エピローグ
その日の夜、わたしはベッドの中で昼間の出来事を思い返していた。
母だと思っていた人は他人で、双子の妹だと思っていたのは異母妹で……この時点でわたしの頭は、深く考えるのをやめたような気がする。
ただ思ったのは『ああ、やっぱり』ってことしかなかった。
外見も性格も何一つとして似ていなかったから、おかしいって料理人やメイドに言われてたから、やっぱりそうだったんだとしか思えないよね。
二人のことよりも、父のほうが驚きだった。
わたしのことを考えた結果、虚偽登録をしたってことでしょう?
偽物の母がわたしのことを実の子ではないんじゃないかと疑いだしてから、ずっと虐待を受けていたけど、あんなことを生まれた子供にしていたら、間違いなく死んでいる。
家にいたころだって、何度死ぬんじゃないかと思ったことか……。
もっと早くに止めてほしかったな……。
父もアクロイド侯爵に無理矢理呼び出されてほぼ監禁状態で仕事していたっていうし、仕方ないけど……。
父の罪はわたしのせいだからって、減刑を求めようかと思ったけど、いろんな人に止められた。
グレン様もトリス様も、本当にいろんな人に……。
だから、減刑の代わりに手紙を送らせてほしいと願った。
わたしは……わたしを産んですぐに亡くなった母がどんな人だったのか聞きたい。
きっと、母の兄であるサージェント辺境伯……わたしの養父なら教えてくれるとは思うけど、父から見てどんな人だったのか知りたい。
そんなことを考えながら眠った。
+++
翌日はお休みをもらった。
部屋でのんびりすごすといいよってグレン様から言われていたんだけど、そういうわけにもいかないみたい。
特別研究員になったことと、サージェント辺境伯家の養女になったことが正式に公表されたみたいで、朝からひっきりなしにお手紙とか使いの人が来ている。
ほとんどの人が一度でいいから顔を合わせたいってものらしい。
こういうのってどうしたらいいんだろう?
わからなかったので、全部ジーナとマーサにお任せした。
ジーナは使いの人を追い返し、マーサは手早く手紙を分けていた。
二人がいてくれて本当に良かった。
途中でマーサの動きが止まった。
「チェルシー様、こちらの手紙は見ていただいたほうがいいと思います」
マーサがそう言って差し出してきたのは、サージェント辺境伯夫人……つまり、わたしの養母からの手紙だった。
開けてみると、明日じゅうに王都を出発するので、できれば今日お茶でもしないか? って話らしい。
顔合わせは済ませてあるけど、まだまともに話したことがなかった。
明日じゅうに帰ってしまうのであれば、とうぶん会えないだろう。
「養母様とお茶したいです」
「では、準備をいたしましょう」
わたしのつぶやきにジーナが微笑みながら返事をくれた。
午後の三の鐘がなるころにサージェント辺境伯夫妻が泊っている客間へとお邪魔した。
中に入ると養母とマルクス様が出迎えてくれた。
「ごめんなさいね。急に呼び出してしまって」
養母が申し訳なさそうな笑みを浮かべながらそう言った。
「本当はね、夫がチェルシーちゃんに会いたいっていうから手紙を出したんだけど、急な会議で出て行ってしまったの」
「母上、まずは座ってから話したほうが……」
「そうね! 美味しいお菓子があるのよ」
養母はそう言うと、さっとわたしの手を取り、バルコニーの近くのイスに座らせた。
ここは王城の西側にある部屋のため、窓からは五階建ての研究所と精霊樹がよく見える。
「ふふ。あんなに大きな精霊樹にお目にかかれるなんて、滅多にないことなのよ。今では数が激減しているし、育つ前に伐られてしまうから……」
わたしが精霊樹を見つめていたからだろう、養母がそう説明してくれた。
養母の声が聞こえていたかのように精霊樹がざざーっと揺れた。
子猫姿のエレがふんぞり返っている姿がパッと思い浮かんだ。
「今日はね、チェルシーちゃんの普段の様子が知りたくて呼んだの」
「普段ですか?」
「研究所ではどういったことをしているの?」
養母は目をキラキラとさせながらわたしに質問してくる。
「午前中はわたしの魔力量を増やすために、グレン様とお茶会をしています」
わたしは一日の流れを思い出しながら答えた。
すると養母の動きが止まった。
「あ! 実は最近の研究でおいしい食事を摂ると魔力量が増えるという結果が出たそうです。わたしは魔力量が本当に少なくてすぐに眠ってしまうので、まずはおいしいお菓子を食べて魔力量を増やそうということになりました」
「そう魔力量を増やすために……って、それはそれですごいことですが、グレン様とは王弟のグレンアーノルド殿下で間違いはなくって?」
「はい。つい数日前まで知らなかったんですけど、国王陛下の弟さんのグレン様です」
わたしの言葉を聞くと養母はなぜかにこやかな笑みを浮かべた。
「それでは午後は何をしているの?」
「午後はトリス様が加わって三人で種を生み出しています」
「え、ちょっと待ってちょうだい」
養母は口元に手を当ててしばらく考えるような仕草をした。
「母上……トリス様とは、あの三種類のスキルを持つフォリム侯爵家の子息、トリスターノ・フォン・フォリムで間違いありません」
マルクス様の言葉に、養母は目を見開いて驚いていた。
「え!? トリス様って侯爵家の方だったんですか!? ……知りませんでした」
わたしも同時に驚いたよ。
ダメっす~っていうあの話し方で侯爵家の子息……信じられない!
「そ、そう、チェルシーちゃんはすごい人に囲まれているのね。では、種を生み出すとは?」
「わたしのスキルは願った種を生み出すものなんです」
最初に出したのはかぼちゃの種だった。次はひまわりの種。
それから小さな種と大きな種を生み出して……。
「幻の種も生み出せるんじゃないかって、精霊樹の種を……」
「ちょおっと、待ってちょうだい」
さっきよりも大きな声で養母に話を止められた。
首を傾げていると隣に座っているマルクス様が冷や汗をかきながら、小さく首を横に振っていた。
もしかして、これってあまり人に話してはいけないのかもしれない。
「……精霊樹の種って、あれよね。まさかあの立派な精霊樹は……」
またしても窓の外に見える精霊樹がざざーっと揺れた。
「こ、これ以上は研究のことなのでヒミツです」
わたしが慌てて口元に人差し指を立ててそういうと、養母は目を何度も瞬かせて優しく微笑んだ。
「その仕草、懐かしいわ。あなたの母ソフィアとそっくりよ」
養母の言葉に今度はわたしが何度も目を瞬かせる番だった。
「母ってどんな人だったんですか?」
「う~ん。私の口からはちょっと」
口ごもるような人……!?
でもなんだか、養母の顔はニヤッとした笑みに見える。
「そうね、そうよ! ソフィアのことはあなたの祖父母から聞いたほうがいいと思うの」
「は、はい」
勢いに飲まれてそう答えると、養母はにっこりと笑った。
「じゃあ、一緒に辺境伯領へ行きましょうね!」
「え?」
「そうと決まれば、さあ、マルクス! ステイシーも一緒に行けるように手配してきなさい」
「はぁ……わかったよ。副官補佐官であり婚約者でもあるステイシーももちろん連れて行くさ。チェルシー、覚えておくといい。母上は一度こうと決めたらなんとしてでも実行するから」
「ふふ。聞き分けが良い息子で助かるわ! さあ、チェルシーちゃんも準備しましょうね」
「えええええええ!?」
そうして、養母は辺境伯領へ向かう準備を進めるのだった。
これにて一章完結となります。
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