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精霊幻想記(Web版) 作者:北山結莉

第二章 旅は巡り会い

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第21話 夢の中で出会えた君と

 リオは見慣れない室内で目を覚ました。

 身体が風邪でも引いたようにだるく、気分は最悪だった。

 状況を確かめようと、起き上がろうとすると、腹部に激痛が走る。


「っ」


 すぐに精霊術で治療を施そうとして手を動かそうとしたが、手かせを嵌められていた。

 しかも昔ベルトラム王国の牢屋で着けられた手かせと似たような効果があるようだ。

 体内の魔力を操作しようとしても妨害されて上手くいかない。


 小さく舌打ちをすると、リオは仰向けになったまま天井を見上げた。

 部屋の片隅にある小さな窓から差し込む月夜の明かりが、薄っすらと室内を照らしている。

 腹部はズキズキと痛んでいた。

 痛みがやわらぐまでは動かない方がいいだろう。


 いつの間にか装備品と身に着けていた衣類は剥がされていた。

 要するに下着だけの恰好である。

 肌寒い。

 窓から風が入り込んでくるので、外部の冷気が部屋の温度を下げているのだ。

 時期的に今は春前である。

 まだ夜は明けおらず、室内の気温は十度を容易に下回っていた。

 身体を動かして少しでも体内の熱量を生み出したいが、腹部の痛みがそれを邪魔する。


 今は自然回復に専念しよう。

 そう思って黙ったままじっと耐える。

 そうしてどれほどの時間が経ったのだろうか。

 肌寒さはピークを迎えており、だが、同時に心地よさも覚えてきてしまった。


 眠い。

 このまま眠ってしまおうか。

 そんなことを考える。

 だが、寝たら確実に風邪をひくなと思い、意識を覚醒させるために目に力を入れる。

 何度かそれを繰り返しているうちに、目に力を入れる感覚が長くなっていき、リオは自らが気づかないうちに意識を失った。


「ハル君」


 ――ん?


