05.種を生み出した
翌日、また応接室でグレン様と向かい合わせに座り、どんな種を生み出すかについて話し合うことになった。
「昨日チェルシーが言っていた瘴気を吸い取る種を生み出したらどうかな?」
『精霊樹は瘴気を払うだけで、消えはしない。そうなれば、吸い取るというのは良かろう』
「わかりました。試しに出してみます。【種子生成】」
グレン様と子猫姿のエレの言葉に頷いた後、小さな声でつぶやいた。
普段であれば、スキルを使うとわたしの目の前にポロっと種が現れるのに、今回は何も起きなかった。
ちゃんとスキルが発動したっていう感覚はあっただけに不思議に思って首を傾げた。
「何も出てこないね」
「もう一度やってみます。【種子生成】」
ちゃんとスキルが発動していなかったのかもしれないと思って、もう一度、瘴気を吸い取る種を願ってみたけど、やっぱり何も起こらなかった。
「チェルシーの魔力量は減っているから、スキルは発動しているはずだけど……どういうことだろうか」
グレン様も不思議に思ったみたいで、わたしと同じように首を傾げた。
すると子猫姿のエレがソファーの上でえっへんとふんぞり返った。
『今まで生み出した種はどんな見た目でどんな風に育つか知った上で生み出してきたであろう?』
わたしは子猫姿のエレの言葉に頷く。
たしかに、今まで生み出した種はすべて、種の形やどのように育つのか、草になるのか木になるのか、どんな葉で実はどういったものが……といったことを知った状態で生み出していた。
幻と言われている薬草だって、種や葉や幹の絵を見て、想像しながら生み出していた。
『今回は一から存在しない種を生み出そうとしておる。漠然と願っても生み出せないのであろう』
わたしもグレン様も子猫姿のエレに向かって何度も頷いた。
「それなら、想像しやすいように、絵を描いたほうがいいだろうね」
グレン様はそう言うと、廊下に立っているメイドに紙と筆を用意させた。
しばらくすると、メイドが戻ってきて、テーブルの上に言われたものを置いた。
また人払いをしようとしたところへ、フェリクス様が入ってきた。
「話している途中なのはわかっているけど、ちょっとその……」
フェリクス様は少しだけほっぺたを赤くしながら、口を開けたり閉じたりを繰り返している。
わたしもよく、同じような状態になるのでわかる。
言いたいことをうまく伝えようとして言葉を選んでいるんだと思う。
心の中でがんばって! と応援していたら、フェリクス様がわたしのほうを向いた。
「この間は、ありがとうございました!」
フェリクス様はその場で頭を軽く下げた。
「え?」
わたしは何のことかわからずに首を傾げた。
「……カ、カエルを払ってもらったから」
「あのときの……」
「きちんとお礼を言うべきだと思ったんだけど、する機会がなくて……。今、ちょうど休憩しているように見えたから……突然、部屋に入ってすみませんでした!」
フェリクス様は今度はグレン様に向かって頭を下げた。
グレン様は優しく微笑むとフェリクス様に言った。
「そういった理由ならしかたないね。ちょうどいい、フェリクスにも意見を聞いてもいいかな?」
グレン様はそう言ったあとにわたしに向かって軽くウィンクをしてきた。
この場は任せろって意味だろうと思い、わたしは小さく頷いた。
「な、なんでしょうか!」
フェリクス様は目を輝かせながら、グレン様を見つめた。
「今度、知人に花を贈ろうと思っているんだが、どんな花がいいだろうかって話でね。フェリクスはどんな花を知っているかな?」
「は、花ですか?」
「パッと言われて、どんな花を思いつくかな?」
「すみません。花の名前は……わかりません」
「絵に描くことはできるかな?」
「できます!」
そんな感じで、メイドが用意した紙に、フェリクスが花の絵を描き始めた。
……たぶん、わたしが描くよりもずっと上手だと思う。
フェリクスは画家のごとく、とても美しい一輪の百合のような花を描いた。
「フェリクスは絵がうまいんだな。参考にさせてもらうよ」
グレン様がそう言うと、フェリクス様は目をキラキラさせて嬉しそうな顔をした。
