第104話 美春達の気持ち
リオ、沙月、リリアーナの三人が謁見の間に向かった後、貴久が滞在する部屋で四人の男女が腰を落ち着かせていた。
勇者である千堂貴久、その義妹である千堂亜紀、弟の千堂雅人、三人にとって友人にあたる綾瀬美春。
地球にいた頃は当たり前のように一緒にいた四人が、こうして一堂に会することができた喜びを噛みしめるように、たくさんのことを語り合う。
自分達はまた会うことができたのだ。
一度は離れ離れになったものの、絶望的な状況の中でも無事に生き延びることができて、こうしてまた出会えた。
それはまるで運命のようだと。
そう思って、貴久はただただ感謝の念を抱いていた。
「そうして私達はこの三か月間、ハルトさんと一緒に暮らしてきたの」
亜紀が主体となって、およそ数分間で、この数か月間の出来事を語った。
今、貴久に教えたことは本当に表面的なことだけだ。
話しても構わないこと、できれば話さないでもらいたいこと、絶対に話さないでもらいたいことは、事前にリオから教えられている。
その範囲で矛盾が生じないように、亜紀なりに話のつじつまは合わせてあった。
ダイジェストで語られた話を聞き終えると、貴久が一瞬だけやるせない表情を浮かべる。
自分の手で美春達を守ることができなかったことが悔しかったのだ。
どうして美春達を助けたのが自分ではなくハルトだったのか、と。
「良かった。みんなが奴隷なんかにならなくて……」
そもそも貴久は奴隷制度に対して強い抵抗感を抱いていた。
人の命を物扱いして、所有権の客体とするなんて。
そんな原始的で野蛮な制度は貴久の考える正義に真っ向から反するものだ。
この世界の文明レベルからすれば必要性があることは理解できたが、納得はしきれていない。
目の前にいる三人が奴隷になってこき使われている姿を想像するだけでもぞっとする。
特に女性である美春や亜紀がどんな目に遭うか。
単にバイアスがかかっているだけかもしれないが、欲望に歪んだ貴族に
想像して、貴久の顔が一気に青ざめた。
「っ……」
とてつもない
身体が熱いのに寒い。
何故か身体が震えていた。
それを抑えるために、貴久が唇をぎりっと噛みしめる。
「お兄ちゃん、大丈夫?」
亜紀が顔色の悪い貴久を案じた。
「あ、ああ……」
貴久が真っ青な顔で頷く。
何とか笑顔を取り繕って頷こうとしたが、不可能だった。
「貴久君、大丈夫?」
「ああ、顔色が悪いぜ?」
美春と雅人も貴久のことを心配するように声をかけた。
「大丈夫、大丈夫だから」
何とか引きつった笑みを浮かべて、貴久が
はっきり言って、説得力はまったく感じられない。
「そんなことより、ハルトさんがいてくれて本当に良かったな」
それは貴久の本心のはずだ。
だが、その言葉を口にするだけで――。
どうしてこんなにも胸が締めつけられるのだろう?
どうしてこんなにも自分が惨めに思えるのだろう?
それは嫉妬と自己嫌悪だった。
自身で美春達を助けることができず、リオが美春達を助けてしまったことが悔しくて、リオに嫉妬し、自身の不甲斐なさを嫌悪している。
しかし、貴久がそれを自覚することはできない。
そんな感情を抱く一方で、リオには美春達を救ってくれたことで確かに感謝の念を抱いているのだから。
「うん、ハルトさん。ちょっと怖い時もあるけど、すごく優しくしてくれたから」
「そうそう、料理も上手いしなぁ。男で美春姉ちゃんと同じくらい料理が上手いなんてすげぇよ!」
亜紀と雅人がリオのことを褒め称える。
「わ、私は全然下手だから。ハルトさんすごいんだよ? 手が大きいのに指先がすごく器用で、知識も経験も豊富だし……」
雅人に持ち上げられて、美春の白い頬が熟した桃のようにそっと染まる。
今の会話で美春達がどれだけリオのことを
それだけでリオが悪い人間ではないのだろうと思える。
だが、それ以上はもう、美春達がリオと仲良くしている話を聞きたくはなかった。
聞く余裕なんてなかった。
自分の代わりにリオが三人と一緒に居て、いかに幸せな時間を過ごしていたかなんて、貴久は聞きたくも信じたくもない。
自信が持てないのだ。
美春達が地球にいた頃と変わってしまったように思えて。
なのに自分は地球にいた頃と大して変わっていないように思えて。
まるで置いてけぼりにされてしまったような気分だ。
不安で不安で今にでも消えてしまいたい。
リリアーナに頼ってしまいたくなる。
だが、
(駄目だ! 俺は誓ったんだ。いや、改めて誓わないといけない。もう、みんなを離さない。みんなのことは俺が守って見せる!)