「ハル君、起きてってば~」


 ひどく懐かしい呼ばれ方と、心地良い声に、春人は重い瞼を持ち上げた。

 視界に映ったのは、もう遥か昔に春人が暮らしていた部屋の天井、そして最愛の幼馴染の困ったような顔だった。


「あ、ハル君、起きた!」


 春人が眼を開けたことに気づくと、少女の顔に満面の笑みが咲いた。

 それだけで、ぽかぽか、と心が温かくなった。


「どうしたんだよ……。せっかく気持ちよく眠っていたのに」


 ふと、室内の時計を見てみるとまだまだ早朝だった。


「どうしたの、じゃないよ。今日は遠足の日だよ! 早く起きないといけないんだよ!」


 そうだ。

 この日は小学校一年になって初めての遠足だ。

 それで昨日の夜は中々寝付けなかったことを、春人は思い出した。


「んー、おやすみ」


 だが、幼馴染の困った顔を見たくて、春人はつい意地悪してしまった。

 本当は遠足のことを思い出した時点で頭は覚醒していたのだ。


「だ、ダメだよ~。バスでお隣の席に座って一緒に行くって言ったでしょ~!」


 今にも泣き出しそうな表情で、少女が春人を揺さぶる。


「んー」


 と、春人はどこか気の抜けた返事を返す。

 するとベッドの周囲で少女がそわそわとしている様子が伝わってきた。


「うう、もう。絶対に起こすんだからね!」


 流石にそろそろ起きてあげようと思ったその時、少女が布団の上から春人に乗りかかってきた。


「ぐほっ。ちょ、待て! 待って! 降参! 起きるから!」


 予期せぬ衝撃を受けて布団から顔を出すと、得意げな表情で春人を見ている幼馴染の少女がいた。

 してやったりという表情を浮かべている少女に、反撃をしてやろうと、春人に悪戯心が芽生える。


「わわ、ハル君!」


 少女を布団の中に引きずり込んで、ぎゅっと抱きしめる。

 温かい。

 目の前に少女の顔がある。

 少女の体温と息遣いが、すく傍に感じられる。

 すごくぽかぽかした。


「うう~」


 少女が顔を真っ赤にして口ごもる。

 自分の顔もきっと赤いはずだ。

 なかなか大胆なことをしてしまったと春人は思った。


「というわけでこのまま寝るか。おやすみ~」


 そんな恥ずかしさをごまかすようにとぼける。

 このまま一緒に寝られるのなら、遠足に行けなくなっても悪くない。

 妙案だと思った。


「起きてください」


 だというのに誰かが、春人を、いやリオのことを起こそうとしていた。

 誰だろうか。

 少女の声だ。

 だが、幼馴染の少女ではない。

 もしそうならリオはすぐにわかる自信がある。


 まぁ、誰でもいいか。幼馴染の少女を抱きしめて寝たふりをしよう。

 そう思ってリオは腕にそっと力を籠めようとした。

 だが、何かに拘束されたかのように、その手が動くことはない。

 そして、いつの間にか、幼馴染の少女の温もりも消えていた。


「あの、起きてください」


 リオが目を開ける。

 先ほどまで目の前にいたはずの幼馴染の少女はいつの間にか姿を消していた。

 代わりに、そこにいたのは非常に可愛らしい金髪のエルフと銀髪の狼獣人の少女達だった。


 幼馴染の温もりの代わりにあるのは火照りと倦怠感だ。

 喪失感でリオの顔から表情が消える。

 ああ夢か、と、リオは現状を思い出してしまった。


 そして、はらり、とリオの目から涙が漏れる。

 ここは彼女がいる世界ではないのだ。

 なのに、自分はまだ彼女のことを好きなのだと実感してしまった。

 夢の中とはいえ彼女の温もりに触れてしまった。

 蓋をしていた記憶を思い出してしまった。

 幼馴染に再会することを、リオは諦めてなんかいなかった。


 今でも彼女に会いたい。

 今すぐ彼女に会いたい。

 会ってさっきの会話の続きをしたい。

 そう思うと無性に泣けてきた。


 エルフと狼獣人の少女が戸惑ったようにリオのことを見ている。

 リオはいつの間にか毛布をかけられていることに気づいた。

 流石に異種族とはいえ同年代の少年の半裸を見るのは忍びなかったのだろう。

 そう考え、リオは投げやりに苦笑した。


 その時、牢屋の扉から一人の少女が走り込んできた。

 ラティーファだった。

 そして、その後を追うように灼髪のドワーフの少女と翼獣人の女性が入ってきた。

 わんわんと泣き声をあげながら、ラティーファがリオに抱き着く。

 ラティーファは人間族の言葉で「お兄ちゃん」「お兄ちゃん」「行っちゃやだ」と繰り返し言っている。

 そんなラティーファを見ていると、リオはなんだか先ほどの感傷や倦怠感、腹部の痛みも忘れてしまい、苦笑してラティーファにされるがままにした。

 その光景をその場にいた全員がじっと見ていた。

