13.ジェラルドの自滅
ジェラルドはチェルシーが生み出したかぼちゃの種を奪うとすぐに自分の研究室へと戻った。
研究室の机の上には事前に用意しておいた小瓶がある。
その小瓶に奪い取った種を入れてフタをすると、誰もいないのに周囲を確認した。
窓から見える精霊樹がキラキラと輝いている。
「……引き出しに入れておけば、バレないだろ……」
ひとりごとをつぶやきながら、かぼちゃの種が入った小瓶を引き出しの奥へと突っ込む。
次にポケットからジェラルドの拳より一回り小さくて茶色い種を取り出した。
「……このアマ草の種を植えれば……!」
もしかしたら、ひとりごとをつぶやく癖があるのかもしれない。
ジェラルドは種を握りしめながらニヤッと笑った。
アマ草はドクフラシという魔物の好物であるため、芽が出れば魔物を呼び寄せる可能性がある。
そのままジェラルドは研究室の建物の外へと出た。
外に出れば、精霊樹がはっきりと見えた。
「この辺でいいだろ……」
またもひとりごとをつぶやきながら、地面にアマ草の種を置き、テキトーに土をかけると、ジェラルドは研究室へと戻っていった。
ジェラルドは知らないようだが……王立研究員が自由に使用できるのは王立研究所の建物内だけで、建物の外……かぼちゃの種とすり替えたアマ草の種を植えた場所は範囲外だ。
研究所の建物の外は城塞内の一部である。つまりそこは王のものという扱いであり、個人で利用する場合は、許可が必要……。
つまり、すでにそれ相応の処罰が決まった瞬間だったりする。
精霊樹がキラッと輝き、子猫姿のエレが現れた。
そして、ジェラルドがテキトーに植えた種の前に座った。
アマ草は、発芽するのに大量の水が必要なのだが、ジェラルドにその知識はなく、水を一切撒かなかった。
そのため、芽が出ることはない。
『チェルシーが生み出した種の隠し場所は引き出しの中か……。すり替えた種はこの状態では芽が出ないが、我が監視しておいてやろう……』
子猫姿のエレはそうつぶやくとその場であくびをして、丸まった。
+++
翌日、王弟であるグレンが王都に戻ったというウワサが流れた。
グレンに関するウワサを流しているのは、王妃だったりする。
つまり、ジェラルドとモグリッジ伯爵の令息を捕まえるのは、国の上層部にとって有益だということだ。
本来であれば、チェルシーとお茶会をしているはずの午前中、グレンは護衛騎士を引き連れて、ジェラルドの研究室を訪れていた。
突然の来訪にジェラルドは驚き、固まっている。
「こうやって突然、来られると驚くだろう? 相手を驚かせたくないのであれば、事前に通達すべきだ。……なんてことすら、お前は理解できていなかったな」
グレンはそう言いながら、ジェラルドの研究室内をぐるりと見渡した。
ジェラルドはグレンの様子に冷や汗をかき、ついチラッと引き出しの方を向いた。
事前に隠密からチェルシーが生み出した種の隠し場所を聞いていたが、グレンは知らないふりを通す。
「さて、チェルシーが生み出した種はどこへやったんだ?」
植えたとは問わない。
ジェラルドは緊張した面持ちのまま、研究所の建物の外へと案内した。
「こちらに植えました!」
そこには盛り上がった土の山があり、すぐそばに子猫姿のエレが座っていた。
『この状態では芽が出ないが、一応、見張っておいたぞ』
子猫姿のエレはそう言うとしれっと開けっ放しの研究室の扉から中へと入っていった。
そして、ジェラルドの机の引き出しをガサゴソとあさっている。
そんなエレの様子にジェラルドは気づかない。
「これはお前が植えたんだな?」
グレンは土が盛り上がっている場所を指した。
「そ、そうです! チェルシー様が生み出したドクフラシの好物のアマ草です!」
グレンはジェラルドの言葉を聞きながら、【鑑定】スキルを発動させる。
鑑定結果は、アマ草の種。芽が出ていないので、種という表示だった。
「確かにアマ草の種のようだな。これはジェラルド、お前が植えたので間違いないな?」
グレンが再度、そう問えばジェラルドは強く頷いた。
「間違いありません! チェルシー様が生み出したアマ草の種をここに植えました!」
はっきりとしたジェラルドの言葉に、グレンは盛大にため息をつくと片手を軽く上げた。
「捕縛せよ! 王に対する反逆の意ありとして、牢につなぐように!」
「は、反逆……? 何の話ですか!?」
ジェラルドは驚いている間に騎士たちによって捕縛され、魔力封じの腕輪を着けられた。
「王立研究所の建物の外は、王の所有地だ。植物を植えることや物を置くこと、建物の建設には許可が必要だ」
「勝手に植物を植えただけで反逆とは、言いがかりにも程があります!」
ジェラルドは自分に反逆の意思はなく、悪いことをしているという意識も皆無なため、さらに叫んだ。
たしかにふつうの無害な植物を植えた程度であれば、始末書を提出するか後日許可を取るかで済む話だ。
だがジェラルドが植えたのは魔物を呼び寄せるアマ草の種だ。
「王の所有地に魔物を呼び寄せる種を植えたとなれば、王を弑逆しようと企んだと考えられても仕方がないだろう」
「こ、これはチェルシー様が生み出した種が本物かどうか確認するためのものであって、反逆や弑逆の意思はありません!」
ジェラルドの言葉を聞き、グレンはまたも盛大にため息をついた。
そこへ、子猫姿のエレがチェルシーが生み出した種の入った小瓶をくわえて戻ってきた。
グレンはその小瓶を受け取り、中身を鑑定する。
「そもそもここに植えてある種はチェルシーが生み出したものではない。この小瓶の中身こそが本物だ」
ジェラルドは目を見開いたまま、何も言えずにいる。
「チェルシーのスキルは願ったとおりの種を生み出すというものだ。この種を生み出すとき、チェルシーは『無害な』種を生み出すと願っただろう?」
グレンは小瓶を揺らしてジェラルドに見せつけながら言った。
「この小瓶の中の種は、『無害な』かぼちゃの種という名前だそうだ。この変わった名前こそがチェルシーが生み出した種という証拠だよ」
ジェラルドは口をへの字にしたあと、下を向いた。
「さて、詳しい話は尋問室で聞くとしようか」
グレンの言葉を聞いた騎士たちは、捕縛したジェラルドを連れて移動していった。
証拠物として、アマ草の種は掘り返され厳重に保管されることになった。
「いろいろな策を考えていたけど、まさか自滅するルートをとるとはな……」
グレンは大きくため息をついた。
『あやつは自滅の道を辿っておったので放っておいたが、もう一人のほうはただでは済まさぬ!』
「証言が取れる程度になら、いくらでもどうぞ」
エレの言葉にグレンはニッコリと微笑んだ。
しかしその目は笑ってなどいなかった。
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