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二度と家には帰りません!~虐げられていたのに恩返ししろとかムリだから~【Web版】 作者:みりぐらむ

第三章

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03.次期伯爵様

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 薬となる種を生み出し終わるのとほぼ同時に、外から大きな音が聞こえてきた。

 窓から外の様子を伺うと、村の広場で護衛の騎士たちがドクフラシと戦っていた。

 ドクフラシは空と同じように灰色で、宿と同じくらいの大きさがある。

 それがぷかぷかと浮かびながら、一心不乱にアマ草を食べている。


 わたしが生み出した早く育つアマ草の種は、ものすごい勢いで育っているみたい。

 食べても食べてもなくならないのは、ちょっと不思議な感じ。


 そんなドクフラシに向かって、騎士たちが斬りかかっている。

 ドクフラシは悲鳴をあげてはいるんだけど、食べるのは止めない。

 騎士たちを完全に無視して、ずっとアマ草を食べ続けている。

 どれだけアマ草が好きなの!?


 騎士たちが何度も何度も斬りつけているうちに、だんだんとドクフラシが小さくなっていった。

 それと同時に雨も小雨に変わっていく。


 ドクフラシの大きさによって雨量が変わる……ということはなんとなく想像がついたけど、どうやって雨を降らせているのかはわからない。


 結局、ドクフラシは騎士たちに反撃することなく、アマ草を食べ続けて、泡のように消えた。


「ドクフラシってよくわからない魔物なんですね……」


 わたしがそうつぶやくと、ミカさんがどこからか魔物図鑑を取り出して、見せてくれた。


「えっと、『ドクフラシは自然発生するタイプの魔物で、捕食し終わると泡となって消える』……じゃあ、さっき消えたのは、騎士に倒されたんじゃなくて、アマ草を食べて満足したからってこと?」