そして、一礼すると部屋を出て行った。
「ちょうどいい、この花が咲く種を生み出すことにしようか」
『ついでに植えるとすぐに芽が出て育つものにするべきであろう』
「ああ、そうだね。瘴気を吸い取ったら花が咲いて枯れて、その後はよい肥料になるのもよさそうだね」
『それは名案だな』
わたしはフェリクス様が描いた花の絵とグレン様と子猫姿のエレが口に出したどんな種かを想像しながら、スキルを使った。
「【種子生成】」
すると、テーブルの上にわたしの親指の爪くらいの大きさの種が現れた。
「チェルシーの魔力量的には、あと二十五回くらい種を出せそうだよ。もう何個か頼めるかな」
「はい」
グレン様に頼まれて、ちょっと良い気分になった。
わたしはその勢いで、九個生み出して、種は全部で十個になった。
数日後、養父のジェイムズ様とグレン様、それから護衛の騎士たちとで、サージェント辺境伯領内にある瘴気が発生している場所のすぐそばまで行き、種を植えたそうだ。
結果として、植えた直後に芽を出してにょきにょきと育ち、グレン様のお腹くらいの高さまで育つととても大きな真っ青な百合のような花を咲かせて、しばらくすると枯れたらしい。
一時間くらいの出来事で養父のジェイムズ様も護衛の騎士たちもたいへん驚いていたそうだ。
十個すべて植えたところで周辺の瘴気はすべてなくなったとのこと。
ちゃんと瘴気を吸い取る種を生み出せたんだとわかってホッとした。
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あたしの名前はシェイラ。貧乏な男爵家の娘。
三年前からサージェント辺境伯家で働き始めて、昨年やっとフェリクス様のお付きのメイドになった。
フェリクス様はとても素直ないい子。
近隣の伯爵家の世継ぎが亡くなったから、養子になるかもって話が出てるくらいに優秀な子。
将来は伯爵家当主ってことね。
それなら、今のうちにフェリクス様に気に入られて、妻になる……なんて道もアリじゃないかって思うでしょ。
仕える側から、使う側になれたらいいと思って、本気でフェリクス様を篭絡しようとしてたところに、あの女がきたの。
突然現れてサージェント辺境伯家の養女になったというあの女。
あまりにも突然だったから、どこの生まれか探ったらどこかの男爵家の娘だというのはわかった。
でも、それ以外は何もわからない……。
怪しいあの女は、先代の娘様に似ているからって、あっという間に辺境伯家の人たちに取り入った。
先代様夫妻なんか、夕食の席で間に座らせるほどだった。
あの女は危ない!
あたしの中の女のカンがそういってる。
絶対にフェリクス様を近づけちゃダメだといってる!
そう思ったから、フェリクス様にちょこ~っと悪い情報を流してみたの。
あの女は男爵家の生まれで、先代様に取り入るような動きを見せていましたし、辺境伯家にはふさわしくありませんって。
そうしたらフェリクス様ったら、簡単に動いてくれたわ。
……失敗したけど。
失敗どころか、大失敗よ。
フェリクス様ったらあの女のことを気にし始めたんだもの。
屋敷中、あの女を探し回るフェリクス様を見ていたら、ムカついて仕方がなかったわ。
フェリクス様はそのあと、あの女と王弟殿下が二人っきりになっている部屋を覗いて驚いた顔をしていた。
あたしも驚いたわよ。
あの女、あたしのフェリクス様に手を出すだけでなく、王弟殿下にも手を出してるってわけ?
信じらんない! 許せない!
つい顔に不機嫌なのが出ちゃって、フェリクス様を悲しませてしまったわ。
このままじゃ、フェリクス様の気持ちがあの女に傾くのも時間の問題かもしれない。
だったら、あの女を早々に追い出せばいいのよね。
たしか、あの女は子猫を連れてきていたから、ケガでもさせれば怖がって出て行くかしら?
それとも、どこか遠くの領地に子猫を捨ててくれば、捜しに出て行く……?
どっちにしてもあの女は泣くのではないかしら……楽しみだわ~!
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