貴久は精一杯の勇気を振り絞って決意を新たにした。
失ったはずの未来がようやく戻ろうとしているのだ。
それを二度も失うなんて真似は絶対にしたくない。
「なぁ、これからのことなんだけど……」
と、三人を見渡しながら、貴久が言う。
すると、一瞬、美春達の目が少しだけ
「また後で話し合いをするときにも伝えるけど、みんな……俺のところへ来てくれないか? これからはずっと一緒にいたいんだ。これから先は俺がみんなのことを守る。守って見せるから」
貴久がすがるような声で言った。
室内に数瞬の静寂が訪れる。
「どう、かな?」
尋ねると、貴久が自らの隣に寄り添って座る亜紀に視線を移した。
「あ、えっと……ね」
亜紀が即答しかねて、返事に詰まった。
その目は
「どうしたんだ?」
言いよどむ亜紀に、貴久が不安そうに
亜紀は
「せっかく会えたんだし、やっぱり私はお兄ちゃんと一緒にいたい。……けど、いいのかな? ハルトさんにたくさんお世話になったし、このまま離れ離れになって……」
おずおずと、そう答えた。
兄である貴久と一緒にいたい。
それは嘘偽りのない本心だ。
リオや沙月から聞かされた話を踏まえて、亜紀が自身の中で出した結論でもある。
だが、同時に釈然としない気持ちも抱えていた。
この数か月間、リオとずっと一緒に暮らしてきて、今では一緒にいることが亜紀にとっても当たり前になってしまっている。
これで「はい、さようなら」と言われてもまったく想像がつかない。
それに、リオには散々お世話になったのだ。
このままあっさりとリオのもとを離れるのは少し不義理ではないか。
亜紀はそのように思ってもいた。
「え? あ、いや、それは……」
予想外の返答に、貴久が言葉に詰まってしまった。
亜紀達は無条件で自分の下に来てくれると、無意識のうちに盲目的に信じていたのだ。
まさか付いてくるのを渋られるなんて、想像もしていなかった。
(それだけ彼が亜紀達の中で大きな存在になっているというのか……)
貴久が己の内に湧き上がった名状しがたい感情を紛らわすように、力を込めて拳を握りしめた。
たった三か月しか離れていなかったのに、何故だかその時が悠久のように感じられる。
まるで侵しがたい不可視の壁が出来てしまったようだ。
「もちろん……ハルトさんにはお礼をしようと思っている。何なら彼にも一緒に来てもらえばいい」
と、貴久がどこかきまりが悪そうに言葉を発した。
彼自身も亜紀が言っていることの意味が理解できないわけではない。
言われるまでもなくリオには何かお礼をしたいと思っていたのだから。
「うん。ハルトさんも一緒にいられたら、いいなとは思うけど……」
亜紀が言葉を濁して返事をする。
何故だろう。
自分でもよくわかっていないのだが、亜紀はリオがこの場にいる四人の輪の中にいる姿を想像することに本能的な忌避感を覚えていた。
だからだろうか。
リオが自分達と一緒に貴久の下に付いて来てくれるイメージがまったく湧かないのは。
「そうか……。二人は……、二人はどう思っているんだ?」
不安そうに声を絞り出して、貴久が向かいに座る雅人と美春を見やる。
「あー、俺もハルト兄ちゃんとは別れたくないんだよな。亜紀姉ちゃんの言っていることもあるし、まだ剣だって習っている途中だしな」
バツが悪そうに、雅人が答えた。
貴久が驚いたように目を見開く。
「け、剣を習っているのか?」
そんな馬鹿な。
雅人はまだ十二歳になるかならないかの子供なのだ。
そう考え、慌てて、貴久が
この世界の剣術といえば人殺しを前提とした実戦のための技術である。
