1章 24話 ファルネさま
ずっと会いたかった。
声が聞きたかった。
またシチューを作ってもらって。
ふーふーしてもらって。
子守唄を歌ってもらって。だっこしてもらってお庭をお散歩するの。
まだ馬車の中にあった荷物の中には読んでもらってない絵本が一杯あって。
ファルネ様が目を覚ましたら読んでもらうはずだった。
なのに、なのに。
ファルネ様を狙っている悪者を倒した所を見られちゃった。
ファルネ様の所に絶対行かせないって決めたはずだったのに。
洞窟の奥まで一人はいっちゃって。
それを倒してたらファルネ様が起きちゃった。
前にね、シリルが言ってたの。ファルネ様は人を殺すのを嫌うから知られちゃだめだよ、って。神官様は人を殺すのを嫌うんだって。だから人を殺すのは内緒だよってシリルと約束したはずだったのに。
ファルネ様に人を殺す所を見られちゃった。
光の玉から、起き上がりすこしよろめきながらファルネ様が立ち上がる。
その顔は怒ってて、私は泣きたくなった。
そうだ。思い出した。
私をいじめてた叔母さんも最初の頃は優しかったんだ。
でも私が悪いことをしちゃったら、いきなり暴力をふるようになって。
あの時の叔母さんとファルネ様の顔が重なって、私は泣きたくなる。
嫌われた。嫌われた。
大好きだったファルネ様に嫌われた。
どうしよう。どうしよう。どうしよう。
ファルネ様も私を虐めるようになるの?
『リーゼ!神官起きた!よかった!』
リベルが嬉しそうに言うけれど、違う違う。
こんなところ見られたらダメだったのに。
「……リーゼ」
ファルネ様が何か言うために私に手を差し出した。
嫌。嫌。嫌。
聴きたくない。
ファルネ様もおばさんと一緒なんだ!
お前なんか嫌いだって私の事を閉じ込めて虐めるつもり。
ヤダ。ヤダ。ヤダ。
「あーーー!!!」
近寄らないでと念じれば、蔦がファルネ様めがけて飛んでいく。
違う違う違う!!
やだ!!ファルネ様を攻撃しないで!!!
『リーゼ!!変!!変!!神官攻撃してる!!』
リベルがファルネ様を襲う蔦をべしべしはらって止めてくれる。
でも聖樹の蔦は私が止めてといってるのにファルネ様に向かっていってしまう。
わからない。わからない。
私にもわからない。
お願い助けて。やだやだやだ。
涙が溢れる。
なんで。こんなはずじゃなかった。
ファルネ様が起きて嬉しいはずなのに。
なんで私は攻撃してるの?
違う違う違う違う。
『何やってんだい!落ち着きなっ!!!!!』
突然聞こえたシリルの声に。私はそのまま意識を失った。
□■□
声が聞こえる。
「女の子はいいました。
『どうして ドラゴンさんは 羽があるのに飛ばないの?』
ドラゴンはいいました。
『むかしむかし戦争があったんだ。
その時ね、羽を怪我して飛べなくなったんだよ』」
ファルネ様の優しい声。
そうだこれは私の大好きなドラゴンさんと女の子のお話。
飛べなくなっちゃったドラゴンさんと女の子が仲良くなるお話なの。
ファルネ様が起きたら読んでもらおうと毎日毎日寝る前に自分で読む練習をしていた。
字は読めなかったけど。
内容は憶えていたからファルネ様の隣で毎日読んでいた。
ファルネ様が起きたら……いっぱい話したい事があって。
シリルとリベルとか新しい友達ができて、喉も治って音をだせるようになったの。
歩けるし、走れるし……いっぱいいっぱい言いたい事があったのに。
私はファルネ様に嫌われちゃった。
「嫌いになどなっていませんよ」
ファルネ様の声が聞こえた。
これは夢かな?
ファルネ様が怒ってないわけないもん。
だって起きた時怖い顔してたもの。
あれは怒っている顔だった。
「……それは貴方にあんなことをさせてしまった自分の不甲斐なさにです。
もしそれが顔に出ていたのなら貴方に謝らなければなりませんね」
言って頭を撫でられる感触に私は目を覚ました。
目をあければ、目の前にリベルとシリルがちょこんと座ってて、私は誰かに抱っこされていた。
いつもいつもファルネ様が本を読んでくれる時の格好。
私がちょこんとファルネ様のお膝に座ってファルネ様がご本を読んでくれるの。
懐かしいぬくもりに私はおそるおそる顔をあげた。
そこにいたのは――ずっとずっと会いたかった。
声が聴きたくて、撫で撫でしてほしくて、一緒に居て欲しかった人。
「ファルネしゃま」
声にだして言ってみる。
毎日毎日練習してやっと言えるようになったお名前。
大好きな大好きなファルネ様。
「貴方には寂しい想いをさせてしまいましたね。
申し訳ありませんでした」
言っていつもの笑顔でナデナデしてくれて。
私はその胸に抱きついた。
会いたかった会いたかった!寂しかった寂しかった!
もう置いてかないで!
大好きな大好きなファルネ様!!!
溢れる涙が止められなくて、私は大声で泣き出してしまうのだった。