11.あやしいメイド
翌日、わたしは子猫姿のエレと一緒に庭にいた。
庭ではフェリクス様が剣の稽古をしている。
威勢のいい掛け声で剣を振るうと相手をしている先生が軽く薙ぎ払う。
そんな姿をぼーっと見ていた。
わたしには剣は扱えそうにない。
種を生み出して強くなるにしても、まずはどんな種を作るかしっかりと決めないと……。
「いかがなさいましたか?」
そう声を掛けてきたのは、フェリクス様のお付きのメイドだった。
何と答えればいいかわからずに口ごもった。
「……気晴らしに街まで出かけてみてはいかがでしょうか?」
「え?」
「いつも気を張っていらっしゃるようですので、たまにはお忍びで護衛もなしに出かけるのもいいと思います」
メイドににっこりと微笑まれた。
邪教が誘拐を企てていると聞いた後に、護衛もなしに出かけるなんて……襲ってくださいって言っているようなものだよね。
「八日後、当主様夫妻が隣の領地へお出かけになられます。その日にこっそりとチェルシー様も出かけてみてはいかがでしょうか?」
メイドは先ほど同じように笑顔を浮かべていた。
昨日のうちに九日後に誘拐されることを聞いた。
今日、八日後に護衛なしでこっそり出かけてみないか? って言われてる。
怪しいと思わないほうがおかしいよね。
『ひとまず、考えてみますと言っておけばよかろう』
断ろうとしたところで、子猫姿のエレがそう言った。
エレが子猫姿になっているときは、わたしとグレン様にしかエレの言葉は理解できない。
つまり、今のエレの言葉はメイドには猫の鳴き声にしか聞こえてない。
「……考えてみます」
わたしはゆっくりと子猫姿のエレに教えられた言葉をつぶやいた。
するとメイドはさっきよりもにっこりと微笑んだ。
その顔、知ってる。
義母がわたしにむち打ちの罰を与える前に浮かべていたものと同じだから。
わたしはゆっくりとその場から離れた。
+++
子猫姿のエレを抱えたまま、わたしはグレン様の部屋を訪れていた。
グレン様はわたしをソファーに座らせるとすぐにメイドに養父のジェイムズ様を呼ぶよう頼んだ。
しばらくするとジェイムズ様が部屋へとやってきた。
部屋に入ると同時にメイドたちを外に出し、きっちりと扉を閉めた。
「どうしたんだい?」
「さきほど、フェリクス様のお付きのメイドに話しかけられて……」
「ちょっと待ってね」
ジェイムズ様の問いに答えようとしたら、途中でグレン様に止められた。
大人しく待っていると、グレン様は部屋に防音の魔法を掛けた。
「これで話しても大丈夫だよ」
グレン様がそう言ったので、わたしは続きを話し出した。
「気晴らしに街まで出かけないか? と誘われたんですけど……」
さきほどのフェリクス様のお付きのメイドとの会話をすべて伝えた。
グレン様は聞き終わってから、大きくため息をつくとニヤッとした笑みを浮かべた。
「自分から尻尾を出すとはね。あのメイドは泳がせておいて正解だったね」
わたしは何のことかわからずに首を傾げた。
すると横に座っているジェイムズ様が険しい表情をしながら言った。
「実はフェリクス付きのメイドが邪教とつながっている可能性が非常に高いと、殿下から伺っていたんだ。今の話で可能性ではなく、確信に変わったよ」
やっぱり……!
あんなに正確に誘拐予定の日とでかける日をかぶせてきたんだもん。
あやしいと思ってよかった!
わたしが納得しているとグレン様が今後の方針を教えてくれた。
「ひとまず、あのメイドはこのまま泳がせておきたいから、チェルシーには『考えた結果、出かけることにした』ということにしておいてほしい。当日は街ではなく、王都へ出かけるのだから、おかしくはないだろう?」
グレン様はそういうとニヤッと笑った。