中国「千人計画」参加者が明かす“拝金主義” 論文ボーナスは1500万円、データ捏造に走る者も
「日本にいても就職できない」
日本学術会議に所属していたメンバーも参加する「中国千人計画」。世界中の科学技術を盗もうとするこの計画に実際に参加する日本人研究者の生の声を聞くと、「論文1本で1500万円」など中国の科学技術への投資がケタはずれであることがわかる。なかにはボーナス欲しさにデータ捏造に走る者もいて――。
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東大や京大をはじめとする日本の最高学府で教育を受け、晴れて未来を担う科学者となった人々は、何故彼の国に搦(から)め捕(と)られたのか。
率直な疑問を、「千人計画」に応募して中国へと渡った70代の元大阪大学教授にぶつけると、匿名を条件に重い口を開いてくれた。
「自ら手を挙げたわけでなく、8年前、友人だった北京航空航天大学の学部長に誘われたんです。研究部門のトップに相当するポジションを用意するから是非やって欲しいと言われて……」
招聘(しょうへい)された大学は軍事研究が盛んな「国防七校」のひとつで、中国の「国家重点大学」にも選出されている。ちなみに、彼は日本で核物理などを研究するシンクタンクに属していたと聞けば、その叡智が軍事転用される恐れを孕んでいるのではないか。
「自分は基礎分野の研究者ですし、論文を世界に向けてオープンにしていますから心配はありませんよ。コロナの前は2週間おきに中国と日本を往復する生活でしたが、片道たったの2時間半で不便も感じない。私は中国でも本来は定年の齢ですが、まだいて欲しいと言われているので長く続けられています」
そう話したかと思えば、こんな本音を吐露する。
「日本人の若手研究者を中国へ呼んでいますが、彼らは日本にいても就職できない。後進を育成するため、仕方なくこちらへ来ている側面があるのです」
まさに中国は、日本の研究者たちの「悲哀」を見抜き、巧みに誘いの声をかけているのだ。そんな彼らのやり口に触れる前に、ここで改めて、本誌(「週刊新潮」)10月22日号で報じた中国の「千人計画」について、振り返っておきたい
FBIが「千人計画」参加者を逮捕
「『千人計画』は、海外にいる理工系の優秀な研究者を好待遇で中国に集め、軍事、経済の発展に寄与させることを目的としています」
と解説するのは、産経新聞ワシントン駐在客員特派員で麗澤大学特別教授の古森義久氏である。
「2008年に中国政府の国務院と中国共産党(中共)中央組織部が主体となってスタートしたプログラムで、その存在自体は公表されていますが具体的な活動内容はこれまで明らかにされてきませんでした。計画開始から間もない09年に共産党が発表した文書では、200名近くの研究者が集められ、その中には日本からの招致も含まれるという趣旨の記述があります」
海外メディアによれば、参加した研究者の数は18年までに7千名を超えるほど増加。国別にみれば、日本はアメリカ、ドイツに並んでトップ3に入る。
このプロジェクトが単なる「学術交流」でなく、知財の流出を招くとして欧米や豪州などが警戒するのには大きな理由があった。それは中国が「軍民融合」を掲げ、民間人による研究成果や収集した情報は、必要に応じて軍が吸い上げる体制が法的に整っているからだ。命令に従わなければ罰則もある。たとえ外国人といえども、中国政府の庇護の下で研究すれば、その成果は人民解放軍や共産党に利用されうるのだ。
ゆえにトランプ政権は18年以降、「千人計画」によって最先端の知財が不正に中国へ流れているとして取り締まりを強化している。
この3年間で、FBIが科学技術窃盗容疑で逮捕した中国関連の人物は約40名にも及ぶ。その中には、「千人計画」の参加者が多く含まれていた。全米を震撼させたのは、今年1月にハーバード大化学・化学生物学部長を務め、ナノテクノロジーの世界的権威としてノーベル賞候補だった名物教授までもが逮捕、訴追されたことである。
計画への関与を口外しないよう命令
再び古森氏に訊くと、
「米国では、千人計画は国益を害するものだとして警戒が強まり、連邦議会上院の国土安全保障政府問題委員会が特別調査を実施。昨年11月にその結果を報告書としてまとめたのです」
それを読むと、これまで謎が多かった「極秘プロジェクト」の一端を窺い知ることができるという。
「『千人計画』では、参加する科学者たちに、諸外国の高度な技術を盗用してでも入手し、中国の軍事や経済に活用することを求めています。特に外国の科学者には、計画に関与することを一切口外しないよう命令しているそうです」(同)
これらは中共と科学者が交わす契約書に明記されている場合もあるそうだ。
さらに、である。いざ中国へと足を運べば、大学などの研究機関で「シャドー・ラボ」と呼ばれる“影の研究室”を作るよう命じられる。米国の自分の研究室と全く同じ環境を再現することで、中国が自前では産み出せない「高度な知財」を提供するよう要求されるケースもあるというから看過できない。
言うまでもなく、これらの行為は「学術スパイ」として逮捕されるリスクが高い。それだけに危険に見合った報酬も用意されており、前述したハーバード大教授は中国から日本円で1億円強の資金提供を受けていた。
