


「妹のサヨのためにと奮起し、半ば強引に我々に付いてきましてな。旅の間に稽古をつけつつ、今は従者見習いとして同行させております」


 ゴウキは粛々とシンが付いてきたあらましを語る。


「なるほど……」


 リオは小さく息をついて得心した。両親を亡くしているシンにとって唯一の家族がサヨだ。サヨがいて妹思いなシンがいないはずがないのは道理だった。


「向こう見ずで粗忽なところはありますが、なかなか根性はある男ですし、武芸の見所もまあ、それなりにございます。精霊術の素養もありますしな」


 と、シンのことを一応は褒めるゴウキ。


「へへ」


 シンはちょっぴり得意げにはにかむ。


「すぐに舞い上がるでないわ」


 ゴウキはコツンと、先ほどよりも優しくシンを小突くと――、


「こほん。まあ、サヨも含め、一度三人で話をしてやってくだされ」


 と、サヨのことも見やりつつ、リオに頼んだ。


「……わかりました。では、また明日にでも」


 主賓として参加している宴の最中にこの場を抜け出すわけにもいかないので、リオはそう提案する。サヨはリオから視線を向けられると、ぎこちなく首を縦に振った。シンはそんな妹の姿を見てほんの少しだけ口を尖らせるが、特に何か言うわけでもなく……。

 その後は気を取り直して残りの面々からも自己紹介を受け、和やかかつ賑やかな雰囲気のまま、宴会は終わりを迎えたのだった。

 更新が遅くなり大変失礼いたしました。

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