エピローグ
サージェント辺境伯家の瘴気問題、ついでに魔王国の瘴気問題の一部が解決したので、わたしとグレン様は王都へ戻ることになった。
戻るための準備を進める中、帰りの行程について教えてもらった。
どうやら、行きとは違ってあちこちの町に立ち寄って歓迎を受けたり、領地を治める貴族たちの接待を受けないといけないらしい。
グレン様は王弟だし、わたしは国の特別研究員だから、避けられないそうだ。
行きは急いでいたから、全部お断りしてたんだって。
まったく知らなかった!
『空間跳躍を使えばいいものを』
子猫姿のエレがわたしの膝の上でそんなことをつぶやいた。
「本当はそうしたいんだけどね。この国で生きていくためにはしかたないんだ。せめて、チェルシーは体調を崩したといって参加しなくて済むようにしようか」
グレン様は苦笑いしながらそう言ってくれたけど、わたしは首を横に振った。
「いえ、特別研究員になったので、がんばります」
「そんなにがんばらなくてもいいんだよ」
グレン様はそう言いながら、わたしの頭を優しく撫でてくれた。
特別研究員になれるように取り計らってくれた人たちのためにも、ちゃんと役目は果たさないと!
わたしはそう覚悟を決めるとぐっと握りこぶしを作った。
そして、出発の前日……わたしは熱を出して寝込んでしまった。
ベッドの上で、氷の入った袋を額に載せられながら、お医者さんの言葉を聞いた。
「これは魔力熱と言いまして、体と魔力壺のバランスが崩れると出るものです。子どものうちはよくかかるものですから、しばらくゆっくり休めば治りますので」
魔力壺?
そういえば、前にグレン様から魔力について授業を受けたときに、教えてもらったっけ。
体の中には見えないけど、"魔力壺"という魔力をためておくことができる入れ物があるって。
もしかしたら、体の成長より魔力壺のほうが大きくなっちゃったのかもね。
そんなことを考えている間にサージェント辺境伯家お抱えのお医者さんは、頭を下げて部屋を出ていった。
ベッドのそばにあるイスには頭を抱えたままうつむいているグレン様がいる。
「俺の治癒でも治せないなんて……」
魔力熱はケガや病気とは違うらしく、グレン様の魔法も効かなかった。
「大丈夫です。すぐ治しますから」
そう言ったのに翌日どころか数日経ってもわたしの熱は下がらなかった。
微熱と高熱をいったりきたりする感じで、なかなかベッドから出られない。
「こんな状態では、馬車に乗せることはできない」
養父のジェイムズ様にはっきりと言われて、わたしは完治するまで屋敷にとどまることになり、グレン様だけ先に王都へ戻ってもらうことになった。
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魔王国からきた料理人のミカさんが作ってくれた『おかゆ』がとても体に合ったみたいで、みるみるうちに魔力熱は治った。
ところが、今度は入れ替わるように成長痛が起こって、なかなか動けない。
あまりにも痛くてほとんどベッドで寝たきり……といった生活が続いた。
そんな生活が二ヶ月くらい続いたある日、ようやくベッドからまともに出ることができたんだけど、なんだか違和感があった。
メイドたちは驚いて口を開けてパクパクさせている者までいる。
どうしたんだろう?
首を傾げたら、メイドの一人が大きな姿見を持ってきた。
わたしは不思議に思いながらも鏡に映る自分の姿を見た。
母そっくりと言われているピンクゴールド色の髪は、少し伸びたようで肩下くらいの長さになっている。
瞳の色はいつもと同じ紫色で、ほっぺたは昔よりはふっくらしたと思う。
他は変わっていないと思うんだけど……?
もう一度首を傾げたら、メイドの一人が代表して教えてくれた。
「チェルシー様の身長が前よりもかなり伸びていらっしゃるようでして……!」
そこでようやく、視線が少し高くなっていることに気がついた。
鏡の中のわたしをもう一度確認すると、ネグリジェの丈が短くなっていることがわかる。
「一気に伸びすぎ……じゃない?」
そういえば、成長阻害っていう状態異常にもなっていたけど、それが影響しているのかな。
でもそれなら、治してもらったときにすぐに成長しないとおかしいよね?
なんで急に伸びたんだろう?
わたしの疑問にメイドたちは困ったような顔をしていた。
するとちょうどそこへ食事の仕込みが終わって戻ってきたミカさんが入ってきた。
「おおっ! チェルシー様、バッチリ育ってるね~!」
ミカさんはとても機嫌良さそうに尻尾をフリフリさせている。
「でも急に育ちすぎじゃないですか?」
「そんなことないのよ〜! 魔力熱って、体と魔力壺のバランスが崩れるとなるのよ~。それを早く治すには体を成長させるのが一番なのよ〜。だからぁ、成長促進するような料理いっぱい出してたのよ~!」
「え!?」
まったくそんなことには気づかず毎日、ミカさんの食事を食べていた……。
気にかけてもらっているんだと気付いて嬉しくなった。
「チェルシー様にお伝えしなければ、ならないことがございます」
突然、メイドの一人がそう話し出した。
わたしはその場で姿勢を正すと、メイドたちは互いに目を合わせて何かを確認したのち言った。
「今までお召しになっていた服は丈が足りないものとなります。ですので、すべて新調することになります」
「え?」
わたしの驚きの声は、一斉に動き出したメイドたちによってかき消された。
それからサイズを計られたり、養母のアリエル様がやってきてどの色にするか、どのデザインにするか決めたり……。
服を作るだけで一ヶ月かかってしまった……。
そして……グレン様が王都へ戻ってから三ヶ月が経った今日、王都にある王立研究所へと向かうことになった。
久しぶりにグレン様やトリス様に会える!
マルクスお兄さまやステイシーお義姉さまにも会える!
きっと背が伸びたことに驚いてもらえるだろう。
楽しみだなぁ……!
そんなことを考えながら、屋敷を出発した。
これにて二章完結となります。
三章についてですが、きちんと構想を練って何話か書きためてから開始したいと思います。
今後もよろしくお願いします。