1章 33話 殺しちゃ駄目
「今日は貴方の身の回りの世話をしてくれる人を紹介します」
神殿に住むようになってからだいぶたってからだった。
ファルネ様が改まってそう言った。
新しい人?
「はい。そろそろ他の人間にも慣れる必要があります。
いつまでも私が貴方の身の回りの世話をするわけにもいきませんから」
ファルネ様大変?
私は大丈夫だよ。
ちゃんとお着替えできる!
お洋服自分で着られるよ!
「ええ、上手になりましたね。
でも、問題はそこではありません。
この前も話しましたよね?
悪意のない人間に慣れる必要があります」
でも、怖いことしない?
ファルネ様がいないところで虐めたりしない?
『あんたを虐められる人間なんて今現在いやしないさ。
もう少し自信をもちな』
私が聞けばお布団で寝ていたシリルが顔をあげた。
本当?本当?
叔母さんも最初は叔父さんに隠れて虐めてきた。
もしもその人もファルネ様がいないところで虐めてきたらどうしよう。
『大丈夫!!そんなひどい奴リベルが倒す!!!』
リベルが言えば
『あんたもちょっとは自重しな!ここでの殺しは禁止だからね!』
と、シリルに物凄く睨まれてリベルが『わ、わかった!』と小さくなる。
『今から紹介する人間は私も記憶を見ているから大丈夫だよ。
あんたに悪意はない』
「その人が居る時は絶対あなたの側を離れません。
頑張れますか?」
ファルネ様に手を握られて私は頷いた。
あの冒険者達も最初は優しかったから本当は怖い。
でもファルネ様やパパやママ。
絵本の中の人たちみたいにいい人間もいっぱいいるはず。
うん、頑張る。だってファルネ様が一緒だもん。
言えばファルネ様が抱きしめてくれる。
ファルネ様の大好きな匂い。
頑張るって約束したんだ。
もっといろんな人と会って。
一緒に答えを見つけようって。
だから、頑張らなきゃ。
■□■
「し、神官見習いのクラリスです。宜しくお願いします」
そう言って紹介されたのは女の人だった。
ファルネ様と同じ服装。
茶色の髪でうしろに髪を縛ってる。
でもどうしよう。
ちょっと叔母さんに雰囲気が似てる。
顔は全然似てないのに。
ああ、きっと身長が同じくらいなんだ。
叔母さんは鞭を振り上げていつも痛いことをしてくるの。
止めて止めてってお願いしてもぶってくるの。
熱い痛いものを押し付けてきて。
寝ることも許してくれない。
いとこも棒をもって叩いてくる。
この人はその人達になんだか似てる。
だって女の人だもの。
この人は殺しちゃダメな人。
敵じゃない。
でも。怖い。怖い。怖い。
「ど、どうかなさいましたか?」
女の人が聞いてくる。
なぜか叔母さんの顔が浮かんじゃう。
人間はやっぱり怖い。私を虐めてくるから。
いい人そうだと思っても心の中は真っ黒で。
いつ私やファルネ様を虐めようか、殺そうかと考えてるの。
パトリシアみたいに殺されちゃう。
だから信じちゃダメなんだ。
倒したい。倒したい。怖いから倒したい。
でもいい人だから殺しちゃダメ。
人間は人間を殺しちゃダメなの。
ファルネ様に習ったの。一緒に考えようって誓ったの。
身体が震える。
どうしよう、どうしよう。
震えないでお願い。お願い。
怖くて涙が溢れる。
「リーゼ」
ファルネ様が私を引き寄せてくれて女の人は慌てて部屋から出ていった。
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。
ファルネ様と一緒に頑張るって約束したのに。
私は頑張れなかった。
「……いえ、私こそ無理をさせてすみませんでした。
もう無理はしなくていいですよ。
急ぎすぎましたすみません」
言って抱き寄せてくれるから、私もファルネ様に抱きついた。
人間はやっぱり嫌い。
だってずっと私を虐めてくる。
大好きなファルネ様もパトリシアも人間に殺されて。
ファルネ様は生き返れたけれど、パトリシアはもう死んであえなくなっちゃった。
私を守ろうとしただけで、何も悪い事をしていないのに殺されちゃった。
もしファルネ様がパトリシアみたいに生き返られなくなっちゃったら?
死んじゃったらどうするの?
ファルネ様が光の玉で寝てる時ずっとずっと寂しかった。
でも、いつか目を覚ましてくれるってわかってたから寂しくても我慢できた。
死んじゃったら目を覚まさないんだよ?
パパとママやパトリシアみたいに会えなくなっちゃう。
もうやだ。虐められるのも嫌。大好きな人が目の前からいなくなるのも嫌。
だから怖い。違う人でも怖い。倒したい。
人間は私の大事なものをいつも奪っていく。
私から何も奪わないで。私の事を虐めないで。
「ファルネさま、ファルネさま」
言えば背中を撫で撫でしてくれた。
頑張らなきゃ頑張らなきゃ。
私はファルネ様にぎゅっとして心に誓う。
人間が怖くても殺しちゃだめ。
いい人だっていっぱいいる。
信じなきゃ信じなきゃ。
ファルネ様やシリルを信じなきゃ。
私はファルネ様の背中をぎゅーっと握るのだった。