「たぶん、そうなのよ~」


 ドクフラシが消えて雨が止むと、あちこちの家から人が出てきた。


「騎士様! ありがとうございます!」

「魔物がいたなんて知りませんでした! 本当に助かりました!」


 村の人たちはお礼を言い始めた。


「我々だけの力ではありません。研究員のチェルシー様がいらっしゃったからこそ、倒すことができたのです」


 隊長さんは村の人たちにそんなことを言っていた。


「じゃあ、チェルシー様も外へいきましょ!」


 ミカさんが種の入った袋をすべてどこかにしまうと、一緒に宿の外へ出た。


 わたしが広場へ向かうと、騎士たちが姿勢を正した。

 隊長さんがわたしの元までやってきて、村の人たちに向かって叫んだ。


「こちらが研究員のチェルシー様だ! 魔物を誘い出す植物を用意してくださった!」


 わたしは村の人たちに向かって軽く頷いた。


「さらに湿疹で倒れた者たちのために、薬を用意してくださったのよ~! すりつぶして塗れば、たちまち治るのよ~!」


 今度はミカさんがそういって、種の入った袋を村長さんらしき人に手渡していた。


「ありがとうございます!」


 村長さんらしき人はお礼を言うと村の人たちに種を分け始めた。


「多めに用意してありますので、倒れていなくても、少しでも湿疹が出た人には配ってください」


 そういうと、村の人たちはわたしに向かって手を合わせて拝み始めた。



+++



 薬が行き渡り、崩落しかかっていた橋の補強が終わったのは三日後のことだった。


「ようやく出発できそうです」


 隊長さんは朝ごはんを食べたあとそう言った。


 出発の準備をして宿を出ると、遠くから豪華な馬車がやってきた。

 馬車に紋章が入っているのでどこかの貴族のものだとわかる。


「あれは……ここの領主であるモグリッジ伯爵家のものです」


 近くに立っていた騎士がそう教えてくれた。

 騎士たちはみんな険しそうな表情をしている。


 豪華な馬車は宿の近くに止まると、中から人が降りてきた。

 すごく派手な服を着た茶色い髪の太ったおじさんで、顔がテカテカしていている……。


「村を救った研究員はどこだ?」


 太ったおじさんは、出発しようとしていたわたしたちを見つめながらそう言った。


「村を救った研究員には褒美を取らす。領主館へ来るように!」


 命令口調なのが怖くて、そばにいたミカさんの服をぎゅっと掴んだ。

 それと同時に太ったおじさんと目が合った。

 太ったおじさんは小さな目を見開くと、その直後ニタァとした笑みを浮かべた。

 背中がぞわっとして、なんだか寒気がする……。


「そこの娘! おまえはモグリッジ伯爵家の次期当主であるぼくのお眼鏡にかなった! ボクの妻になることを許そう! すぐにこちらへ来い!」


 太ったおじさん……モグリッジ次期伯爵様はニタァとした笑みのまま、ドシドシと音を立ててこちらへ歩いてくる。

 すると、さっと騎士たちがわたしとモグリッジ次期伯爵様との間に立った。


「なんだ、おまえたちは! たかが護衛の分際で、ボクの前に立ちはだかるとはいい度胸だ!」


 モグリッジ次期伯爵様は騎士たちの隙間から、わたしを覗こうと左右にぴょんぴょん飛び跳ねている。

 変な動きにしか見えなくて、笑いそう……!


「我々は急ぎ、王都へ戻らねばなりません。そう各領主に通達済でございます」

「わかった! 研究員は領主館に来なくてもいい。だが、その娘は置いていけ!」


 隊長さんの言葉に、モグリッジ次期伯爵様はそう答えた。

 これは、きちんと挨拶しないといけないみたい……。

 小さくため息をつくと、ミカさんに心配そうな顔をされた。

 わたしは目の前に立つ騎士の背中にそっと触れて、道を開けてもらった。


「お初にお目にかかります。王立研究所の研究員、チェルシーでございます」


 わたしはカーテシーを披露して、挨拶をした。

 これで、わたしが貴族の娘だということはわかるはず。

 モグリッジ次期伯爵様は一瞬、驚いた顔をしたけど、またニタァとした笑みを浮かべた。


「こんなお美しい方が研究員とは驚きました。先ほども申し上げましたとおり、ボクはモグリッジ伯爵家の次期当主でございます。ここで縁を結ばれたほうが何かと都合がよくなるやもしれませんよ?」


 わたしは意味がわからなくて、首を傾げた。

 モグリッジ次期伯爵様は片手でぽんと手のひらを打ち付けた。


「まだ若いから、言葉の裏がわからないのですな。研究員なんて碌な人生を歩めないのですよ! 先のことを考えれば、次期当主である僕の妻になるのが賢明な判断というものです」


 モグリッジ次期伯爵様は揉み手をしながら、騎士の間を歩こうとした途端、突然雷が落ちた。

 それに驚いて、次期伯爵様はしりもちをついている。


 すると手首にあるガラスのような精霊樹の腕輪がパッと光り、精霊姿のエレが現れた。


「こんなやつは放置して、すぐに出発しろ」


 精霊姿のエレの言葉に、騎士たちは大きく頷いた。

 すぐにわたしとミカさんは馬車に乗って、村を出発した。



 それからいくつかの街や村を通って、王都の研究所へと向かったんだけど……。

 ことあるごとにモグリッジ次期伯爵様が現れて大変だった。

 食事をしている席に現れたり、予約していた宿に先回りされていたり……。

 そのたびに、精霊姿のエレが雷を落とすんだけど、懲りない。


 毎回、わたしに結婚を迫ってくるのもやめてほしい。

 モグリッジ次期伯爵様は三十四歳独身だそうで、わたしを一生愛すとか道で叫んだりする。

 わたしは十二歳……二十二歳も離れている……。

 貴族同士ならそれくらいは普通だと言っているけど、そういう問題じゃない気がする……。


 耐えられないのはわたしだけじゃないみたいで、護衛の騎士たちは毎日、怒りの形相になっていた。

 ミカさんは次期伯爵様を見かけると無表情になる。


 そうやって言い寄られながら、なんとか王都の王立研究所へとついた。

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