10.強くなりたい
養父のジェイムズ様に呼ばれて執務室を訪れると、そこにはグレン様もいた。
グレン様はとても機嫌の悪そうな顔をしている。
こんな状態のグレン様を見るのは初めてだ。
わたしがソファーに座ると、すぐにメイドたちを部屋から出して、人払いをした。
そして、グレン様が嫌々ながら防音の魔法を掛けた。
本当にどうしたんだろうか?
首を傾げていたら、ジェイムズ様が苦笑いを浮かべた。
「グレン殿下は、我が家の教育方針が気に入らないだけだから、チェルシーは気にしないでいいんだよ」
「教育方針……ですか?」
「サージェント辺境伯領は国境に位置しているから国の防波堤でもあるし、魔の森も近いから魔物が多く現れる……いわばとても危険な地域なんだ」
それはなんとなく理解していた。
屋敷の周囲には大きな結界が張ってあるし、屈強な体をした兵士のような人たちがたくさんいる。
庭師も門番も厩番もみんなそんな肉体をしていた。
女性も見た目は細いのに、行動力のある人が多いと思っていた。
「我が家の者たちは、この地を守るために強くならなければならない」
そういえば、二歳年下のフェリクス様は剣術の稽古をしている。
この間、ちらっと見かけたけど、とても厳しく指導されていた気がする。
祖父母がときどき、騎士たちと同じような格好で屋敷を出て行くのも魔物を倒しているのでは?
長男のサイクス様も屈強な体だったような……。
この屋敷にいる間に見たいろいろなことを思い出すとすぐに言葉が出てきた。
「わたしもサージェント辺境伯家の一員になったので強くならなければならないんですね?」
「ああ、そうだ」
ジェイムズ様がにっこりと微笑む。
対してグレン様は渋い表情をしている。
「それを踏まえて、チェルシーには伝えておきたいことがある」
ジェイムズ様はそう前置きすると、話し出した。
「単刀直入に言おう。邪教がチェルシーのことを狙っている。九日後、誘拐を企てているようだ」
一瞬驚いたけど、すぐに納得した。
邪教は、瘴気を広めようとしている集団。
そしてわたしは、その瘴気を吸い取る種を生み出して、阻止しようとしている。
狙われて当然だよね。
「それを防げ……ということですか?」
わたしの答えにジェイムズ様が首を横に振った。
「いいや。チェルシーには王都へ避難してもらう」
「それでは守られるだけになります。強くならなければ……ならば、わたしも……」
そこで、わたしは言葉に詰まった。
今のわたしでは足手まといになるだけで何もできない。
剣術の稽古をしているわけでもない。
わたしのスキルでは攻撃はできない。
「誘拐が今回だけで済むとは限らない。邪教以外にもチェルシーのスキルに目を付ける者はいるだろう。だから、今後のことを考えて、チェルシーには強くなる努力を始めてもらう」
「強くなる……努力?」
「危険があることを知らなければ、強くなろうなどとは考えまい。そう思って、真実を告げた。今回のように事前情報があるのは稀で、ほとんどの場合、突発的に起こるものだ。そういったことにも対処できるよう一緒に考えていこう」
わたしはジェイムズ様の言葉にコクリと頷いた。
結局グレン様はわたしが部屋を出るまでひとこともしゃべらなかった。
ただずっと何か悩んでいるような顔をしていた。
+++
その日の夜、わたしはベッドの中でずっと考えていた。
強くなるにはどうすればいいのか。
さっぱり何も思い浮かばなくて、うんうん悩んでいた。
『どうした?』
子猫姿のエレが枕の横に座って、わたしの顔を覗き込んでくる。
王立研究所にいたときは、エレは夜になると精霊樹のもとに戻っていたけど、サージェント辺境伯領へ来てからはほぼ毎夜、一緒に眠っている。
わたしはメイドたちにバレないように小声で話す。
「強くなりたいな……って」
『チェルシー様は最強だ』
「う~ん……たとえば、魔物が押し寄せてきたときに倒せるようになるとか……」
『魔物を倒せる植物の種を生み出せばよいではないか』
「え?」
子猫姿のエレの言葉に驚いて、横を見ればなんだかニヤッとした顔をしている……ように見える。
『数分間限定で、魔物のみに効く毒を出す種でもよいし、蒔けばすぐにイバラとなり魔物を切り裂くなり捕まえるなりする種でもよかろう』
毒はちょっと抵抗があるけど、イバラだったらいいかもしれない。
『チェルシー様のスキルはすべて、考え方次第だ』
そこから子猫姿のエレと一緒にいろいろな種について話し合った。
攻撃する種だけでなく、生活に役立つ種、全く役に立たないけど面白そうな種……。
それは今まで気づかなかったことで、それらすべて生み出せたら、世界が変わるかもしれないと思った。
ブクマ・評価ありがとうございます。