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精霊幻想記(Web版) 作者:北山結莉

第五章 思い描いた未来の先で

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第107話 リオの気持ちと、夜会三日目の始まり

 リオとの面談を終え、王都にあるクレティア公爵邸に帰宅すると、リーゼロッテは休息を兼ねて自室に引きこもることにした。

 現在、室内にいる人間は気心の知れたアリアのみで、リーゼロッテも完全にオフモードになっている。


「うー、疲れたぁ」


 部屋着用の動きやすいワンピースに着替えると、ふかふかのベッドの上に倒れるように飛び込む。

 ここ最近は王都での夜会に出席するために色々とハードスケジュールだったため、流石のリーゼロッテも疲れがたまりきっているのだ。


「幸せぇ」


 枕に顔をうずめて、リーゼロッテが実に幸せそうな顔をのぞかせる。

 淑女しゅくじょとしての仮面を外した彼女の素の表情を知る人間は非常に少ない。

 アリアはその数少ない人物の一人であった。

 それゆえリーゼロッテが気を休めて油断している姿を見ても顔色を変えることはない。

 もっとも、初めて目にしたとしても、アリアならば軽く目を見開く程度の驚きしか見せないのだろうが。


「お疲れ様でございます。夜会が始まるまで仮眠をとられますか?」


 気を抜いた主の可愛らしい姿を微笑ましく見守りながら、アリアが尋ねた。


「うーん。いいわ。少し考え事もしたいし」


 普段よりも間延びした声で返事が戻ってくる。

 仰向けになりがてら近くに置いてあったクッションを手に取ると、それを抱きしめ、リーゼロッテは天井を仰いだ。


「ハルト様のことでございましょうか?」

「その通り。さっきの面談は得られたモノが多かったわ。それだけに……ねぇ……」


 答えて、リーゼロッテが物憂げに溜息を吐く。


「何か不都合がおありでしょうか?」

「不都合はないわ。今後も継続して良好な関係が築けそうだし」


 先の面談で述べた通り、リーゼロッテは今後もリオとは懇意こんいにしておきたいと思っている。

 それは紛れもない本心であった。

 確かに自らが抱える最大の秘密を知られてしまったことは不都合と言えなくもないが、その点に関してはさして気に留めていなかったりする。


(そもそも商品名に日本語を用いたのは私と同じような境遇に置かれた人へのメッセージも兼ねていたわけだし。そのまま転移してくる人がいるなんて少し予想外だったけれど)


 リーゼロッテがそう考えると、


「では何かご不満な点が?」


 アリアがんだ声でいた。


「ここらでハルト様ともう少し距離を近づけることができればと思ったんだけど、結局は現状維持になっちゃったのが……ねぇ」


 歯がゆそうにぼやいて、リーゼロッテが小さく嘆息する。

 彼女はだいぶ前からリオのことを勧誘したいと目をつけていた。

 それは何もリオが極上な酒を製造する職人との橋渡し役として貴重な契約相手となっているからというだけではない。

 温厚でありながら冷静で理知的な人柄、平民の身でありながら貴族にも通用する教養、上限は未知数だが最低でも騎士数名を相手取って圧倒できる戦闘能力、さらには空間を操作して大量の荷を収納できるアーティファクト級の魔道具――。