「米国人の場合、本業で貰える年俸の3、4倍は受け取っていました」(国際ジャーナリストの山田敏弘氏)
これらの話は、米中が熾烈な覇権争いを繰り広げているからこそ明るみに出たといえるが、翻って日本人研究者の関与は、今年6月の参議院の質疑で政府が、「国として把握していない」と認めたように、ベールに包まれたままだった。
特別なビザ
そこで本誌は中国の教育機関や論文などを分析し、「千人計画」に携わる日本人研究者を独自に特定。7月頃から接触を試みた結果の一部を「週刊新潮」10月22日号で紹介した。
軍事兵器の開発に関与する中国の大学で、研究室を与えられた東大名誉教授は、好きな研究に没頭できる環境を評して“まるで楽園だった”と率直に語ってくれたが、取材に応じた日本人の多くが口を揃えるのは、冒頭でも触れた日本の研究環境の劣悪さである。
「他大学や他の方のことは分かりませんが、18年3月に阪大を定年になり、私の場合は名誉教授および招聘教授になれました。ただし無給で学外者と同じ立場です」
そう話すのは、ビーム機能化学の専門家である大阪大学産業科学研究所名誉教授の真嶋哲朗氏(68)だ。
「専門であるビーム機能化学では、新しい研究をしようと思えばいろいろと高額な実験装置をその都度、開発する必要もあります。名誉教授、招聘教授の立場では、研究を続けられても制約があります。定年後、海外から幾つかお誘いを頂いた中で、阪大時代の教え子が准教授になった華中科学技術大学に教授として赴任しました」
その中国人の教え子から「千人計画」への応募を勧められ、見事に選ばれた結果、「Rビザ」と呼ばれる10年間有効の高度人材向けの特別なビザを発給されたそうだ。
ちなみに、真嶋氏が教授を務める件の大学は、中国トップグループの北京大や清華大に次ぐレベルで、上位ベスト10の常連校。その所在地は、奇しくも新型コロナの震源地となった湖北省の武漢である。
論文ボーナスは1500万円
「偶然にも空港も含めて完全にロックダウンされる数日前に、春節休暇で帰国しましたが、私の大学でも2月初めに教授が3人ほどコロナ感染症のため亡くなりました。今は日本からウェブ会議やメールで現地の学生などとやりとりをして、研究活動を継続しています」
一時は命の危険さえあった真嶋氏は、渡航制限が緩和されるタイミングを見計らって、また武漢へと戻る予定だとして、こうも言う。
「コロナの前は、関空から武漢への直行便がありまして年5、6回は帰国していて、日本国内の遠隔地に単身赴任している感覚でした。中国では年代物の寄宿舎暮らしですが、大学内には職員、学生など約8万人が居住し、生活に必要なものは全て大学内にあります。また、大学の食堂・スポーツ・文化施設などを一般人にも開放していて、和やかな雰囲気です。給与は特に高くありません。中国の大学教授の給与は日本と比べて普通は低いようです。その代わり研究成果を出せば報奨金が貰えるようです。同じ大学でも年収100万円の教授と何十倍の教授がいるような世界なので、競争が激しいですね」
同じく中国トップ10に入る最難関大のひとつである浙江大学で、サルなど霊長類の遺伝子を研究する高畑亨教授(43)によれば、
「『ネイチャー』や『サイエンス』に論文が掲載されたら、1500万円くらいのボーナスが出る。自分はまだ貰ったことはありませんが、そういうところで給料の差がつくようになっています」
給与は日本の国公立大の准教授クラス(平均年収700万円前後)。決して高くはないと高畑氏は明かした上で、
「5年前に浙江省の『千人計画』に選出された際に1500万円が支給され、5年分の研究室の運営費として5千万円を支給されました。ただし、使いたい放題というわけではなく、そこからMRIなど研究設備を揃えて秘書の給与も支払います」
データ捏造の温床に
動物行動生態学が専門で、ダニについての研究で著名な北海道大学名誉教授・齋藤裕氏(72)は、福建省の農業科学アカデミーに招聘されたと語る。
「給料は年金を足せばまぁ生活には困らず暮らしていけるぐらい。それとは別に、『千人計画』に通った際にちょっとした賞金が出たのと、研究費は3年間で2100万円とこの分野ではかなりいい額を貰えましたよ。住居費も向こう持ちで週末は星付きのホテルに泊まった。日本では名誉教授といっても、単なる肩書きで給料も研究室もないので、中国で研究するのも悪くないと思いましてね」
彼が「千人計画」に参加していたのは、13年から16年までの約3年間のみ。現在は日本に戻っている。
「福建省はタケノコの産地として有名ですが、その年は思うように育っていなかった。竹林に生息するダニのせいではないかとなり、専門家として呼ばれたのです。『千人計画』への応募手続きは現地の大学がやってくれました。結果的にはハダニが原因で問題解決の役に立つことができました」
そんな齋藤氏は、中国の大学教育の“影”をこの目で見たと振り返る。
「現地の学生は、『ネイチャー』など一流誌に論文を掲載されると1千万円くらいのボーナスが出るので必死でした。それだけに、論文を見ると明らかにデータがおかしい箇所が散見されて……。私はカマをかけて見破ったりしていた。“拝金主義”は、データ捏造の温床になるので、その点はよくないと思いましたね」
「週刊新潮」2020年10月29日号 掲載