自身もお城で剣術を習っていることから、それはよく理解していた。
そんな生々しい戦闘技術を雅人も習っているという。
「おう、護身用にな。実剣だって買ってもらったんだぜ。お城に入る前に預けたから今は持ってないけど」
「なっ……」
あっけらかんと語る雅人に、貴久が絶句する。
雅人は地球にいればまだ小学生をやっている年頃。
大人と同じように道徳的判断なんてできないのだ。
それなのに実剣を持たせて剣術を教えるなんて――。
日本人として平和に育ってきた貴久の倫理観に著しく抵触することだった。
「お前が本物の剣を持つのは駄目だ。雅人はまだ子供なんだぞ」
兄として、貴久が反射的に冷たい声を出す。
雅人のことは自分が守ってやらないといけない。
戦う必要なんてないのだ。
「何言ってんだよ。じゃあ大人になったら習えってのか? そこらへんに魔物がいるような世界なんだぜ」
「そんな危ない場所に自分から行く必要はない!」
「はぁ? 都市の中にまで魔物が大量に押し寄せてくるような世界だぜ。自分の身くらい自分で守れるようにならないと駄目だろ」
「だから俺が守ってやるって……。ちょっと待て。都市の中に魔物が押し寄せた? まさかみんなも襲われたのか?」
雅人が放った衝撃の発言に面食らって、貴久が咎めるように尋ねた。
大切な弟達が自分の知らないところで生死を賭けるような暮らしを送っているなんて、到底看過できない事態だ。
「……俺達は守ってもらっただけだよ」
唇を尖らせて、悔しそうに雅人が答えた。
岩の家のことも含めて、セリアやアイシアのことは言わないでほしいとリオからは頼まれている。
ゆえに言葉を濁すしかなかった。
「けど守ってもらうだけじゃ駄目だって思ったんだ。最初はゲームとかスポーツ感覚で習ってみたいと思っていたけど、今は違う!」
「そんなの当り前だ! ここはゲームの世界じゃない! 人を殺すための技術なんだぞ。実戦で剣を振るう時は誰かを殺すってことだ」
「知ってるよ! ハルト兄ちゃんが教えてくれたからな。まだ実戦は早いからって、戦わせてもらってすらいねーよ。けど守ってもらってばかりは嫌なんだ!」
「っ……、殺されるかもしれないんだぞ!」
「んなこと知ってら!」
売り言葉に買い言葉で、二人の間で険悪な空気が流れ始める。
聞き分けのない弟に焦れる貴久と、兄からの押しつけに反発する雅人。
貴久は弟を守ってやりたいだけ、雅人は誰かに守られてばかりいるのがいやなだけ、よくある兄弟喧嘩と構造は似ていた。
貴久の中でじりじりと不安が刺激されていく。
「やっぱり俺と一緒に来い。そんな危ない生活させられるか。お城にいれば安全だ」
保護者としての責任感から、貴久がそんなことを言った。
「はぁ? やだよ。剣を習っている途中だって言ったろ」
雅人が即座に反対の声を出す。
「そんなのお城でだって習える。ちゃんとした騎士から教わればいい」
「やだね。俺はハルト兄ちゃんがいい」
両者一歩も譲らずに、
「ね、ねぇ。やめてよ! 二人とも」
「そうだよ。折角、再会できたんだから」
争う二人の兄弟を止めるべく、亜紀と美春がとりなそうとした。
「兄貴が聞き分けないだけだろ」
ふん、と顔を逸らして、雅人が言い捨てる。
「……二人からも言ってやってくれないか?」
「確かに……最初は私も雅人が剣術を習っている姿を見るのは嫌だったし、今もあまり見たくはないけど……」
亜紀が言葉を濁して返事をする。
正直なところ、亜紀は雅人が剣術を習っている姿を見るのが苦手だ。
普段はすごく優しいのに、剣術を教えている時のリオは怖いから。
だが、最近ではリオが雅人に厳しく剣術を教えている意味も理解できるようになっていた。
