1章 30話 託された使命(他視点)
「大変です!!ファルネの手形をラーズ様が持ってカルディアナに向かっていると報告が!!」
グラシルの部屋に慌てた様子で部下が入ってくる。
今日も王族達から聖女へと送られた貢物をグラシルが勝手に中身を吟味していた所だった。
「何だと!?
調査隊が派遣されたのか!?そんな話は聞いてないぞ!!
いまはラーズが俺の知らない所で神官を動かすのは無理なはずだ!!」
「それがどうやら周囲に内密で調査に向かったようでして!
いま神官のカイルと二人でこちらに向かっていると報告がありました!」
「……内密?
他に誰も知らないということか?」
「は、潜ませた密偵も知らなかったと」
「そうか。そうか!!
あの馬鹿め!!ファルネなんぞ放っておけばいいものを!
殺せ!!今すぐ殺してこい!!
ラーズのかわりはこちらで用意すればいい」
グラシルの言葉に部下は「やはり」という顔をして「はっ」と一礼して部屋を出ていく。
本来なら止めたい所だが……ラーズがファルネの死を追求しだせばグラシルの取り巻きは処分されるだろう。
もちろん報告した部下も処分対象だ。
特に聖獣が満月の夜に行動できないのを暗殺者ギルドに漏らした罪は重い。
殺すしかない……。
グラシルの部下は意を決して歩き出すのだった。
■□■
「はぁ……いつになったらファルネ様はここに来るのかしら」
シャーラはため息をついた。
グラシルがファルネを連れてくると言ってからもう一ヶ月近くたとうとしている。
それなのにいまだにファルネを連れてくる気配がない。
青髪の端正な顔立ちの青年。
とても綺麗な顔立ちで、緑色の瞳が美しい男性。
絵本にでてくる王子様のようで自分の伴侶となるべきなのはあの人なのに。
それなのに未だに彼を連れてこない。
「シャ、シャーラ様お茶を」
神官の女性がシャーラにお茶を差し出す。
以前虐めていたお気に入りの神官は、ラーズが辞めさせてしまった。
今は別の神官をいびって虐めてはいる……けれど。心は満たされない。
ソニアを虐めていたように。
憂さ晴らしに殴ったり棒を思い切り叩きつけたり、水をかけたりが出来ない。
奴隷を買ってやろうかとも考えたが、流石に聖女はそれではまずいだろう。
ああ、苛々する。
この女も殴れればいいのに。
母テンシアのように自由に街をあるけたなら奴隷でも買っていびり倒せたのに。
怯える女神官を睨みながらシャーラはため息をつくのだった。
■□■
「ラーズ様」
荒野に馬を走らせながらカイルがラーズに声をかけた。
二人はシリル達と会話をしたあと、エルディアの森の神官にファルネ達を託し、エルディアの森から途中の都市に寄ることなくまっすぐにカルディアナに向かっていた。
「ああ、来たな」
遠くから魔力の波動を感じる。
ラーズが単独で動いてると知り、グラシルが刺客を差し向けてきたのだろう。
ファルネの手形を持ち歩いた甲斐があった。
この手形には場所を知らせる機能がついている、おそらくこれに誘われてきたのだろう。
ラーズは微笑む。
聖女シリルに言われた使命。
言われた通り果たさねば、聖樹達は本当に人間をカルディアナの土地から抹殺するだろう。
人間ではなくほかの動物達に恵みをもたらすために。
人間は傲慢が故、すぐ忘れるが聖樹達にとって、人間は特別ではないのだ。
虫や動物と同じ生命の一つに過ぎない。
驕り高ぶればすぐにでも聖樹達は人間に制裁を下すだろう。
今ラーズやファルネ達が託された使命は人類の存亡を握っている。
決して失敗するわけにはいかない。
既にエルディアの聖樹より加護を賜った。
あとは実行にうつすだけだ。
「カイルわかっているな?」
ラーズの言葉に、カイルも力強く頷く。
前方からはグラシルが差し向けた刺客が槍や弓を構え、ラーズ達にむかってきていた。
「いくぞっ!!カイルっ!!」
ラーズとカイルは錫杖を片手にその刺客に立ち向かうのだった。