09.計画
三男フェリクスのお付きのメイドは夜の街では目立ちにくい暗い色のワンピースを着て、とある居酒屋を訪れていた。
「おまたせ」
「先に始めているぞ」
居酒屋の個室席にはすでに男性が二人座っていた。
一人はハンチング帽をかぶりメガネをかけ、もう一人は黒いローブをまとっている。
メイドが飲み物とつまみを注文すると、さっそくメガネの男が話し始めた。
「本当にそのチェルシーっていう子どもが瘴気を吸収する種を生み出したのか?」
「ええ、間違いないわ。この目で見たもの」
はたから見れば、ただのうわさ話をしているように見えるだろう。
メガネの男の問いかけにメイドは笑顔で答えた。
「だそうだ。どうするよ?」
今度はローブの男へと問う。
「であれば、連れ帰らなければならないな」
ローブの男はたんたんと答え、エールを一気に飲み干した。
その様子にメイドはニヤッと笑った。
「ちょうど十日後、当主夫妻が隣の領地へ出かけるの。その間、屋敷は手薄になると思うわ」
「十日後だったら、先代夫妻が身寄りのない子どもの保護施設へ向かうことになっているはずだな」
「さすが情報屋ね。あたしより詳しいじゃない」
メイドはくすくすと笑い、メガネの男……情報屋はほんの一瞬だけ嫌そうな顔をした。
「屋敷から連れ出すことはできるか?」
ローブの男がそう尋ねると、メイドの笑みが深くなった。
「そうね、最近はよく話すようになったから、できると思うわ」
「では、国境付近にある寂れた教会まで頼めるだろうか」
「そこは料金次第よ」
ローブの男はそっと金貨を一枚、テーブルの上に置く。
世界共通のその金貨は、一枚でメイドの半月分の給料と等しい。
メイドはさっとそれを取りニヤッと笑った。
「必ず連れ出すわ」
そこからは、当日どのようにチェルシーを屋敷から連れ出し、馬車に乗せるかについて話し合っていた。
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深夜にこっそりと三男フェリクスのお付きのメイドが戻ってきた。
それとほぼ同時刻、グレンが放った隠密も戻り、報告を行っていた。
「メイドと一緒に飲んでいた相手は、情報屋と邪教徒の一人だったんだ」
グレンは隠密の報告を聞き、口元に手を当てた。
「それで、邪教徒はチェルシーのことを連れ帰るって言ったんだっけ」
「はい」
「あとは十日後、メイドの手引きでチェルシーを誘拐……ね」
隠密は主人であるグレンの言葉に頷いた。
「情報収集ありがとう。しばらく休んでていいよ。お疲れ様」
「ハッ」
隠密はそう答えると、自身の影へ溶けるように消えた。
すべての報告を聞き終え、隠密を自由にさせると、グレンはぽつりとつぶやいた。
「連れ帰るなんて、チェルシー自身に用事があるみたいだね」
瘴気を生み出している邪教からすれば、吸収する種を生み出すチェルシーは邪魔者のはず。
この世界の常識では、邪魔者は消し去ると考えるもの。
そこをあえて、連れ帰るというならば、何かしら理由があると思うものだ。
「まずは協力者を得るところからだね」
グレンはその後すぐに眠った。
翌朝、グレンはサージェント辺境伯家当主ジェイムズの執務室へ向かった。
もちろん、昨日の出来事を話すためだ。
人払いをしたあと、グレンは防音の魔法を執務室に掛けた。
「チェルシーを誘拐だと!?」
ジェイムズの怒りの声はとても大きかったが、外へは漏れなかった。
「すぐにそのメイドを捕まえて、尋問しなければ!」
「ひとつ考えがあるんですよ」
グレンはジェイムズに向かって黒い笑みを浮かべた。
「メイドはそのまま泳がせて、邪教徒たちがいる場所へ案内させようと思うんです。そのほうが一斉に捕まえられるでしょう?」
グレンの言葉にジェイムズは、怒りを抑えた。
「ふむ……一斉に捕まえることはできるだろう。だが、チェルシーの身に何かあったら?」
「チェルシーにはその日、王都にいてもらうので安全ですよ」
グレンはこの後、自身が考えている計画を伝えた。
するとジェイムズもグレンと同じように黒い笑みを浮かべた。
「たしかにそれならば、一斉に捕まえられそうだ」
こうして、グレンとジェイムズはさらに詳細な計画を話し合うことになった。