エピローグ
ひとまず、三章終わります。
今回の騒動がひと段落して数日後のこと、わたしはいつもの研究室でグレン様と紅茶を飲んでいた。
いつもと同じ魔力の総量を増やすためのお茶会だけど、今日はどうしても伝えたいことがある。
どう伝えるか……それを何度も考えてきたのに、いざグレン様を前にすると言葉にするのに時間がかかった。
「あの……グレン様」
名前を呼べば、グレン様はいつもどおりの優しい微笑みを浮かべて小さく首を傾げた。
「まずはお礼を言わせてください。ありがとうございます」
「何のことかな?」
「以前、ジェラルド様とモグリッジ次期伯爵様を捕まえるとおっしゃったときに、わたしは一つわがままを言いました」
グレン様は微笑みを浮かべるだけで何も言わない。
「モグリッジ次期伯爵様とは顔を合わせたくないと言いました」
今回の騒動……実はわたしはどういう結果になったのか知らされていなかった。
終わったらしいことは、ジェラルド様が研究室へ来なくなったのでわかっていたけど、それだけだった。
たぶん、グレン様は知らせずに済ますつもりだったんだと思う。
でもそれだと、サージェント辺境伯家の一員として、相応しくない。
わたしは強くならなければならないのだから……。
それをエレに伝えたところ、ジェラルド様がわたしが生み出した『無害な』種と魔物を呼び寄せる種を差し替えて植えたこと、モグリッジ次期伯爵様をおびき出すためにグレン様が幻影を生み出したことなどを教えてくれた。
「本来なら、わたし自身がおとりになるべきところを、グレン様が幻影を生み出してくださったのだと聞きました」
グレン様は口元に手を当てて、考えているようだった。
「わがままを言ってごめんなさい。願いを叶えてくださってありがとうございます」
「それはわがままではないよ。チェルシーが身の危険を感じたから、出てきた言葉なんだよ」
たしかに、体が震えるくらい嫌だったから、会いたくないと伝えたけど……。
「そういった胸騒ぎは、意外なところで役立つことが多いんだ。だから、今後も思ったこと感じたことは教えてくれると助かるよ」
グレン様はそう言うとわたしの頭をぽんぽんと優しく撫でた。
「それだけでいいのでしょうか?」
「むしろ、そういった報告・連絡・相談が大事なんだよ。たとえば……」
そこから、どう大事かについて説明を受けた。
「わかりました。これからもグレン様に思ったこと感じたことをお伝えします」
わたしの言葉にグレン様はいつもと同じ優しい微笑みを浮かべた。
+++
その日の夜、グレンは国王に呼ばれ、居城にある執務室を訪れていた。
「グレンか。よく来た。まあ、座れ」
国王は満面の笑みを浮かべて、グレンにソファーへ座るよう促した。
こういった場合、大抵国王には何か企みがあり、グレンはため息をつく展開になる。
それをわかっていても、グレンは国王である兄に逆らう気は起こらない。
なぜなら、どんな企みであってもそれはすべてグレンのためになるものだからだ。
国王が片手を挙げると部屋にいた側仕えやメイドたちが一斉に出て行き、二人だけの空間へと変わった。
「本題の前にひとつ確認しておきたいことがある」
「なんでしょうか?」
「小さい頃、政略結婚は嫌だと言っていたが、それは今も変わらないのか?」
それはグレンが転生者と自覚したばかりの頃の話だ。
一市民だった前世の記憶のせいで、王侯貴族としての価値観を受け入れられずに苦しんでいた。
政略結婚を前提とした婚約話が持ち上がった時に、『国の繁栄のために尽くすから、結婚だけは自分の意志で決めさせてくれ』と言って、当時六歳だったグレンは拒否した。
十八歳となるまでには、クロノワイズ王国の価値観が身についている。
「嫌かそうでないかと言えば、嫌ですが……国のためであるならば、受け入れます」
グレンはきっぱりと答えた。
