03.精霊樹を植える
屋敷に戻るとメイドに応接室へ行くよう言われ、向かってみればグレン様が待っていた。
「昨日聞いた話をしようと思ってね」
グレン様はそういうと私にソファーへ座るよう促した。
「サージェント辺境伯領の瘴気の状況なんだけど……」
辺境伯領と魔王国の間には山や森があって、どうやらその境目を越えてこちら側まで瘴気が侵食しているらしい。
瘴気というものは長時間触れていると人と動物であれば気が狂い、植物であれば枯れていく。
「ほら、あのあたりの山を見てごらん」
グレン様に言われて、窓の向こうに見える山を見ると、山頂付近の木の色が緑ではなく、黄色に変色していた。
「枯れ始めているんですね」
「まだ、人的被害はでていないけど、時間の問題だろうね」
グレン様はそういうと、真剣な表情でわたしの顔を見た。
「だから、すぐにでも精霊樹を植えたいんだけど、手伝ってもらえるかな?」
精霊樹は存在しているだけで一定の距離の瘴気を払える。
この屋敷を中心として瘴気を払っていけば、サージェント辺境伯領の被害はなくなると思う。
「はい。でも、どこに植えるんですか?」
研究所のそばに植えた精霊樹はとても大きく育って、外敵に狙われないように偽装すると日当たりを悪くしていた。
ここでも屋敷のそばに植えたら同じことが起きてしまうかもしれない。
それを心配して尋ねると、グレン様はわかっているよといった感じで微笑んだ。
「屋敷の北側の森だそうだ。庭師が準備してくれているよ」
グレン様はソファーから立ち上がると、わたしの手を引きながら、屋敷の北側へと歩き出した。
屋敷から北側に向かって歩くこと十分、森に入ってから十歩くらいの場所に、庭師のおじさんと子猫姿のエレが待っていた。
そばには精霊樹の植木鉢も置いてある。
『ようやく来たか』
子猫姿のエレはふんぞり返りながら、わたしとグレン様に向かってそうつぶやいた。
庭師のおじさんはその場で頭を下げたあと、ゆっくり話し出した。
「こ、こちらに、穴さ掘っておきましただ。あとは移し替えるだけですだ」
「ご苦労様、あとは俺たちでやるよ」
グレン様が労いの言葉を伝えてこの場から下がらせようとしたけど、おじさんはその場でまごまごとしていた。
どうしたんだろう? と思って首を傾げていると、おじさんはポケットからそっと軍手を取り出した。
「素手で土さ触ったら汚れちまうべ。こんなものしかねえけど、使ってくだされ」
「ありがとうございます」
わたしは庭師のおじさんから、新品の軍手を受け取ると頭を下げた。
そして、おじさんはその場から去っていった。
ユーチャリス男爵家にいたころは素手で草むしりをしていた。
手が汚れることなんて慣れていたから気にならない。
だけど、こうやって気遣ってもらえると素直に嬉しく思えた。
グレン様に手伝ってもらって、植木鉢から小さな精霊樹を取り出した。
それから、庭師のおじさんが掘った穴に精霊樹を差し入れ、隙間を土で埋める。
「ここなら大きく育っても屋敷が日陰になることもないですね」
「そうだね」
わたしの言葉にグレン様が頷いた。
『一晩くらいでこのあたりの土に慣れるだろう。明日、ここへ来るがいい』
子猫姿のエレはそういうと霧のように消えていなくなった。
「何かあったら困るし、結界を張っておくね。外敵から守れ――【
グレン様がそうつぶやくと、精霊樹の周りにさぁーっと風が吹いた。
+++
翌日、精霊樹を植えた場所へグレン様と一緒に向かうと、背丈が二階の屋根に届きそうなくらいに育っていた。
昨日まではわたしの膝よりも低かったので、この育ち方には驚く。
ここまで急成長とは言わないけど、わたしの背も伸びたらいいのに……。
じっと精霊樹を見つめていたら、精霊の姿のエレが現れた。
「今日は子猫姿じゃないんだね」
わたしがエレに向かってそう声を掛けると、なんだか難しそうな顔をした。
「ひとつ伝えねばならんことができての……」
「何か問題でもあったのか?」
グレン様もエレの様子がおかしいのが気になったらしい。
「口で言うよりも示したほうがよかろう」
エレはそう言うとわたしの手を引き、精霊樹の前に立った。
そして、一瞬ニヤっと笑うとそのまま、精霊樹にぶつかった……と思ったらそのまま中へと入っていった。
もちろん、わたしもぶつかることなく精霊樹の中へと入っていった。
キラキラ輝く道を一瞬だけとおりすぎると、パッと見たことがある建物が見えた。
「え?」
目の前にあるのは円柱の五階建ての建物、城壁の内側にある王立研究所。
さっきまでいたのは、サージェント辺境伯領の屋敷の北側に広がる森。
その距離は馬車で五日。
どういうこと!?
驚いてその場でくるりと振り返ると、ちょうど精霊樹の幹から出てきたばかりのグレン様がいた。
グレン様は何度か精霊樹の幹の中に入ったり出たりを繰り返したあと、その場でうんうんと何度も頷いた。
「精霊樹を使った空間跳躍といったところか」
グレン様の言葉にエレは頷く。
「今までの精霊樹ではこのようなことはできなかった。これはチェルシー様が生み出した精霊樹だからこそ起こった奇跡であろう」
エレはそんなことをいうとニヤッと笑った。
わたしはずっとその場で口をぽかんと開けたままだ。
空間跳躍とか奇跡とか急に言われても理解できないよ!?
「ひとまず、チェルシー様は瞬時に辺境伯領と研究所を行き来できることさえわかっていればいい。あとのことはグレンがなんとかするであろう」
グレン様はエレの言葉に苦笑を浮かべていた。
結局、この空間跳躍に関しては、国王陛下に判断してもらうことになった。
グレン様は、どういう扱いにするかはっきりするまではヒミツだよと言っていた。
「これって、何も知らない人が間違って向こうへ行ってしまったりしない?」
わたしは心配になってエレに聞くと、首を横に振られた。
「精霊樹に触れられるのは、我かチェルシー様が認めた者だけである。今のところ、グレンとトリスくらいだから、平気であろう」
その言葉を聞いて、ほっとした。
ブクマ・評価ありがとうございます。
昨日は体調不良のためお休みしました。
心配してくださった方、ありがとうございます。
まだ、全快ではないけれど、ゆっくりと投稿していきたいと思います。
今後も応援よろしくお願いします。