 はっきり言って野に放っておくにはもったいなさすぎる人材である。


「確かに彼は普段リーゼロッテ様がお相手なさっている貴族や商人とはだいぶ毛色が異なるようにお見受けしました。対応も変わってきましょう」

「そうなのよ。あの人ってお金や地位で動く人じゃないのよね」


 ベッドから上半身を起こすと、リーゼロッテが悩ましげな顔で同意した。


「ですが名誉騎士に就任した以上、今後、彼を勧誘しようとする貴族達が増えるのではないでしょうか?」


 今回の一件でリオの存在と実力が夜会に出席した王侯貴族の間で大々的に知れ渡ったことは明白だ。 

 加えて、名誉騎士にまで叙任してしまった。

 そんな人物がどこの勢力にも所属せずにうろついていれば、勧誘を受けない方がおかしい。

 とはいえ、他国、特にガルアーク王国から見て格下の国からは声をかけづらくなったはずでもあった。

 国に仕えないとはいえ、ガルアーク王国の名誉騎士となったことで、リオとガルアーク王国との関係は強まったのだから。

 それでも粉をかけようとする国が現れてもおかしくはないが、ガルアーク王国に対して一定の配慮を行う必要が生まれたことになる。


「ええ、だからこそ距離を近づけたかったのよ。まったく、最初にハルト様の実力を見出したのは私なのに……」


 むぅ、とリーゼロッテが唇を尖らせる。

 これまで彼女はリオに対する勧誘行為を自粛してきた。

 それはリオを自陣に引き入れるための明確な勝算がなかったからだ。

 もちろん勧誘するだけならばタダであるが、リオの性格を考えると何度も勧誘を行うと距離を取られることが予想できたというのもある。

 そこで、あえて勧誘をしないでリオの警戒心を解き、距離を縮める戦法をとり続けてきた。

 だというのに、この段階で他の王侯貴族達に動かれるのは少し――いや、かなり面白くない。

 リオがうんざりとして王侯貴族から距離を取る可能性が上がるし、狙っていた獲物を横からかっさらわれることになりかねないのだから。 


「しかし、国王陛下からの勧誘を断ったのです。そう簡単に誰かの下に仕えることはないのでは?」

「私もそう考えてはいるけど、可能性がゼロというわけじゃないわ」


 これからリオは本人の意志に関わらず様々な王侯貴族と交友を持つことになるだろう。

 中にはリオを満足させる何かを提供できる者がいてもおかしくはない。


「陛下直々のご勧誘を断ったのです。金や地位で動かないことは明白。陛下がなさったように権力で半ば強引に引き込んでしまうという手もありますが……」

「悪手ね。今回の件は例外。必要性と許容性があったからこそ、陛下もハルト様を名誉騎士に叙任されたんですもの」


 必要性に関しては複数列挙できるが、大きな狙いの一つに美春達を保護したリオを褒め称えて形式的にでも国に引き入れることで、リオの功績をガルアーク王国の功績にもしてしまおうというものがあった。

 今回、褒美としてリオを名誉騎士に叙任したことで、美春達の保護に関して争いが生じた場合に、ガルアーク王国が一枚噛みやすくなったのは明らかだ。

 亜紀と雅人に関しては家族である貴久が名目的に第一順位の保護権を主張できるが、単なる友人にすぎない美春に関しては沙月と貴久とで保護権の優先順位に差異はない。

 形式的に最優先されるべきは美春の意志であるが、話がこじれた場合の保険にはなるだろう。


「とまぁ、それはともかく、いっそダメもとで一度だけ勧誘してみるのもアリかなとは思ったけど、せめて何らかの交渉カードは用意しておきたいと思ってね」


 人間は利益と感情で動くという矛盾をはらんだ生き物だ。

 ゆえに人を動かすには利益を提供するか、感情を刺激することが必要になる。

 だが、リオが金や地位といった利益で動かないことは先刻承知済みだ。

 他に人を、リオを動かせそうなものといえば――。


「思い切って色仕掛けしてみるというのも面白いかもしれませんね」


 ぽつりと、アリアがそんなことを呟いた。


「い、色仕掛け?」


 リーゼロッテがぎょっとしたようにアリアを見やる。


「ええ、いつの時代も歴史に名を残す殿方を動かしてきたのは女性と言われているくらいですから」


 本気なのか冗談なのか、落ち着き払った声でアリアが言う。


「色仕掛け……ねぇ」


 リーゼロッテが疑心的な色を帯びた声を漏らす。

 確かに女性の強みは男性との人間関係において強力な武器となる。

 それは彼女も重々承知していた。


(でもハルト様って色仕掛けで動きそうな人でもないのよねぇ。あのコゼットがさりげなくアプローチしているみたいだけど、結果はかんばしくないみたいだし)


 リーゼロッテが抱える侍従達は代官や商会の仕事を補佐するだけでなく、侍女の役目も果たすことから、性別はすべて女性で統一されている。

 身分ではなく純粋に資質に重きを置いて審査を行い、リーゼロッテが直々に選んだ精鋭達であるから、人格的にも能力的にも優秀であることは言うまでもない。

 採用後は一人一人にみっちりと教育を施し、仕事をするうえで必要十分な教養を身に着けさせてもいる。

 おまけに、誰もが年頃の若い少女や女性ばかりで、系統こそ異なるが綺麗どころばかりだ。

 もちろん能力だけでなく容姿面でも優れている者達を集めているのにはちゃんと理由がある。

 貴族としても、商人としても、リーゼロッテと交渉関係に立つ相手はその大半が男性となるのだ。

 実力に加えて、女性の強みを生かせるようであれば、交渉で有利になるのは自明――。

 ならば、女性の甘い言葉で交渉を有利に運べるようであれば使わない手はない、というのがリーゼロッテのビジネスポリシーであった。

 相手が度を越えたセクハラを行うような人物であればその限りではないが、交渉相手が侍従達の中にお気に入りの子を見つければ、それとなくその侍従を交渉の担当にするくらいは当たり前のように行っている。