「少し想像と違う答えが返ってきたが、まあいいか」
政略結婚は今も受け入れられないという答えが返ってくると思っていた国王は驚きつつも、さらに笑みを深めた。
「ではグレンに、チェルシー・サージェントとの婚約、および結婚を命ずる」
「へ!?」
「モグリッジのドラ息子の件で、のんびりしていられないと思ってな」
呼び出しの内容が、まさかチェルシーとの婚約についてだとは考えていなかったグレンは珍しく頭を真っ白にさせていた。
「あの令嬢のスキルは、権力を欲するような貴族の手に渡れば、国が揺らぐ。謀反を起こすことだって可能だ。それらを未然に防ぐには、あの令嬢に魔力封じの腕輪を施すか、処刑……もしくは、令嬢を守る力のある者と結婚する以外に道はないだろう」
国王のそんな言葉で、グレンはだんだんと頭を覚醒させていく。
グレンはチェルシーと悪い種を生み出さないかぎり、守ると約束をした。
その守る……の中には、魔力封じの腕輪をつけずに平穏な生活を送ることも含まれている。
「まだ何も罪を犯していない者に、魔力封じの腕輪を施すのも処刑するのも嫌でね」
国王はその瞬間だけ、王というよりも人として、心底嫌そうな顔をした。
「となると、結婚以外の道はないわけだ。そして、グレン以外に、あの令嬢を守る力を持つ者がいるか? いないだろう?」
「……たしかに、現国王である兄上を尊重していて、かつチェルシーを悪意から守れるのは俺しかいないと思います」
グレンの言葉に国王はうんうんと頷き、もとの満面の笑みに戻った。
「そんなわけで、二人の意思を確認せず、結婚をさせようとしているから……これはグレンが嫌だと言った政略結婚になるわけだ」
たしかに政略結婚なのだが、グレンの意思は……チェルシーに傾いている。
本人は自身の気持ちに気づいていないふりを通してはいるが、はっきりとした好意を持っていると言っていい。
王命により、チェルシーはグレンのものになったといっても過言ではない。
嬉しいと思う反面、罪悪感があふれる。
この政略結婚にチェルシーの意思は反映されていない。
グレンは何とも言えない表情をしつつ、視線を彷徨わせた。
「状況的に婚約は早急にしてもらうが、結婚の期日は決まっていない。それまでに政略結婚ではあるが、恋愛結婚でもあると言えるよう努力せよ」
つまり、結婚するまでにチェルシーと両想いになれということだ。
強力すぎる後押しにグレンは片手で顔を覆った。
「さて、ここまでは国王としての話だ。ここからはお前の兄として聞く」
国王は満面の笑みから、魔王のようなニヤッとした笑みを浮かべた。
「お前、チェルシー嬢が好きなんだろう?」
気付かないふりをつらぬいていたのに、実の兄にはっきりと指摘されてしまった。
指摘されてしまえば、ふたをしていた感情は一気にあふれ出す。
グレンは一気に顔を赤くして、今度は両手で顔を覆った。
「何も言わなくても、その顔を見ればすぐわかる。だいたい、モグリッジのドラ息子があの令嬢に手を出してると知ったときのグレンの様子はひどかったもんな」
「そんなに、ひどかった……ですか」
「どんな手を使ってでも捕縛し、処刑をしようとしているところがな」
国王はクククという魔王のような笑い声をあげた。
「グレンはそうやってあの令嬢を守り続けるのだろう? だったら、婚約者なり夫なりきちんとした立場を持って守り続けたほうがやりやすいだろう?」
グレンはもう国王の言葉に何も言えなかった。
「兄としてもできれば、グレンには好きな子と結婚してほしいからな! がんばれよ!」
国王はグレンに近づくと背中をバシバシと叩いた。
「……がんばります」
グレンは恥ずかしさのあまり、それしか言えず、下を向いた。
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