 心なしかその顔つきは、少し、いやかなり青ざめている。

 するとそこに齢をとった狐耳の獣人が入ってきた。


「何やら騒がしいようじゃな。こんな時間に牢屋の中で何があった? 例の人間がいるのじゃろ?」


 リオには理解できない言語で、そう言いながら、女性が室内を見渡し、ラティーファの存在を発見した。


「……ほお、同種族の娘か。見たことはないが、可愛い子じゃの」


 老人がラティーファを見て笑みを浮かべた。

 そして、すぐにラティーファが抱き着いているリオの存在にも気づいた。


「例の侵入してきた人間とやらか。今日の昼にでも長老会議を行うことになっているはずじゃが、そやつがどうかしたのか?」

「その、この狐獣人の女の子なんですが……」


 銀髪獣人の少女が事情を説明する。


 結界に侵入してきたリオを拘束してラティーファと一緒に里に連れ帰ったこと。

 ラティーファに深い眠りにつくような魔力の乱れがあったことからリオを奴隷狩りと勘違いしていたこと。

 里に帰りしばらくすると夜中にラティーファが夜泣きして目覚めたこと。

 傍にリオがいないことに気づくとさらに大泣きしてしまったこと。

 少女がたどたどしい精霊の民の言葉しか話せないこと。

 事情を確かめようと慌ててリオがいる牢屋に来たこと。

 するとすぐにラティーファが匂いを嗅いでリオがいる部屋に来たこと。


「なるほどのう……」


 すべてを聞き終えた狐獣人の老人がラティーファとリオに視線を移した。


「その少女が懐いているのは本当のようじゃな……っ!?」

「貴方達、お兄ちゃんに酷いこと、した。許さない」


 その話を聞いていたラティーファが、片言の精霊の民の言葉で、怒りを伝えた。


「む、たしかに、我らの言葉は喋れるようじゃな。それにしてもこの殺気は……」


 濃い。

 あまりにも濃すぎる。

 この年代の少女が出せるものでは到底ない。

 その場にいたリオ以外の全員が冷や汗をかく。

 ちりちり、と肌が焼けるような感覚に、少女達を守るように、翼獣人の女性が一歩前へ出た。

 するとそれを老人が手で制止する。


「すまぬ。とりあえず事情を知りたい。その上でこちらに非があれば謝罪もする。まずはその者の手かせを外そう。今はそれで納得してくれぬか?」


 と、深く頭を下げて、老人は言った。


「……なら、早く外して。何かしたら、殺す」


 老人の誠意が伝わったのか、殺気を込めて老人を見ながらも、ラティーファはそう言った。


「うむ……。それを着けたのはオーフィアか。儂では解くのは少々骨じゃな。オーフィア、彼の手錠をほどいてあげなさい」


 老人がエルフの少女に指示する。


「な、最長老! よろしいのですか? 奴は人間ですよ!? まだ事情を聴いてもいないのに!」


 と、焦ったように、翼獣人の女性が老人に言った。


「たわけ。その子がその人間族の子供に懐いているのは事実じゃ。そんな相手の話を聞きもせずに罪人扱いしては誇り高き精霊の民の教えに反するわ。オーフィア、早くなさい」

「わ、わかりました」


 オーフィアと呼ばれたエルフの少女がリオに歩み寄った。

 言葉が解らないため話の流れはわからなかったが、おそらくこの手かせを外してくれるようだと、リオは空気の流れで状況を読んだ。

 黙ったまま手を差し出す。


 オーフィアがリオの手かせに手をかざすと、その手に光りが灯る。

 綺麗な光だった。

 リオはその光に思わず見とれてしまった。


(これが精霊術……)


 それは魔法と似ているようで全く別の代物だった。

 そして、リオが魔法を模倣して使っている精霊術とも全く違った。

 おそらくは『解呪魔法ディスペル』と似たことを行って手錠を外しているのだろうが、リオの精霊術のように『解呪魔法ディスペル』の魔力の操作を真似たものではない。

 オーフィアの精霊術は、リオの精霊術よりもはるかに自由であると、リオはそう思った。

 術式契約の魔力の流れを模倣しているだけの自分とは決定的に違う。

 彼女の精霊術は、もっとダイレクトで、なのに複雑で、より高次のものである。

 リオは、今まで、魔力を操作して発動させることができる事象は一定のものであり、魔力で事象を引き起こすには術式に沿った魔力の制御が必要だと考えていた。

 だが、その考えは間違ったものだったのかもしれない。


(ひょっとして精霊術に魔力の制御はさほど関係はないのか? いや、さっきのエルフの子の精霊術を見ている限り魔力の制御を行っていないわけじゃなかった。となると別の要素……事象に対するイメージとかも重要なのか? そういえば俺は漠然と身体能力と肉体を強化していたけど、それはそうやってイメージしていたからだ……)