 そのおかげかどうか明確な根拠はないが、リッカ商会の営業力は他の追従を許していない。

 そんなわけでリーゼロッテは自らに仕えてくれる侍従達に大きな信頼と誇りを抱いており、重客であるリオの接待も安心して任せることができている。

 リオも思春期真っ盛りの青年だし、同年代のうら若き少女達に尽くされれば悪い気はしないだろう。

 もしかしたら侍従達に恋心を抱いてくれるのでは――。

 と、そんなふうに淡い期待を抱いていた時期もあった。

 だが、淡い期待は幻想のままというのが現状である。

 まぁ、そうなれば儲け物程度の考えで、過度の期待はしていなかったのだが。


「ハルト様の心を動かせそうな子がいるというの?」

「侍従の中だとコゼットやナタリーあたりが親しいようですね。ハルト様の接客はあの子達が担当することも多かったので。ですが、色仕掛けが成功する可能性は低いでしょう」

「まぁ、そうでしょうね」


 リーゼロッテがさもありなんと頷く。

 侍従の中に可能性のある子がいるのなら、リーゼロッテが把握していないはずがないのだ。


「となれば、ここはリーゼロッテ様の出番となりましょう」


 と、アリアがおもむろに特大の爆弾発言をした。


「わ、私?」


 リーゼロッテが思わず上ずった声を出す。


「現状、私共の手勢の中でハルト様と親密な関係を築いている女性となると、リーゼロッテ様の右に出る者はおりません」

「え? ええ? いや、でも……。侍従の子達の方が……」


 リーゼロッテが顔に疑問符を浮かべ、尻すぼみにつぶやいた。


「自信をお持ちなさい。うじうじと悩んでばかりではせっかくのリーゼロッテ様の持ち味も生かせません」


 と、アリアが悩み顔のリーゼロッテに喝を入れる。


「貴方は私が知る限りで最高の淑女しゅくじょです。賢く、気高く、誇り高い。それでいて殿方を立てることができる女性らしさも持ち合わせている」

「あ、ありがとう……」


 アリアからの賞賛の言葉に、リーゼロッテが頬を赤らめて礼を言う。


「色仕掛けをしろと申し上げましたが、別に女性の魅力を使って彼を籠絡ろうらくしろというわけではありません」


 ゆっくりとかぶりを振って、アリアが語る。

 何も彼女はリーゼロッテにハニートラップを仕掛けろと言っているわけではない。

 リオがその程度で動くような相手でないことはアリアも承知していた。


「時には駆け引きで動きにくい人間もいる。まさしく彼がその手合いでしょう」


 リーゼロッテは黙ってアリアの話に耳を傾けていた。


「実利で動かぬ相手ならば人間としての魅力で惹きつければいい。リーゼロッテ=クレティアという人物をハルト様に知ってもらうのです。貴方という人間の魅力を知ればおのずと人は集まるのですから。私がそうであったように」


 淡々と語るアリア。

 付き合いの長いリーゼロッテがようやく判別できる程度のものでしかなかったが、アリアの口許くちもとかすかにほころんでいる。


「諫言、失礼いたしました。ただ、ハルト様相手には下手な小細工をろうするよりも、真っ直ぐと向き合うことこそが肝要かんようだと愚考します」


 そう告げて、アリアは深く一礼した。


「……そうね。貴方の言うとおりだわ」


 苦笑し、リーゼロッテが小さく嘆息たんそくする。


「ありがとう。少し焦りすぎていたみたい。貴方のおかげで冷静になれたわ」


 安らかな微笑を浮かべると、リーゼロッテがアリアに礼を告げた。


(今後は今まで以上に真摯に向き合っていくしかないわね。今の契約関係を維持しつつ、地道に関係を深めていく)


 アリアの言う通り、リオのようなタイプの人間とは、損得勘定を抜きにして一人の人間として親しくなるのが正解なのかもしれない。

 貴族として、商人として、人と接してばかりいたリーゼロッテであったが、ここにきて久々にそういった対人関係の築き方もあるのだと初心にかえることができた。


(本当は今回のお礼もしたいのだけれど、普通に申し出ても断られちゃうでしょうしね。ならいつかハルト様がお困りの時に助けを申し出るとするかしら)


 身内以外の人間を相手にして、こんな風に誰かと向き合おうと思えたのはいつ以来だろうか。

 そう考えて、


(ひょっとしたら立夏りっかだった頃の私以来かもしれないわね)


