08.指輪型の魔道具
新しく生み出した瘴気を吸い取る種には、『マリンリリィ』という名前がついた。
マリンリリィはすぐに魔王国へと渡り、瞬く間に瘴気を薄めているそうだ。
チェルシーが種を生み出さなければ、魔王国は瘴気によって滅んでいただろう。
そう、魔王国側も判断したようで、マリンリリィの対価とは別に、個別にチェルシーに褒賞を渡したいという連絡があった。
「魔王国から個別に褒賞がもらえるみたいなんだけど、チェルシーは何か欲しいものってないかな?」
いつもの応接室で、ソファーに座りながらそう尋ねてみた。
向かいの三人掛けのソファーに座るチェルシーはしばらくの間、難しい顔をしていた。
「特に思いつかないです。食べるものも着るものも、寝る場所にも困ってないので……」
俺はチェルシーの答えに微笑みを浮かべた。
他の貴族の令嬢たちならば、最新のアクセサリーやドレスなど、何かしら欲しがるだろう。
そういった部分をとても好ましく感じた。
「もっと魔力量が増えたらいいなとか、背が伸びたらいいなとか、そういうことは思うんですけどね」
チェルシーは苦笑いを浮かべながらそう答えた。
「それなら、魔王国にある美味しい食べ物が食べたいと伝えようか」
「魔王国の食べ物ですか? 食べたことがないので楽しみです」
チェルシーは途端に目を輝かせた。
食べ物が褒賞では、魔王国としては納得できないかもしれない。
しかし、チェルシーが望んでいることだと伝えた。
すると、食べ物だけでなく、魔王国産のアクセサリーも贈られることになった。
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「アクセサリーか……」
サージェント辺境伯領で使わせてもらっている客室で俺はぽつりとつぶやいた。
以前、エレが渡した世界樹の腕輪をチェルシーはとても大切にしている。
きっと、魔王国から贈られるアクセサリーも大切にするだろう。
なぜか、チクリと胸が痛んだ。
なんだろう?
悔しい……気がする。
エレは大精霊だから仕方ないとしても、魔王国に後れを取るようなことは自分の中で許せないのだろう。
ここは、兄である国王陛下に頼んで、宝物庫にあるアクセサリーをチェルシーに渡してはどうだろうか。
「……いい案だな」
俺はまたしてもぽつりとつぶやいた。
すぐに精霊樹の空間跳躍を利用して、王城へと戻った。
許可を取り、宝物庫へと向かう。
そこには長年、王家が集めた様々なものが置いてある。
武器や防具、アクセサリー、変わった魔道具や壺、銅像なんかもある。
兄からはどんな宝物を選んでもかまわないと言われている。
そこの中でアクセサリーが置かれている一角へ足を向ける。
鑑定しながら進んでいくうちにこれだ! というものを見つけた。
指輪型の魔道具で、装着者の身に危険が及ぶと自動で防御の魔法が発動するというもの。
チェルシーのことは俺が必ず守るけど、万が一に備えるのは大事だ。
俺は指輪型の魔道具を手にして、サージェント辺境伯領の屋敷へと戻った。
すぐにチェルシーの部屋へと向かう。
「突然で申し訳ない。渡したいものがあるんだ」
そう伝えると、チェルシーは快く部屋へと入れてくれた。
チェルシーの部屋はすべてが花柄で統一されたとてもかわいらしい部屋だった。
その部屋のソファーに向き合って座り、さっそく指輪型の魔道具を差し出した。
「これを」
緊張しつつ手渡すと、チェルシーはきょとんとした表情になった。
「これは、防御の魔法がかかった指輪で」
俺はそこで言葉に詰まった。
魔王国よりも先にアクセサリーを渡さなければならない……と思い、国宝を持ち出して俺が直接渡そうとしている。だがそれは本当に正しかったのだろうか。
こういったものは、国王陛下自らが直接下賜されるべきものだろう。
いったい自分は何をやっているんだ!?
自分の失態に驚いて固まっていたら、チェルシーも同じように驚いた顔をしていた。
こんな姿を見せ続けるわけにはいかないと思い、姿勢を正す。
「……チェルシーの身を案じた陛下からの贈り物です」
口から出た言葉は、俺が考えていたものとは違うもので、だけれど、とても正当な理由に感じるものだった。
「ありがとうございます。大切にします」
チェルシーはその場で深々と頭を下げると、指輪型の魔道具を受け取った。
そして、すぐにケースから指輪を取り出して、指にはめようとしたのだが首を傾げた。
「これはどの指につければいいのでしょうか?」
小首を傾げた姿がかわいい……などと思いつつも、俺はチェルシーの手からそっと指輪を取った。
そして、無言でチェルシーの左手の人差し指にはめる。
すると、しゅるんっという音がしてチェルシーの指にぴったり合った。
精霊樹の腕輪のときにも同じような現象が起こったので、今回はチェルシーは驚かなかった。
「本当にありがとうございます」
チェルシーははにかんだような笑みを浮かべながら、そう言った。
俺はなぜか、そんなチェルシーを見ながら、胸が苦しいと感じていた。
この苦しさがなんなのか、なんとなく気づき始めていたけど、今はふたをすることにした。
それから数日後、三男フェリクスのお付きのメイドが屋敷から出て行く姿を目にした。
以前からチェルシーに対して憎悪の目を向けていたり、体に良くない魔力回復ポーションを勧めたりと怪しさ満点のメイドだが、ついに動き出したか……。
俺はそのメイドに隠密を付け、行動を監視することにした。