16.魔王国からの褒賞
夕方、マルクスお兄さまとステイシーお義姉さまが去るのとほぼ入れ違いでグレン様がやってきた。
「遅くなってごめんね。もう大丈夫だから、一緒に戻ろう」
そういって、グレン様はわたしの手を取り、王立研究所にある精霊樹へと向かった。
見たところ、ケガはないようだけれど……。
気になったので確認してみた。
「あの、グレン様にケガはありませんか?」
「俺にはなかったよ。心配してくれてありがとう」
グレン様はわたしの質問に一瞬驚いたような顔をしたけど、そのあとは普段よりも嬉しそうな表情で笑った。
サージェント辺境伯家の屋敷に戻るといつものように夕ご飯を食べて、いつものようにお風呂に入り、そしてベッドへと潜り込んだ。
誰も昼間にあったことを口に出さないし、態度にも出さないので、本当に誘拐犯を捕まえたという実感がわかなかった。
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それから数日後、魔王国から使者としてメーヴェルド様が大量の荷物と共にやってきた。
応接室には、グレン様と当主の代わりに先代当主のジェイク様、それからなぜかわたしも同席するよう言われた。
「先日は魔王国内にある邪教の拠点を教えていただき、ありがとうございました」
拠点ってなんのことだろう?
そう思って、グレン様のほうを向くと、にっこりと微笑んだ。
「邪教は魔王国内にいくつも拠点を置いて、そこから瘴気を発生させるための物資を運んでいたんだ」
「やつらは巧妙で、拠点と結びつかないような場所で瘴気を発生させていたので、なかなか捕まえることができなかったのです」
グレン様とメーヴェルド様がそう教えてくれた。
「今回はチェルシー様への褒賞をお持ちしました。こちらは目録でございます」
メーヴェルド様は目録をわたしへと渡してきた。
「チェルシー様の望み通りの品を用意したと自負しております」
わたしの望み……?
何のことかわからずに首を捻っていたら、グレン様が教えてくれた。
「前に褒賞がもらえるって話をしたとき、チェルシーは『もっと魔力量が増えたらいいなとか、背が伸びたらいいな』と言っていたから、魔王国にある美味しい食べ物を食べたいと伝えたんだ」
そういえば、そんな話をしたかもしれない。
わたしは目録を開いて、グレン様やジェイク様にも見えるようにテーブルに置いた。
メーヴェルド様は目録に載っている品をひとつずつ読み上げていく。
「ミソ、ショウユ、コメ、シイタケ、タケノコ……」
わたしとジェイク様は名前を聞いてもピンとこないものだったけど、グレン様は知っているものだったようで目をキラキラと輝かせて喜んでいた。
「料理方法については説明が難しいとのことで、料理人を連れてまいりました」
メーヴェルド様はそういうと、屋敷の庭に置かれている大量の荷物に視線を移した。
わたしもつられてそちらを見れば、荷物のそばに小柄な女性が立っていた。
そして、こちらに向かってぶんぶんと手を振っている。
「あの者を本日よりチェルシー様専属の料理人としてそばに置いていただければ幸いでございます。もし、お気に召さないようでしたら、そちらの料理人に魔王国の料理を教えたのちに送り返していただいてかまいません」
メーヴェルド様はにこやかな笑みを浮かべながらそんなことを言い、外にいる料理人にこちらへ来るよう手招きした。
突然のことで驚いていると、グレン様とジェイク様がメーヴェルド様にあれこれと質問をぶつけだした。
「あの料理人が裏切って毒を盛る可能性はないのか?」
「あの者は料理に対して自負がございますのでそのようなことはないと思っております。ですが、万が一に備えて、状態異常耐性付きのネックレスをご用意いたしております」
「料理の腕は確かなのか?」
「はい。あの者は魔王国で行われている料理王決定戦にて十度も優勝しており、国宝級の料理人と言われております。腕に間違いはございません」
二人の質問にメーヴェルド様が答えたところへ、料理人が応接室までやってきた。
「失礼しまぁす。料理人のミカなのよ~」
小柄だけど、背筋をピシッと伸ばした料理人の女性ミカさんには大きな狐のような耳とふわふわとした太い尻尾がついていた。
「国宝級と言われるだけの実力があるみたいだよ」
そんなミカさんの姿を見て、グレン様がぼそりとつぶやいた。
もしかしたら、ミカさんを鑑定したのかもしれない。
スキップしながら入ってきたミカさんは、すぐにわたしの真横で跪いて、ニコッと笑った。
「これから美味しいご飯やお菓子を作りまぁす! よろしくなのよ~!」
「よ、よろしくお願いします」
わたしはミカさんの勢いに飲まれて、そう答えていた。
ミカさんの背後でぶんぶん揺れている尻尾が気になってしかたない……!
「ああ、そうだぁ! これを渡しておかなきゃなのよ~! 状態異常耐性のネックレスだからぁ、肌身離さずつけてくださぁい」
ミカさんはどこからかネックレスの入った箱を取り出して、パカッと蓋を開けた。
ネックレスは虹色の宝石がついたもので、つなぎ目がなかった。
「ちょっと待ってね。確認するから」
それを取ろうとしたところ、グレン様に止められた。
グレン様はミカさんからネックレスの入った箱を受け取り、じっと確認し始めた。
問題がないか鑑定して確認するのは大事なこと。
特に今回は魔王国からきたものだから、疑ってかかるくらいがちょうどいいのかもしれない。
しばらくすると、グレン様はうんうんと頷いてネックレスの入った箱を渡してきた。
「そのネックレスの効果は国宝級だから料理人のいうように、肌身離さず寝るときやお風呂のときでもつけたままにしておくといいよ」
わたしはグレン様の言葉に頷くと、箱からネックレスを取り出して、頭をとおして首にかけた。
腕輪や指輪のときのように、またしてもシュルンッという音がして、頭をとおせないくらいの長さへと変わった。
「とっても似合ってるよ!」
「ありがとうございます。大事にします」
わたしはミカさんとメーヴェルド様に何度も頭を下げて、お礼を言った。
ミカさんは両手を合わせて喜んでいたし、メーヴェルド様もホッとした表情を浮かべていた。
左手の人差し指には、防御の魔法が発動する指輪型の魔道具。
左手首には、精霊樹の枝で出来たお守りの腕輪。
首には、状態異常耐性の効果がついたネックレス。
わたしはみんなから守られているんだね。
それに気がついて、自然と笑みが浮かんだ。