 ノスタルジアな笑みをのぞかせると、リーゼロッテはベッドに横になりそっと目を瞑った。


 ☆★☆★☆★


 一方で、リーゼロッテとの面談を終えた後、リオは王城の通路を一人で歩いていた。


(沙月さんは美春さん達の場所に行ったんだろうか)


 道すがら、そんなことを考え、僅かにリオの足取りが鈍る。

 美春達が滞在している場所は貴久が泊まっている部屋だ。

 おそらくはそこで仲良く歓談しているのだろう。

 自分も美春達がいる場所に行きたい。

 一瞬、このまま美春達がいる部屋に行って、すべてを吐き出したい衝動に駆られた。

 だが、はやる心を落ち着けるように大きく息を吐くと、リオは貸し与えられた自室へと歩を進めた。

 確かに、美春達には話したいことが、話さなければならないことが沢山ある。

 しかし、時、場所、手段も考えず闇雲に伝えても、美春達を悪戯に混乱させるだけということは容易に想像できる。

 だから焦ってはいけない。


(明日には今後のことで話し合いになるはずだ。伝えるなら今晩中にしないと。それまでに……)


 何を、どうやって、伝えるのか。

 考えて、考えて、リオは既に決めていた。

 もちろん美春に対する想いはきちんと自分の口で言葉に出して伝えるつもりだ。

 だが、口頭ではきちんと順序立てて伝えることが難しい事柄もある。

 だから、リオは手紙を書いてみようと思った。

 前世の自分と深い関わりを持つ美春と亜紀はもちろん雅人にも。

 それを今夜、渡すのだ。

 告白をしたうえで。

 二人きりになるタイミングがあれば、それが決行の時だ。

 なければ作る。

 もしかしたら事実を教えることで嫌われるかもしれない。

 ひどく自分勝手なことをしてきたし、しようとしているのだから。

 だが、それでも前に進むと決めた。

 今更、引き返すつもりなどない。


(ずっと逃げてきたからな、今まで……)


 ここで美春に告白できなかったら、天川春人だった時と何も変わらないままだ。

 薄く自嘲じちょうすると、リオは足取りを速めて、どんな手紙を書こうかと思案を巡らせたのだった。


 ☆★☆★☆★


 ガルアーク王国はテロリズムに屈しないという不屈の精神を持つ国であるようだ。

 昨晩の賊襲撃により参加者に被害が出なかったことも開催に踏み切った一助になっているのかもしれないが、最終日となる三日目の夜会は恙無つつがなく開催されることが決まった。

 賊の侵入経路となった出入り口と窓の付近には強固な警備を敷き、他にも会場内への出入りが可能な個所には多数の兵士が配置されている。

 もはや強行突破でもしない限り会場の中にまで賊が侵入することは完全に不可能だろう。

 最終日となる今日は参加者の個別紹介も必要ないため、開幕の儀は前二日間に比べて簡略に進められている。

 その代わりに二つの重大発表が行われることになった。


「我がガルアーク王国は隣国セントステラ王国との間で防衛同盟を締結すべく水面下で交渉を行っている。外交大使であるリリアーナ第一王女とな」


 フランソワの発言に会場内は一瞬だけ静まり返る。

 が、そのすぐ後に大きくざわめきだした。

 どうやらこの場にいるほぼすべての王侯貴族達が初耳であったようだ。

 セントステラ王国はシュトラール地方東部で有数の大国であるが、ここ最近は閉鎖的で他国との国交を嫌っていた。

 そんな国が隣国に位置する同じ大国のガルアーク王国と防衛同盟を結ぶというのだから、さして政治方面に興味のない王侯貴族であっても例外なく驚きを見せている。


「静粛に!」


 司会進行役の男の声で会場内が静まり返った。

 それを確認して、


「一応、経過は順調でな。この場を借りて近隣諸国の者も含めて告知することにした。このままいけば近いうちに正式な締結が行われるだろう」


 フランソワがしたり顔でさらりと追加発言を行う。

 それから、場内に再びどよめきが広がっていく。

 ホールにただよう雰囲気は不安からくる動揺というわけではなく、幸先の明るそうなニュースに対して戸惑いながらも期待を寄せているといった感じである。

 次第に会場内にいた王侯貴族達は興奮の色合いを見せ始め、新たな同盟関係成立を前祝いするかのように会場内に拍手が鳴り響いた。


「それでは、引き続き、開幕の儀を進行いたします。次は名誉騎士の叙任式となります。新任の騎士となる方は昨晩、賊の撃退に大きく貢献なさったハルト卿です。彼は陛下より黒の騎士の二つ名をたまわりました」


