09.魔物について
翌日の午前中、わたしはグレン様と一緒に魔力量を増やすためのお茶会をしていた。
「そうだ。今日は魔物について説明するね」
グレン様はそういうと魔物について教えてくれた。
どうやら、魔物というのは別の世界の生き物で、魔力が淀んだ場所から現れるらしい。
前にエレが精霊たちは精霊界という別の世界で暮らしていると言っていたので、魔物が住む世界があっても別におかしくはない。
「魔物は現れた場所の魔力を食べて成長して、それがなくなったときに人里に下りてくるんだ」
「どうして人の前に現れるんですか?」
わたしが首を傾げると、グレン様は自分のお腹のあたりを指差し、複雑そうな表情をした。
「人は体内に魔力を貯めることができる魔力壺があるよね。魔物からしたら、俺たちは魔力が詰まった果実に見えるってわけ」
「だから襲ってくるんですね……」
グレン様はうんうんと頷いた。
「でも、魔力はどんな場所にも……空気にも水にも土にもあると聞きました。魔力を食べるというのなら、それらを食べればいいのではないでしょうか?」
わたしがそう質問すると、グレン様は何度も瞬きを繰り返して驚いていた。
「チェルシーの着眼点は研究員として正しいよ。まだ解明されてはいないんだけど、どうやら、魔物にも好みの味があるらしいんだ」
ドクフラシはアマ草が大好きで、護衛の騎士たちに攻撃されても一心不乱で食べていた。
植物にも魔力が含まれている。
好みの味がして魔力も含まれている食べ物があればそっちを選ぶ。
まるで、栄養たっぷりの野菜よりも、大好きなお菓子を選ぶ子どもみたい……。
そんなことを考えていたら、突然、研究室の扉が開いた。
現れたのは筒状の大きな紙を抱えたジェラルド様。
勢いよく中へ入ろうとしたところ、すぐに扉の前にいた護衛の騎士たちが研究室に入れぬよう立ちはだかった。
「ちょっと、通してください! 大事な話があるんです!」
ジェラルド様は護衛の騎士たちの間をすり抜けようとしたけど、さっと槍が交差されて通れなかった。
護衛の騎士たちはジェラルド様に向かって、首を横に振っている。
「通してくれないのはわかりました! でも、この設計図は見てください!」
ジェラルド様はそういうと一歩後ろに下がり、筒状にしていた紙を広げて、わたしのほうへと見せてきた。
……護衛の騎士たちがいるから、まったく見えない。
「一晩考えたんですけど、これならありとあらゆる魔物をおびき寄せる種になります!」
昨日のグレン様とトリス様の会話で、あらゆる魔物をおびき寄せる種はキケンだと理解していた。
なので、すぐに視線をグレン様へと戻した。
グレン様はわたしをじっと見つめたままで、ジェラルド様のほうを見ようともしない。
見なくてもいいのかな?
わたしが首を傾げていると、グレン様が苦笑いを浮かべた。
「チェルシーとこうやって午前中にお茶会をして、魔力量と知識量を増やすことは、国王陛下の許可を得て行っていることなんだ」
「そうだったんですか」
「だから、他の誰にも邪魔はできないんだよ」
グレン様はいつもどおり微笑んでいるようだけど、目が笑っていなかった。
ジェラルド様は、グレン様の声が聞こえたようで目を見開いて驚いていた。
そして、大きな紙を引きずりながら、無言のまま扉も閉めずにどこかへ行った。
護衛の騎士が扉を閉めると同時に、グレン様が大きなため息をついた。
「彼は共同研究の前に、常識を学んだほうがいいね。相手の都合を確認することや会う約束を取り付けること、それから入退室の挨拶……あげたらキリがない」
そういえば、昨日も退室時に挨拶をしていなかったかも……。
+++
その日の午後、ジェラルド様はもう一度研究室へとやってきた。
もちろん、ノックもなしに無言で扉を開けて……。
護衛の騎士たちは午前中と同じように、槍を交差させて、通れないようにした。
「午後の研究の時間なら、訪れてもいいと所長から許可を取ってきました!」
ジェラルド様はそういうと、小さな紙きれを護衛の騎士たちに見せていた。
トリス様は普段とは違って、とても嫌そうな表情でジェラルド様を見ている。
グレン様はといえば……午前中に見た、笑顔なのに目が笑っていないという恐ろしい表情……。
わたしはどうしていいかわからずにぎゅっと手に力を入れた。
「本物のようです」
護衛の騎士の片方がわたしたちのそばまでやってくるとそう言った。
「俺が対応してくるから、大丈夫だよ」
ソファーに座っていたグレン様は立ち上がると、扉近くまで歩いていった。
そして、ジェラルド様を部屋に入らせると、扉を閉めた。
「知ってるかもしれないけど、俺は王弟のグレンアーノルドだ」
グレン様がそういうとジェラルド様は目を見開いて驚いていた。
王弟だって知らなかったのかもしれない。
「チェルシーのスキルに関しては、俺も興味を持っていてね……見学させてもらってるんだ。お前はチェルシーに何をさせたいんだ?」
こちらからグレン様の表情は見えないけど、ジェラルド様が引きつった笑みを浮かべているのは見える。
もしかしたら、あの目が笑っていない笑顔というのを向けられているのかもしれない。
「……共同研究です。以前にも話しましたが、不特定多数の魔物をおびき寄せることができれば、万全の準備をした騎士や魔法士たちによって魔物を倒すことが可能なんです。いつ魔物が来るか怯えながら暮らすのではなく、率先して倒していきたいんです。そのためには、魔物をおびき寄せる種が必要なんです!」
ジェラルド様は戸惑いがちに話したかと思うとどんどん饒舌になっていった。
そして、午前中に見せた、大きな紙を広げて、グレン様へと見せている。
グレン様はそれをじっと見つめたあと、ため息をついた。
「この設計図では、種を生み出すことはできない。芽は双葉なのか、つる草なのか真っ直ぐ伸びるのか、葉の大きさや背丈、花の形など、植物としての要素が足りなさすぎる。チェルシーのスキルが何なのかわかった上でここへ来ているのだろう?」
こっそりとジェラルド様が広げている紙を覗いてみたら、種しか描かれていなかった。
「次におびき寄せる魔物の名前が書かれているが、一匹に対して騎士団員十名は必要な魔物ばかりだ。万が一、これらの魔物が一度に現れた場合はどう対応するつもりだ?」
「そ、それは、騎士団と魔法士団、全員の力を合わせれば……」
「騎士団と魔法士団、全員の力と言ったが、それは王都から離れた地へ全員移動させるということだな? 王都の守りを割いてまで魔物の討伐を行うということか?」
「いや、その……」
「まさか、国王陛下がおられる王都のそばで危険な魔物をおびき寄せる……などと考えているわけではないな?」
「……」
ジェラルド様は口をぐっと引き結んだまま、しゅるしゅるという音とともに紙を筒状に戻し、無言で部屋を出て行った。
新年明けましたね
旧年中は本作品を読んでくださり、ありがとうございました
今年も『にどかえ』だけでなく、いろいろ挑戦していきたいと思っています
どうぞ、よろしくお願いします