一度だけ家の傍まで押し寄せてきた魔物達の姿を見たら、理屈とか道徳とかは吹き飛ばざるをえなかったから。
何よりも雅人自身が望んで剣術を習っているということを亜紀は知っている。
だから、亜紀の中には姉として雅人の意志を尊重してやりたいと思う気持ちが芽生えていた。
しかし、他方で、貴久が心配する理由もわからないわけではない。
いったいどちらの意志を尊重すればいいのだろうか。
亜紀は即座に答えを出すことができなかった。
「……まさか亜紀達も剣術を習っているのか?」
表情を凍りつかせて、貴久が亜紀と美春に尋ねた。
「私達は習ってないよ。その……習っているのは棒術と簡単な護身術だけ」
ううん、と首を左右に振って、亜紀が否定する。
「そうか……」
貴久が僅かに安堵した表情を浮かべた。
どうやら棒術程度なら抵抗感はそこまで覚えないようだ。
刃物を扱うかどうか、さらに突き詰めれば人殺しを前提としているかどうか、それが彼の中で大きなラインとなっているのだろう。
「とにかく、みんなには俺と一緒に付いて来てほしい。俺がリリィと協力してみんなのことを守るから」
強い決意を秘めて、貴久が今一度言った。
地球にいた頃のように、一緒にいて、仲良く笑って、優しく幸せな時間を共有したい。
リリアーナのことも美春達に紹介しよう。
彼女ならみんなと仲良くやっていける。
誰も邪魔する者はいない。
邪魔もさせない。
セントステラ王国に戻って、みんなで。
胸を焦がすような貴久の願望――。
「ごめんなさい。私は貴久君には付いていけない」
その望みを断ち切る別れの宣告を、悲しげに、だがきっぱりとした表情で、美春が言った。
ずっと好きだった少女に
「な、何で……?」
貴久が憔悴した声を漏らした。
どうして――。
地球にいた時はいつも四人で一緒だったじゃないか。
あのまま続くはずだった四人の未来。
時を巡り、世界を巡り、失われた未来がようやく戻ろうとしているのだ。
それなのにどうして?
「ごめんね。私はハルトさんのところに残るから」
美春が辛そうな声で答えた。
その答えが、貴久の希望を打ち砕く。
美春は選ぶというのか。
これまで何年もずっと一緒にいた幼馴染の自分よりも。
たった三か月程度しか付き合いのない人間のことを――。
「よ、ようやくみんなで一緒になれるんだよ?」
泣きそうな声で貴久が
「私だってみんなと一緒にいたいよ」
「なら、一緒に――」
「貴久君が言うみんなの中に、沙月さんは入っているの? ハルトさんは入っているの?」
「……え?」
美春の言葉に、貴久が呆けた表情を浮かべた。
「……今の私達じゃみんな一緒にはいられないよ。わかっているんでしょう?」
美春が
貴久はセントステラ王国に所属して、沙月はガルアーク王国に所属して、リオにはリオの暮らしがあって――。
誰かに付いて行くということは、誰かと別れなければならないということだ。
その選択次第で誰かを傷つけてしまうかもしれない。
だが、それでも選ばなければならない時がある。
その時が今なのだと、考えて考えて、既に美春は答えを出していた。
沙月の居場所をリオに教えられた時から、何となくこんな日が来るんじゃないかと、ずっと一人で悩んできたのだ。
そして、いつかその時がきたら、自分の出した答えを伝えなくてはいけないとも思っていた。
「そんな、そんなはずはない」
貴久が反射的に答える。
すると美春が、何となく悲しそうな笑みを浮かべた。
「そんなことあるよ。こうして貴久君や沙月さんと会うのだってすごく大変だったんだよ?」
「た、大変って……何が?」
