1章 38話 ざまぁ回その1
カーン。カーン。カーン。
聖なる鐘が鳴り響く。
各地から集まった貴族や王族達。
そして各神殿の代表たち。
ずらりと居並ぶ騎士達。
広場を取り囲み、一目聖女を見ようと集まった平民達。
聖樹の森の広場は今。人で溢れかえっていた。
新しい聖女の就任式を一目みようと、各地から人が集まっていたのだ。
聖樹の前に置かれた台座に聖女の杖がある。
聖樹で作られた聖なる杖。
聖女だけが所持できる聖女の象徴。
それを台座から引き抜き、新たな聖女が誕生する。
皆、歴史的瞬間を一目見ようと、その場に集まっているのだ。
台座の前には大神官となったグラシルが杖の前に立っている。
ああ、なんて素晴らしい光景なのかしら。
娘の晴れ舞台にテンシアはウットリした。
そう今間違いなく主役は自分の娘シャーラなのだ。
いつも……テンシアは日陰の身だった。
ソニアの母である姉のミネアばかり皆褒め称え、テンシアは目立たない日陰の子的存在だったのだ。
それが今はどうだろう。
主役は娘のシャーラで。
自分は国王すらひれ伏す聖女の母。聖母なのである。
こんな素晴らしい日がくるなんて。
やはり主役は私なのよ。
テンシアは娘の晴れ舞台に涙を浮かべるのだった。
■□■
長かった。
聖なる杖を前にグラシルは感慨深げに聖女を見つめた。
少し前までは不正したことがばれて閑職に回されそうだったのがいまでは聖女の後見人となり、ラーズを従える大神官にまで上り詰めたのである。
従えているラーズが偽物なのが悔やまれるが、それでも大神官職に上り詰め、聖女の就任という一代イベントの主役になれる事をグラシルは心の底からかみしめた。
カルディアナの聖女の後見人になった今各地の王族や貴族よりも、自分はずっと立場が上なのだ。
この瞬間をどんなに夢見た事だろう。
ずっと前を歩き目障りだったファルネももういない。
ラーズが手形をもっていて、その後も行方不明ということは恐らくラーズはファルネの死を確認して手形をもって帰ってきたのだろう。
そして今ではファルネばかり贔屓していたラーズの本物は死に絶え、偽物のラーズを顎でこき使ってやっている。
これほど素晴らしい話があるだろうか。
これでシャーラが聖女の杖を抜いた瞬間。
グラシルの地位は盤石のものとなる。
たくさんの煌びやかな服装をした貴族や騎士、神官に囲まれて歩むシャーラをグラシルは満足気に見つめるのだった。
■□■
間違いなく主役はシャーラだった。
広場に集まった大観衆の視線全てがシャーラに集まっていた。
そう、これよ!これなのよ!
小さな商家の令嬢などシャーラには似合わない。
全ての人に注目を浴び、貴族や王族をさらに超える存在。聖女。
それこそが私の身分にふさわしい。
この日のためにシャーラが特注した衣装を着て、シャーラは台座の前までゆっくりと歩む。
平民だったころは会うことすら叶わなかった各地の王族達がみなシャーラにひれ伏している。
そして広場に集まる大勢の観衆がシャーラの挙動一つ一つに歓声をあげるのだ。
あとはあの杖さえ抜けば、皆私にひれ伏す。
その瞬間。間違いなくシャーラは世界の誰よりも高い地位に存在することになる。
台座に辿りつき、シャーラは聖女の杖に手を伸ばす。
ああ、これを抜けば、王族すら私にひれ伏すのね。
煌びやかなドレスに身を包んで偉そうにしている王族達を見つめシャーラはにんまりとした。
実りをもたらす聖女には王族でさえ逆らえない。
身分の弱そうな貴族ならいびっても大丈夫なはず。
あの綺麗なドレスを着た小生意気そうな少女の貴族はいびりがいがありそうだ。
などと考えながら
シャーラが大げさに杖に手を伸ばし……そして杖を持ち持ち上げようとすれば「わーーーーっ!!!!」と大歓声があがる。
そして……杖を台座から引き抜こうとしてシャーラの動きが止まる。
え?何これ?
ちょっと待って?
そう――どんなに引き抜こうと力を入れても。杖はびくともしなかったのだ。
ちょ、おかしいでしょ?
これ力がいるの?
シャーラが一生懸命引っ張るが杖はびくともしない。
歓声がだんだんどよめきに変わるのがシャーラにもわかった。
「聖女様!!聖気を流しながら抜くのです!!!」
慌てて大神官であるグラシルも駆け寄るが、シャーラがどんなに引いても杖は抜けないのだ。
ほかの地域の聖女の儀式でもこのような事は一度もない。この事態は異常である。
ざわざわと会場もざわめきだす。
違う!何よこれ!?おかしいでしょ!?
何で抜けないのよ!???
大観衆の前で恥をかいたことに焦りながらシャーラが何とか抜こうとするが、杖は一向に抜ける気配がない。
異常を察してか各国の警備の騎士達も王族の元に集まり出していた。
「抜けるわけがない。そこにいる女は偽聖女なのだから」
突如声が響き――聖樹の木々がざわめいた。
皆の視線が集まれば、聖樹の木の葉が舞い散り――枝に立つ格好で人影が現れる。
「貴様!??ラーズ!!!!」
現れた人影にグラシルが声をあげた。
そう一人の少女の両隣にはラーズと神官のフードを被り、顔の見えない男が二人。
そして狼と熊が待機していた。
「そんな嘘よ……まさかソニア?」
その姿に、聖女の杖の近くに待機していたテンシアも声をあげる。
神官達に囲まれ中央に立つ格好で佇む少女は……髪の色こそ違うもののテンシアのよく知る人物の幼少時代に似ているのだ。
ソニアの母。ミネアに。
「ちょっとソニアってどういう事お母様!?」
空気の読めないシャーラが声をあげれば。
――黙れ、愚かな人間どもよ――
少女の口から言葉が紡がれる。
口を動かししゃべっているはずなのに、何故か直接脳に響く声。
その場にいた誰もがこの一言で理解した。
そこに立つ少女は――人間ではないと。