 頭の中で分析を加えつつも、これが本当の精霊術だと、リオはそう思った。


「ありがとうございます」


 外れた手かせを見て、人間の言葉を理解できるかはわからなかったが、リオはオーフィアに礼を言った。


「い、いえ。こちらこそすみませんでした!」


 すると慌てた様子でオーフィアがぺこりとお辞儀をした。

 彼女は人間の言葉も話せるようである。


「ラティーファ、俺は大丈夫だからその殺気を鎮めるんだ」


 いまだにリオのすぐ側で周囲を威嚇するように殺気をまき散らしているラティーファに、リオが言った。


「でも!」


 ラティーファがギュッとリオの衣類を掴む。


「いいから」

「……うん」


 ラティーファを安心させるようにそっと頭を撫でてやると、ようやくラティーファは殺気を消した。

 室内の空気が一気に弛緩したのを確認すると、老人が口を開く。


「さて、人間族のお若いの。話を聞かせてもらってもいいじゃろうか? と、言ってもこんな牢屋じゃなんじゃしの。部屋を用意しよう」


 と、老人がリオに人間の言葉で話しかけてきた。

 やっぱりここは牢屋だったかと、リオは苦笑する。

 牢屋に入るのはこれで二度目だ。人生で二度もそんな体験をすることはそうそうないのだろうなと、そう思いながら、リオは老人の申出を受けることにした。

 立ち上がろうとしたところで、腹部の痛みが急激にぶり返し、リオが顔を顰める。


「っ、すみません。少し怪我の治療をさせてもらってもいいでしょうか?」

「む、それは、すぐに治癒しよう」

「いえ、自分でできますから」


 老人たちの感じからしておそらく酷い扱いを受けることはないだろうが、それでも今後の扱いが確定していない今の時点で、少しでも借りを返させておくのはあまり上手くない。

 そう考え、慌てたように動こうとした老人の申し出を、リオは断った。

 リオが腹部に手を当てて治癒を開始する。

 いつものように『治癒魔法ヒール』の術式による魔力の流れを基本としつつも、先ほどの少女の精霊術を思い出し、頭の中で治癒のイメージを強く抱いて魔力をコントロールしてみた。

 この痛みのとれない感じだと内臓にもダメージが届いているかもしれなかった。出血もしているかもしれない。


 本来、術者にもよるが、体内のダメージは『治癒魔法ヒール』では時間がかかり治療がしにくい。

 だが、現在、リオは、いつもよりも魔力の消費が少なく、さらに治癒のスピードも速いことを実感していた。

 どうやら少女の精霊術を参考にしてみたのが功を奏したようだ。

 あまりの違いの大きさにリオ自身が驚く。

 そして、その場にいる精霊の民達も目を丸くしていた。


「そなた、今のは……?」


 アースラが代表して口を開いた。


「精霊術……だと思って今まで使ってきたのですが違いますか?」


 本場の精霊術者達の意見を聞きたいと考え、包み隠すことなくリオが尋ねる。


「……確かに、少々オドの制御が固いが、それは精霊術のようじゃ……。そなた、どんな精霊と契約を結んでいるのじゃ?」

「精霊と契約?」


 そんなことをした覚えはないという様に、リオが首を傾げた。

 その様子を見て、アースラはリオが精霊と契約を結んでいないことを察した。


「む、人間族が精霊と契約せずにそれほど巧みにマナを操っていると言うのか? よほど精霊に愛されておるのう。どういうことじゃ……」


 アースラは何かを考えるように複雑な表情を浮かべている。


「オーフィア、お主は何かわかったか?」

「いえ、私も彼がマナに、精霊に愛されているのだろうということしか……」


 と、エルフの少女オーフィアも困惑したような表情を浮かべて言った。


「むぅ、無契約の状態でハイエルフのそなた以上に巧みにマナに干渉しておったぞ」

「ガハッ、ガハ」


 その時、リオが咳き込み口を抑えた手に血を吐いた。


「お兄ちゃん!」


 と、今まで心配するように様子を見ていたラティーファが叫んだ。


「だ、大丈夫か!?」


 リオが血を吐いたのを見て、アースラ達も心配したように声をかけた。


「ええ、ちょっと内臓で出血していた血が溜まっていただけですから」


 何でもない、と言うようにリオが言った。


「そうか、大至急ゆっくりできる場所に移動したほうがよさそうじゃな。もう夜明けも近い。そういえば少年の名前は何というのじゃ? 儂はこの精霊の民の里に暮らす長老の一人でアースラという」

「私はリオといいます」

「そうか。では、リオ殿、部屋へ案内しよう。付いて来なされ」


 老人に引き連れられ、リオはその場を後にした。

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