「全部ハルトさんのおかげなんだよ。私達が再会できたのは。私達は何もできないから、すごい負担をハルトさんにかけちゃった」
「それは知ってるよ。だからこそ彼にはちゃんとお礼をして、その上で――」
「そのお礼は私が自分でしたいの」
貴久の台詞に、美春が言葉を被せた。
「ここまでしてもらって、こんなにハルトさんに迷惑をかけて、他の人にお礼をさせるわけにはいかない。もちろんハルトさんが今後も一緒にいても構わないって言ってくれたらの話だけど……」
貴久は黙らざるを得なかった。
美春を引き止めたいのに、今の彼女を引き止める言葉が見つからない。
今の美春は
こんな美春の表情を、貴久は初めて見る。
「これが私の気持ち……」
その声からは強い意志が感じられた。
「でもね、亜紀ちゃんと雅人君まで私と付き合うことはないから……」
美春から優しく微笑みかけられて、亜紀と雅人が息を呑んだ。
「……美春お姉ちゃん」
亜紀が泣きそうな顔で美春の名を呼んだ。
「みんなは兄弟だから。一緒にいられるなら、一緒にいた方がいいと思うの。もちろん私が決めることじゃないけど……」
上手く気持ちを言葉にできないのか、美春がもどかしそうな顔つきで告げた。
「私はちゃんと考えて答えを出したけど、感情的になって、焦って答えを出すことだけはやめてほしいの。少なくとも今の貴久君と雅人君みたいな風に喧嘩して答えを出すのは駄目。……ね?」
美春が優しくなだめるように、千堂家の兄弟三人に言った。
ついカッとなってしまったことを反省しているのか、雅人がバツが悪そうな表情を浮かべる。
「美春姉ちゃんが言うなら……まぁ、考えてはみるよ」
と、ぶっきらぼうに雅人が答えた。
「貴久君も。一方的に叱りつけるだけじゃ雅人君はわかってくれないよ?」
「それは……わかってるけど……」
そういうことじゃないんだ。
俺は君とも一緒にいたいんだ。
君がいなきゃダメなんだ。
胸がひどくざわめいて、貴久は思わず叫んでしまいたくなった。
「とりあえず今日はもうこの話はしないことにしない? せっかくみんなで会えたばかりなのに、喧嘩してる姿を見せたら心配させちゃうよ。今日はゆっくり考えて、心を落ち着けて、また明日に話し合おう。ね?」
今の状態で話し合ったところで、冷静に話し合えるはずもない。
一先ずお互いの考えは伝えたのだ。
その上で少し考える時間が必要だと、美春は思った。
「う、うん。そうだね! せっかくみんながそろったのに、こんな風に険悪な空気をまき散らしちゃダメだよ。ね、雅人も、お兄ちゃんも」
美春の提案に、亜紀が無理に明るく振る舞って賛同した。
このままじゃ駄目だと、亜紀も思ったから。
亜紀が隣に座る貴久の手をぎゅっと握りしめた。
「亜紀……」
貴久と亜紀の視線が重なる。
貴久は今にも泣き出しそうな赤ん坊のような目をしていた。
そんな兄を見て、亜紀の胸が締めつけられそうになる。
「お兄ちゃん。私は一緒に付いていくから……。みんなで一緒になれる方法を考えよ? ね?」
ぼそりと、貴久にだけ聞こえる声で、亜紀が言った。
「……ありがとう。ありがとう」
亜紀の言葉で、
そうだ。
まだ決まったわけじゃない。
何か方法はあるはずだ。
自分は誓ったばかりじゃないか。
もう、みんなのことを離さない、自分が守ると。
だというのに、こんなことで弱音を吐いてはいけない。
美春が言う通りまだ再会できたばかりなのだから。
まだ時間はある。
焦って答えを出してはいけない。
亜紀がいれば、リリアーナがいれば、きっと何とかできるはずだ。
勇者の自分ならば、きっとそれができる。
絶対に――。