07.少年とおじさん
王立研究所の一室で周囲の物に当たり散らしている少年がいた。
彼の名前はジェラルド。十六歳、チェルシーの四歳上でグレンの二歳下だ。
王立研究所内では、実際の身分よりもスキルの良し悪しで判断される。
ジェラルドは、最上級の【水魔法】を有しているため、他の研究員たちに対して優越感を抱いていた。
時折、態度にも出ていたようで、他の研究員たちは苦笑いを浮かべていたが、特に何も言わなかった。
そんなジェラルドは昨年、魔物以外は傷つけないという魔法を編み出した。
森の中で使うと魔物だけを傷つけ、周囲の木々に被害が出ない。
これは【水魔法】だからこそできるものだった。
研究員たちは、当時十五歳の成人前の子どもが思いつく内容としては素晴らしいものだったので、ジェラルドを褒めた。
ジェラルドはそこで、大きな勘違いをしてしまった。
自分は他の研究員とは違う特別な存在だと。
特別研究員になれるのだと。
その発見後、ジェラルドは次々に魔法を編み出したのだが……残虐なものが多かった。
素材が採れなくなるほど魔物を穴だらけにする、魔物の内部が爆発して周囲を血の海にするなど、十五歳の成人前の子どもが思いつく内容としては、狂気を感じるものばかりだった。
それによって、他の研究員たちはだんだんと離れていった。
自分は特別な存在だから、他の研究員たちはついていけなくなったのだ。
いつか自分が特別研究員になったときに、見返してやればいい。
ジェラルドはそう考えながら、新たな魔法を研究していた。
それから一年が経ち、ジェラルドが十六歳になってしばらく経ったころ、新種のスキルに目覚めた者であるチェルシーが研究所へやってきた。
どういったスキルなのかは公にされていなかったが、あっという間にチェルシーは特別研究員になった。
ジェラルドは驚くよりも先に怒った。
さまざまな魔法を編み出すことで自分がなるはずだった特別研究員の座を、突然現れたチェルシーに持っていかれるなど許せなかった。
しかも、ウワサによれば、チェルシーは王弟であり最上級の【鑑定】スキル持ちであるグレンや、三種のスキルを持つトリスターノと仲を深めているらしい。
もしかしたら、コネで特別研究員になったのではないか?
そんな考えが浮かび、さらに怒り、嫉妬した。
しばらくの間、ジェラルドは嫉妬という感情を持て余し、制御できないでいた。
訓練場でド派手な魔法を使ったり、研究室では物に当たり散らしていた。
それは他の研究員だけでなく、食堂で働く者や研究所へ出入りしている商人たちにも知られていたのだが、十六歳という若さゆえ、きっと十年もすればこのころの行動は黒歴史だったなどと考えるだろうと、誰もが思い、温かく見守っていた。
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ある日、ジェラルドは研究の材料を求めて街へと向かった。
何か使えそうなものはないかと市場をウロウロしていると、見知らぬ男から声を掛けられた。
「これはこれは超有能と名高きジェラルド様ではありませんか」
派手な服にジャラジャラとした宝石をつけた商人風の茶髪の太った男……モグリッジ次期伯爵は、ジェラルドの顔を見るとにっこりと笑った。
「……何の用だ」
ジェラルドは、『超有能』という言葉で声を掛けられたため、足を止めた。
「とても良い情報がございまして……」
モグリッジ次期伯爵は揉み手をしながら、声を潜めた。
「研究員のチェルシー様のスキルがどういったものか、知りたくはありませんか?」
ジェラルドはモグリッジ次期伯爵の言葉を聞いた途端、目を見開いた。
チェルシーのスキルは、公にされていない。
危険をはらんでいるためだったが、それすらもジェラルドは知らない。
それをこの男は知っていると言うのだから、ジェラルドが驚くのは当たり前だった。
実は……モグリッジ次期伯爵は、王立研究所に出入りしている商人から、利用できそうな人物を捜していた。
王立研究所にいる限り、モグリッジ次期伯爵はチェルシーに手を出すことはできない。
チェルシー自らが王立研究所を出ることはないだろう。
であれば、内側から追い出すように仕向けるほかない。
そう仕向けるのにうってつけの人物がジェラルドだったというわけだ。
ジェラルドとモグリッジ次期伯爵は人気のない路地裏へと入ると、こそこそと話し始めた。
「チェルシー様のスキルは、『願った種を生み出す』というものでございます」
モグリッジ次期伯爵はにっこりと笑みを浮かべている。
想像もつかないスキルだったので、ジェラルドは疑った。
そもそもな話、商人風の男が特別研究員のスキルを知っているのはおかしい。
「そんなことを教えて、お前に何の利があるんだ?」
「チェルシー様はボクの婚約者なのでございます……」
モグリッジ次期伯爵はさきほどとは違って、恍惚とした表情を浮かべていた。
ジェラルドはそんな男の様子を見て、顔を引きつらせた。
研究所のホールで見かけたチェルシーは十二歳とは思えないほど幼い容姿をしていた。
そんな子どもに対して、恍惚とした表情……欲情している姿は、正直見ていてキツイものがある……。
「早く研究所を辞めて、ボクのもとへ戻ってきてほしいのでございます」
モグリッジ次期伯爵は恍惚とした表情のままそうつぶやいた。
婚約者であれば、チェルシーのスキルがどういったものなのか知っていてもおかしくはない。
願った種を生み出すスキルというのは本当のことなのだろう。
婚約者を返してほしいがために、研究所を辞めさせたいと考えているモグリッジ次期伯爵。
特別研究員の座から引きずり下ろし、あわよくば研究所から追い出したいと考えていたジェラルド。
考えが一致してしまったため、ジェラルドはモグリッジ次期伯爵を疑うのをやめた。
「つまり、研究所を追い出せということか……」
モグリッジ次期伯爵は力強く頷いた。
「そのために、愛しの婚約者のスキルをジェラルド様にお教えしたのでございます」
ジェラルドはしばらくの間、黙った。
チェルシーのスキルをどう使えば、研究所を追い出すことができるか……。
すぐにそれは閃いた。
周囲に迷惑をかける種を生み出させればいい……!
それは、チェルシーの心を傷つける方法でもあるが、婚約者である男は許すだろうか?
「心に傷を負ったまま研究所を離れる可能性もあるが、それでもかまわないか?」
不安に思ったジェラルドがそう尋ねると、モグリッジ次期伯爵はよだれを垂らしそうなほどの汚い笑みを浮かべた。
「だからこそいいのではありませんか。心の傷はボクが丁寧に癒せばいいのでございます……!」
ジェラルドはまたしても引きつった笑みを浮かべたが、婚約者の了承も得られたということで、実行に移すことにした。
……ちょっと考えれば、モグリッジ次期伯爵が嘘をついていることはわかるのだが、考えが一致してしまったため飛びついてしまった。
のちのち、ジェラルドは後悔の念に駆られるだろう。
ブクマ・評価ありがとうございます
※チェルシーに婚約者はいません