02.三男のフェリクス
どこかすっきりした様子のお祖父様がサンルームまで戻ってきた。
「ここはチェルシーの家だ。ここにいる間は自由にしていいからな」
自由にしていいと言われても、何をすればいいのかわからない。
苦笑いを浮かべていたら、お祖父さまにも頭を撫でられた。
「何か欲しいものはないか?」
「え、えっと……」
清潔でキレイな服ならたくさんあるし、おいしいものも毎日食べさせてもらっている。
これ以上欲しいものなんて思いつかない。
「抱っこしようか?」
「それはちょっと……」
背が低くて十二歳には見えないのはわかっているし、お祖父様からしたらわたしは子どもだってこともわかるけど、でも抱っこされるほど幼くはない……。
わたしはつい、お祖父様から一歩引いてしまった。
「やれやれ、またジェイクの悪いくせが出たね」
見かねたお祖母様が、お祖父様からわたしを引きはがした。
お祖父様は不満そうな顔をしていた。
「今日はひとまず、しっかり休みなさいね」
「ありがとうございます」
わたしはお祖母様にお礼を言うと、お祖父様にぺこりと頭を下げて養母のアリエル様と一緒にサンルームを出た。
「それじゃ、チェルシーちゃんのお部屋に案内するわ」
「はい」
アリエル様に案内されたのは、二階にある部屋で扉を開けるとそこはお花だらけだった。
ソファーやベッド、カーテン、カーペット……すべてが花柄だし、チェストやクローゼットにも花が彫り込まれている。
はっきり言って、客室と言った感じではない。
「あの、ここって……」
「ここは、あなたの母ソフィアが使っていた部屋なの。これからはあなたの部屋よ。家具はそのままで、他は新しいものにしたけれど、別のものがよかったら言ってちょうだいね」
アリエル様はにっこりと微笑んだ。
母が使っていた……そしてこれからはわたしの部屋。
研究所の宿舎の部屋とは別に、ここがわたしの帰る場所になるのだろう。
そう考えたら、自然とほっぺたが緩んだ。
しばらく休んだあと、夕ご飯の時間となった。
メイドに連れられて、食事の部屋までいくとすでにみんな勢ぞろいしていた。
グレン様は養父ジェイムズ様の隣でなにやら話し込んでいる様子。
わたしはなぜか、お祖父様とお祖母様の間に座ることになった。
「ごめんなさいね、チェルシーちゃん。どうしてもあなたの隣がいいってジェイクが聞かないものだから……」
「本当は膝の上に乗せたかったのだがな……」
「ソフィアみたいに嫌がられてもいいのですか?」
「だ、だめだ……」
お祖父様のことはすべてお祖母様に任せて、深く考えないようにしよう……。
夕ご飯はとても美味しかったけど、たくさん残してしまった。
食材がもったいないので、次からは少なくしてもらえるよう頼んだ。
そうそう、夕ご飯の席では、次期当主の長男サイクス様と三男フェリクス様を紹介してもらった。
サイクス様は二十三歳で年末に結婚を控えているそう。
フェリクス様は年の離れた弟で十歳なんだって。
年齢はわたしよりも下だけど、身長はフェリクス様のほうが高かった……。
ちなみに、次男は第二騎士団の副長マルクス様だったりする。
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翌日、わたしはエレを探しに屋敷の中を歩いていた。
精霊樹があるところにエレはいるはず……と思って歩いていたら、庭で何かを探している様子のフェリクス様と出会った。
もしかして、エレが庭にいるのかも?
子猫の姿だし、フェリクス様の興味を引いたのかもしれない。
そう思って庭に出てみたけど、フェリクス様はわたしに気づかず灌木の根元をガサゴソとしていた。
フェリクス様のお付きのメイドは、ちらりとわたしの顔を見たあとすぐに視線を戻した。
「このへんにいると思ったんだけどな~……」
フェリクス様はそんなことをつぶやいていた。
「こんにちは、フェリクス様」
「わあああ!」
まったく気づかれていないようなので、こちらから声をかけたところ、フェリクス様はその場で飛び上がった。
「な、なんでおまえがここにいるんだよ!」
「フェリクス様が何か探されていたようなので」
「そうじゃない! おまえ、男爵家の娘なんだろ! 知ってるんだぞ!」
たしかにもともとは男爵家の娘だったけど、今はサージェント辺境伯家の養女となった身。
どう答えるべきかと悩んでいたら、フェリクス様の後ろから何かがぴょんっと跳ねて頭にくっついた。
「あ、カエルが」
「うわあああああ!!」
フェリクス様はカエルが苦手みたいで、顔面蒼白のままその場で動きを止めた。
わたしはひょいっとカエルをつまんで、茂みに放してあげた。
「もう大丈夫だよ」
フェリクス様にそう声を掛けたけど、まだ顔は青いままだった。
こういうときってどうしたらいいんだろう?
サージェント辺境伯家の人たちはわたしの頭を撫でてくる。
それならば、わたしも彼らに倣って、フェリクス様の頭を撫でるべきだろう。
わたしはカエルを触っていないほうの手で、フェリクス様の頭を撫でた。
するとフェリクス様の顔はだんだんと赤くなっていった。
「お、おれはおまえのことを認めてないからなあああ!」
フェリクス様はわたしの手を払いのけるとそう叫びつつ、屋敷の中へと戻っていった。
そばにいたフェリクス様のお付きのメイドも一緒に屋敷へと戻っていったんだけど……。
屋敷に入る直前、振り返ってわたしのことをすごい表情で睨みつけてきた。
なんとなくだけど、ユーチャリス男爵家にいたころの妹マーガレットに向けられたものに似ているな、と思った。