15.王立研究所では……
チェルシーが王立研究所へ移動した直後からの話です。
――少し時間をさかのぼって――
わたしは今、王立研究所の宿舎にある自分の部屋にいる。
今日、わたしは邪教に誘拐されることになっている。
それを避けるために、サージェント辺境伯領にある精霊樹から空間跳躍を使って、王都の城壁の内側にある王立研究所までやってきた。
部屋に着くと、ジーナとマーサにサージェント辺境伯家の屋敷ではどういった生活をしていたかを聞かれた。
母が使っていた花柄いっぱいのかわいらしい部屋を与えてもらい、おいしい食事をいただいて、しっかり睡眠をとる生活をしていると話すと二人はほっとした表情になった。
もしかしたら、養女となったことで虐げられているのではないか? と思ったのかもしれない。
しばらくそうやって、ジーナやマーサと話をしていたんだけど、なんだか急にじっとしていられなくなった。
どうしていいかわからずに部屋の中をウロウロと歩いていたら、いつの間にか子猫の姿へと戻っていたエレに注意されてしまった。
『少しは落ち着いたらどうだ』
子猫姿のエレはソファーの上でくつろいでいる。
もしかしたら、子猫姿のエレを撫でていれば落ち着くかもしれないと思い、隣へと座った。
ゆっくりと子猫姿のエレを撫でていたけど、頭の中はグレン様のことばかり思い浮かぶ。
グレン様はわたしの幻を乗せた馬車を追いかけているのかな。
それとももう、誘拐犯である邪教の人と戦っているのかな。
もしかして、捕まえようとしてケガをしていたり?
どうしよう? ケガしたときのために薬草の種を生み出す?
なんてことを考えていたら、ノックの音がした。
やってきたのは第二騎士団の副長でサージェント辺境伯家次男のマルクス様だった。
中に入るよう勧めると、マルクス様の背後からひょこっともう一人女の人が現れた。
女の人はわたしの前で立ち膝になるとにっこり微笑んだ。
「初めまして! 私は第二騎士団副長マルクス様の補佐官ステイシーよ」
目線を合わせて挨拶をしてくれたステイシー様は、濃い緑色の髪に茶色くて大きな瞳をしていた。
「初めまして、チェルシーと申します」
わたしはその場でぺこりと頭を下げる。
すぐに二人をソファーへと案内して、ローテーブルを挟んで座る。
「ステイシーは俺の婚約者でもあるんだ」
マルクス様はいつもと同じようにニカッとした笑みを浮かべるとそう言った。
城壁の内側を案内してもらったときは、もっとキリッとした口調で「私」って言ってた気がする。
きっと、わたしがサージェント辺境伯家の養女に、マルクス様の妹になったので、砕けた口調で話してくれるようになったのかもしれない。
それよりも、ステイシー様がマルクス様の婚約者ということなんだけど……。
マルクス様はわたしの兄なので、その婚約者ということは未来の義姉ということかな。
わたしはマルクス様とステイシー様の顔を交互に見たあと、こう答えた。
「では、ステイシー様のことはお義姉さまと呼んだほうがよいでしょうか?」
「こんなかわいい子から、お義姉さまって呼ばれるなんて……嬉しすぎる!」
わたしの答えを聞いた途端、ステイシーお義姉さまの顔がみるみるうちに嬉しそうな顔へと変わっていった。
それとは反対にマルクス様は何やら、眉間にしわを寄せて……拗ねているような感じへ変わった。
「ステイシーを義姉と呼ぶなら、俺のこともその……お、お兄さまって呼んでくれよ……」
なんだかマルクス様にしては珍しく弱々しい声でそう言った。
途中から両手を組み、わたしに対して祈るような格好までしている。
「わかりました。今日からはマルクスお兄さまと呼びますね」
わたしがそういうと、マルクス様はガバッと顔を上げて、嬉しそうにニカッと笑った。
それからしばらくの間は他愛もない話をして、そのまま一緒にお昼ご飯を食べることになった。
わたしの部屋にあるダイニングテーブルの上に三人分の食事が並ぶ。
「前よりは食べられるようになったか?」
マルクスお兄さまはわたしの食事を見てそう聞いてきた。
「はい。辺境伯家のお屋敷で鍛えられていますから」
「あ~……実家はたくさん料理が並ぶからな」
わたしの答えにマルクスお兄さまが苦笑いを浮かべた。
辺境伯家の屋敷では、屋敷で働く者たちと一緒に食事をする日がある。
その日は、食堂ではなくダンスホールに大皿料理をたくさん並べて各自自由に取り分けて食べる。
いろいろな食事が並ぶので、少しずつ取り分けて食べても途中でお腹がいっぱいになってしまう。
いつか全種類食べてやる! と意気込んでいたのもあってか、少しずつ食べられる量が増えたのだ。
「まあ、ムリはするなよ」
マルクスお兄さまはそういうとニカッと笑った。
お昼を食べ終わっても、マルクスお兄さまとステイシーお義姉さまは一緒にいてくれた。
たぶん、わたしが不安にならないようにという配慮なんだと思う。
そのことに途中で気がついてから、二人のために何か役立つ種は生み出せないかな? と考え始めた。
「マルクスお兄さまとステイシーお義姉さまも、わたしのスキルがどんなものか、ご存知ですか?」
一人で考えていても思いつかないので、二人に聞いてみることにした。
「ああ、願ったとおりの種を生み出すスキルだろ?」
「毒のない薬草の種を生み出せるって聞いたわ」
二人の答えを聞いて、わたしはコクリと頷いた。
「今日、一緒にいてくださったお礼に、何か種を生み出したいと思っているんです。好きな花とかこういう種があったらいいな、とかありませんか?」
わたしの質問に、二人は互いに顔を見合わせたあと、う~んと唸りだした。
「たとえばなんですけど、植えるとすぐに芽が出て、フォークやスプーンになる種とか……」
この間、エレと一緒に考えた生活に役立ちそうな種を例として言ってみたところ、マルクスお兄さまの目がカッと見開かれた。
「それいいな! たとえば、魔物討伐で遠征するときに持っていけば、荷物を減らすことができる」
「そうね。カトラリーだけでなく、お皿やコップが出てきてもいいわね」
「テーブルやイスもいけるか? あ、テントや寝袋もできるんじゃないか?」
二人は途中から、第二騎士団の副長と補佐官としてあれやこれやと意見を出し始めた。
わたしとエレとで考えたものよりも変わったものがたくさん出てきて、驚いた。
結局二人は、コレ! というものに絞れなくて、花の種を贈ることになった。