 司会の男が朗々と説明を行うと、会場の貴族達が関心を引かれた様子で壇上に視線を送り始める。


「昨晩の大捕物おおとりものは見事だったようですな」

「彼一人で騎士並みの強さを誇る賊達を六人も撃退したとか」

「それは……見事ですな。この目で見ることができなかったのが悔やまれる」


 ざわざわと各地でリオに関する話が繰り広げられる。


「黒の騎士ハルト卿、どうぞこちらへ!」

「はっ!」


 機敏に返事をしたリオがフランソワの立つ壇上の先端まで移動する。

 リオはシンプルな白い文様が刻まれた儀礼用の黒い騎士服を身に纏っていた。

 黒の騎士の二つ名を与えられたことで貸し与えられた物だ。

 これは間に合わせの品にすぎないが、夜会が終わった後にはフランソワから正式に名誉騎士としての正装が下賜かしされることが決まっている。

 そんなリオの後姿を壇上の後ろから美春達が眺めていた。

 夜会への出席は任意とされた美春達であったが、王城へ来ることを許可してくれたフランソワに対する礼の意味を込めて、結局、夜会へ出席することになったのだ。

 美春、亜紀、雅人の三人のすぐ傍では、沙月、貴久、リリアーナの三人がガードを固めている。

 そして、今行われている叙任式の中で、美春達のことも簡単に紹介されることが決まっていた。

 そこで、夜会の作法も知らぬ美春達に配慮して、王侯貴族の側から美春達に声をかけることは控えるようにと、フランソワから注意が呼びかけられる予定となっている。


「ハルト兄ちゃんかっけー……」


 と、叙任の儀を受けるリオの姿を食い入るように見つめながら、目を輝かせた雅人がつぶやいた。


「後でハルト君にも言ってあげなさい。きっと喜ぶから」


 悪戯っぽく笑みを浮かべて、沙月が雅人に語りかける。


「おう、そうだな!」


 雅人が元気よく頷いた。


「その時の顔は見物ね。スマホの電池が残っていれば映像で残せたのに……」

「さ、沙月さん」


 ぼそりとつぶやく沙月に、美春が困ったような表情を見せる。

 一方、美春達とは少し離れ場所では、


「く、黒の騎士……。くそ! 自分に与えられたらもだえそうなくらい恥ずかしいけど、カッコいいと思う自分がいる!」


 ぶつぶつとつぶやきながら、坂田弘明さかたひろあきが複雑な表情でリオの叙任式を眺めていた。


「ヒロアキ様、何を仰っているのですか?」


 フローラが顔に疑問符を浮かべて尋ねる。


「あー、何でもない。あいつの二つ名に関してちょっと……な。可笑しいというか、うらやましいというか」


 苦笑して悩ましげに語る弘明。


「はぁ……」


 フローラはきょとんと小首をかしげた。


「ところであちらにいらっしゃる勇者様達のご友人方もヒロアキ様と同じ世界に暮らしていた人達なのですよね?」

「ん? あー、そうだな。弟と妹はともかく、残りは仲良し高校生グループってところか。ちっ、リア充共め」


 話題転換とばかりにフローラが水を向けると、弘明が少しだけ忌々しそうに語った。


「あの、ヒロアキ様も混ざってお話にならないのですか?」

「はぁ? いやだよ。俺はあいつらとは知り合いでもなんでもないし」


 あからさまに興味がないような、それどころか辟易へきえきとした様子で、弘明が答える。


「なんだ、フローラ。あいつらと話したいのか?」


 弘明がフローラにしらけた視線を向けていた。


「あ、いえ、その。ヒロアキ様が暮らしていた世界の人達はどういう方々なんだろうなと思いまして……」


 フローラが弘明の反応をうかがうように語る。


「大したことないぞ。ああいう青臭い仲良しごっこをしてる連中なんて。どうせ上辺だけの関係だ。あの女共も男勇者を巡ってドロドロしてんだ、きっと」


 弘明が表情を消して冷めた声で吐き捨てる。


「そう、なのでしょうか……」


 仲睦なかむつまじそうに小声で会話をしている沙月達の姿を見て、フローラがつぶやく。

 だが、隣にいる弘明から感じられる雰囲気が明らかに普段とは異なる気がして、それ以上フローラが何かを語ることはしなかった。

 そうしている間にも、勇者の友人を保護し、賊の撃退に大きく貢献したリオの功績が大々的に褒め称えられ、新たな名誉騎士の誕生が盛大に祝福されていたのだった。

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