1章 28話 本当の聖女(他視点)
「あの時拾った子か。こりゃまた随分大きくなったな」
シリルに無理矢理拉致され、ファルネの元にたどり着いたカイルがそう呟いた。
「それにしてもエルディアの聖女様と共にいたとは……これはどういうことなのですか?」
と、同じく連れてこられたラーズが呻く。
あの後。ファルネを探してエルディアの森に入ったとたん、ラーズとカイルは狼に拉致された。
朽ちた神殿跡に連れられそこでファルネと再会をはたしたのだが。
なぜか首元にクマの爪をつきつけられながら、ファルネと話す事になる。
部屋ではリーゼがすやすやと寝息をたてて眠っている状態だ。
「命を狙われたところシリル様とリベル様に助けていただきました」
ベッドで寝ているリーゼの頭を撫でながら、ファルネが微笑めば
『リベル褒められた!!』
とリベルが嬉しそうに踊りだした。
「そ、それはよかった……」
その隙にそそくさとカイルはリベルとの距離をとる。
ラーズはさして気にした風もなくその場で、シリルを観察していた。
ラーズも大神官職ではあるが人間以外の聖女と対面するなど初めての事だった。
人間以外の聖女は人間を嫌っている事が多く、接触を図ってこないからだ。
……それに後ろで踊っているクマと寝入っている少女。
どちらからも並々ならぬ聖気が感じられる。
今まで会った人間の聖女とは比べられないくらい強い力。
シリルと比べても遜色ないほどの聖なる力を。
『さて、役者が揃ったみたいだし、状況を説明してもらおうじゃないか。
何でこの神官は狙われてるんだい?』
ラーズの思考を遮ってシリルが話しかけた。
「恐らくグラシルの手のものでしょう。
彼は昔からファルネにライバル心を燃やしていましたから。
旅に出たため、これ幸いと殺そうとしているのだと思います」
「グラシルが私にですか?」
ラーズの言葉にファルネが意外そうな声をあげれば
「あれだけライバル心剥き出しにしていたのに気づかないのはお前だけだぞ」
と、カイルが横目で突っ込んだ。
「ですが嫉妬だけで私を殺そうとしたのでしょうか?」
「大方お前を殺して聖女に偽物でもあてがうつもりだったんじゃないか」
と、カイルが言えばラーズも頷いた。
姿を変える魔道具は過去の今より文明が栄えていたころの遺物であり大変希少な物で貴族でも手がだせないが、グラシルは神官の高官という役職柄手に入れるのは不可能ではない。
『聖女というと、あのシャーラとかいう偽物のことかい?』
「偽物?と申しますと?」
ラーズが食い気味にシリルに尋ねる。
『あの聖女は偽物さ。リーゼに暴行をしていて長い年月の間リーゼの血を浴びていたため聖女の力が反応したにすぎない』
シリルの言葉にファルネは眉根を寄せた。
確かに血を浴びるとそのものの魔力を帯びる事はある。
本当にごくまれに、物凄く低い確率だが。
が、それも日常的に血を浴びていてやっとわずかばかりの魔力を帯びるのだ。
一年、二年ですむ話ではない。
つまりシャーラは、リーゼに対して血のでるような激しい暴行を長期間加えていたことになる。
ごく普通の少女にそこまで残虐な事ができるのだろうか?
元々あった残虐な部分がリーゼの慈愛の力で増長されてしまったのかもしれない。
「待ってください。
リーゼとは、そこにいる少女であっていますか?
まさかその少女が?」
ラーズが尋ねればシリルは頷く。
『カルディアナの本当の聖女は……そこにいるリーゼだ』
言うシリルから一気に黒いオーラが湧き上がる。
そう、シリルもファルネの記憶をもらい一連の流れはわかっている。
よりによってあのクズ女がカルディアナの聖女を名乗るなど、言語同断。許せる事ではない。
今すぐにでもシリル自ら噛み殺してやりたいくらい憎たらしいがエルディアの聖女であるためそれもできない。
エルディアの許しを得なければ森から出られないのである。
『シリル怒ってる!これやばい!人間謝れ!!』
リベルが慌ててラーズとカイルを揺さぶった。
ファルネ達もその発するオーラに思わずたじろぐ。
『いいかい?これはカルディアナとエルディアの聖樹の意思でもある。
人間がこの先あの土地で生きていけるかいけないかは、すべて今後のアンタたちの行動次第だ』
言うシリルの後ろには……エルディアの聖樹が立っているのだった。