14.エレの気の済むまで
ジェラルドは魔力封じの腕輪をつけられ、騎士たちによって尋問室へと連行された。
部屋に入り、椅子に座らされた途端、今まで抱えていた胸の内をすべて吐露し始めた。
チェルシーに対する嫉妬心や特別研究員になれなかったことなど、まるで呪いの言葉のようだったと同行していた騎士たちは言っていた。
しばらくそのまま吐き出させていると、次第に落ち着いてきたのか、街で出会ったという商人風の男について語りだした。
「あの女の婚約者だと名乗る商人風の男が、言ったんです……。早く結婚したいから、王立研究所からあの女を追い出してほしいって。心に傷を負う可能性があることを伝えたら、それは自分が癒すって……」
「男の名前はわかるか?」
「わかりません。二度目に会った時に、魔物を呼び寄せる種と差し替えて植えればいいといったのもその男でした……」
「このままだと国家反逆罪で処刑なんだが、こちらの指示に従うことで減刑しよう」
グレンの言葉に、ジェラルドは即座に頷き、商人風の男……モグリッジ伯爵の令息捕縛に手を貸すことになった。
+++
数日後、ジェラルドは商人風の男を探すために市場をウロウロしていた。
もちろん、監視のために隠密や騎士が隠れ潜んでいる。
ジェラルド自身は、減刑されることを心から望んでいるため、逃げる意思はまったくなかった。
しばらくウロウロしていると、ジャラジャラと宝石をつけた身なりのいい商人風の男……モグリッジ伯爵の令息が現れた。
ジェラルドは、詰めていた息を吐いた後、ゆっくりと近づき目礼をした。
「何かございましたか?」
モグリッジ伯爵の令息はジェラルドに向かって、ニタァとした笑みを浮かべた。
「……チェルシー様を追い落とすことに成功しました。西の大庭園へかけていく姿を見かけたので、婚約者の出番ではないかと思い、探していました」
ジェラルドは事前に言うように指示された言葉を、間違えないようゆっくり伝えた。
すると、モグリッジ伯爵の令息はニタァとした笑みを深めた。
「ほう! それはそれは……。では、ボクは婚約者としての務めを果たしてきましょう」
うきうきとした足取りでモグリッジ伯爵の令息は、西の大庭園がある城塞へと向かっていった。
それを見送ったジェラルドは役目が済んだ途端、その場にへたり込んだ。
+++
西の大庭園はガーデンパーティを行えるほどの広さがあり、イベントのない日であれば、貴族は自由に散策することが可能となっている。
庭園の北半分は、王族の敷地となっていて、許可のあるもの以外は結界に阻まれて入れない場所となっている。そのため、貴族であっても覗き見ることしかできない。
そんな西の大庭園の王族の敷地との境目に、チェルシーは立っていた。
と言っても、本人ではない。
グレンが生み出した幻影を立たせている。
万が一、モグリッジ伯爵の令息がチェルシーに触れることのないように……という配慮だけでない。
エレが好きなだけ暴れるためでもある。
幻影のチェルシーの周囲には護衛らしき人影はなく、うつむいている姿は悲し気に見える。
そこへ、モグリッジ伯爵の令息は体を揺らしながら近づいた。
「ああ、婚約者のチェルシー! 悲しそうな顔をしてどうしたんだい!」
モグリッジ伯爵の令息の声は大きく、まばらだが西の大庭園を散策していた数人の貴族の耳にも入ったようだ。
ちらちらと視線を向けている。
「君は研究所でとても苦労したんだね。追い出されたんだろう? ボクはキミのことなら何でも知っているよ」
幻影のチェルシーは何も言わず、一歩後ずさる。
「さあ、すぐにぼくのお嫁さんになるんだ。そうすれば自由に生きられる。こっちへ来るんだ!」
モグリッジ伯爵の令息はニタァとした笑みを浮かべながらそう叫んだ。
しかし、幻影のチェルシーは首を横に振って、また一歩後ずさった。
「どうしてだい? キミはボクの婚約者だろう? 研究員でなくなったのなら、すぐに結婚しても問題ないだろう?」
モグリッジ伯爵の令息はそう言うとポケットからムチを取り出した。
それを見た瞬間、幻影のチェルシーはモグリッジ伯爵の令息を睨みつけた。
幻影を生み出したグレンの感情がそのまま反映されたのだろう。
チェルシーはユーチャリス男爵家にいたころ、いわれのない理由でさんざんムチ打ちを受けていた。
やっと笑えるようになったチェルシーに、過去の嫌な記憶を思い出させるようなものは見せたくない。
幻影に対処させることにしてよかったと、グレンは心の底から思った。
「言うことをきかない子にはおしおきが待ってるんだよ。早く来ないとどれだけひどい目に遭うのかな?」
モグリッジ伯爵の令息は、その場で地面を何度もムチで打ちつけ脅しをかけていく。
幻影のチェルシーは何度も首を横に振って、また一歩後ずさる。
そこはすでに王族の敷地の内側……許可のあるものしか入ることのできない結界の中。
「なんて悪い子なんだ。それならば、こうしようか――【火魔法】」
モグリッジ伯爵の令息はそう言うと、左手に大きな火の玉を浮かべた。
「ボクはこれでも中級の【火魔法】が使えるんだよ。大丈夫。火傷したとしても、ボクが丁寧に削り取ってあげるからね」
そして、その火の玉をチェルシーの顔すれすれに向かって投げた……のだが、結界にぶつかり、べぃんという音がしてかき消えた。
「なんだ、これは!?」
モグリッジ伯爵の令息は、王族の敷地との境目にある結界について知らなかったようで、何度も何度も火の玉を投げ続けた。
「なぜ当たらぬのだあああ!」
頭に血が上ったせいで、モグリッジ伯爵の令息は自身が生み出せる最大の大きさの火の玉を生み出し、そして結界に向かって投げつけた。
モグリッジ伯爵の令息が肩で息をしていると、周囲をグレンと騎士たちが囲った。
と言っても、半径三メートルほど距離がある位置だ。
「モグリッジ伯爵の令息、ブライアン。王族が住まう敷地に向かって攻撃魔法を使った罪で拘束する」
「何を言っている! ボクは研究員を辞めた婚約者のチェルシーを捕まえようとしただけだ!」
グレンの言葉を無視して、モグリッジ伯爵の令息は、幻影のチェルシーが立つ王族が住まう敷地側へ走っていった。
見えない結界にぶつかり、勢いよく跳ね返る。
「な……!?」
「チェルシーはお前の婚約者ではないし、彼女は研究員を辞めてなどいない。ついでにあれはチェルシーではない」
グレンがそう言うと幻影のチェルシーは溶けて消えた。
それと同時にふわりと風が吹き、精霊姿のエレが現れた。
表情はもはやブチ切れを通り越して、無だ……。
モグリッジ伯爵の令息は、チェルシーがサージェント辺境伯領から王立研究所へ戻るまでの道中に、何度も精霊姿のエレを目にしている。
「おまえは……!」
「我が主を愚弄し続けた罪、この国の法で処罰されても納得できぬ!」
エレはそう叫ぶと片手を上げ、無言で何度も雷撃を落とした。
その雷撃は直撃しても死なない程度に調整されており、痛みだけは感じるという……。
「ぎゃああああああああ……!!」
モグリッジ伯爵の令息は、エレの気の済むまで雷撃を落とされ続けた。
こうして、今回の事件は決着を迎えた。
ジェラルドは捕縛協力の結果、減刑となり処刑は免れた。
だが、魔の森との境にある砦に魔法士として送り込まれることになった。
研究者向きの者が魔法士としての訓練もせずに前線へと送り込まれるのは、相当神経をすり減らすのだろう。
数年後、ジェラルドの名はこの世から消えることとなる。
モグリッジ伯爵家は、背後に誘拐をメインとした奴隷組織を抱えていたため、令息を捕縛したことから芋づる式で調査の手が伸びた。
誘拐された者の大半は奴隷となり、他国や一部の貴族の手に渡っていたが、すべての幼女は令息の手によってなぶり殺されていたようだ。
結果として、モグリッジ伯爵家は爵位はく奪、当主も令息も親戚一同、甘い汁を吸っていた者たちはみな処刑された。
お読みいただきありがとうございます。
評価★を入れていただけると励みになります!
感想ですが、すべて目を通しております。
本当にありがとうございます。
次回エピローグとなります。