26.二度と家には帰りません!3
メディシーナが追い出されると部屋は一時、静寂に包まれた。
それを破ったのは国王だった。
「なあ、アクロイド侯爵。男爵程度の身分で簡単に虚偽登録ができるほど、我が国の制度には問題があると思うか?」
国王はすべてを見透かすような意地の悪い笑みを浮かべて、アクロイド侯爵にそう問うた。
これはひっかけだ。
はいと答えれば、国に問題があることになり、大々的な調査を行うことになる。
いろいろとやましいことをしてきたアクロイド侯爵にとって、それは死を意味するのと同じだ。
逆にいいえと答えれば、今回の虚偽登録は男爵以外に関与した者がいることになる。
しかも、関与したのは身分が高い者……つまりアクロイド侯爵自身だと言われているようなものだ。
何もやましいところがなければ、すぐにいいえと答えるだけで済むはずの問いにアクロイド侯爵は一瞬だけ迷ってしまった。
それがすべてを物語っていると気づいたが遅かった。
国王が片手を上げると騎士たちがあっという間にアクロイド侯爵を取り囲み拘束した。
「な、なにをする! 離せ!!」
騎士たちはアクロイド侯爵の言葉を無視して、そのまま罪人が座る席へと移動させた。
「ワシは何もしておらん!」
アクロイド侯爵は移動させられたあとも偉そうな態度を崩さなかった。
「ユーチャリス男爵が虚偽登録をする際に、アクロイド侯爵が便宜をはかったことは、実際に貴族名簿に登録した職員から報告が上がっております」
宰相はそういうと当時の状況を語った。
本来であれば、登録を行う職員が産まれた子どもを【鑑定】するのだが……。
アクロイド侯爵に『ユーチャリス男爵の【鑑定】スキルで確認済だから、問題はない』と言われ、渋々それに従ったらしい。
侯爵のお墨付きだし、逆らうわけにもいかず……というのが職員談である。
「そのような記憶はございませんな」
宰相の言葉にアクロイド侯爵はとぼけたふりをしたが、問題ないと言っていた現場を見ていた者が多数いたため、知らぬ存ぜぬはとおらなかった。
さらに追い打ちを掛けるように、国王自らユーチャリス男爵に登録時の状況を語らせた。
ユーチャリス男爵はアクロイド侯爵から、ソフィアの子チェルシーを殺すよう命じられたらしい。
だが、ソフィアが苦労して産んだ我が子を殺すことはできないと伝えた。
すると、『双子として登録する手伝いをしてやろう。代わりにメディシーナをすぐに正妻として迎え入れろ』と言われた。
ソフィアが亡くなってまだ数日しか経っていないのに、後妻を迎えるなど醜聞ものだが、チェルシーを生かすためには、承諾するしかなかった。
アクロイド侯爵は横に座っているユーチャリス男爵をギっと睨みつけた。
「喪が明ければ後妻にできただろう? なぜすぐに正妻にしろなどと言ったんだ?」
国王が何気なくそう問うと、アクロイド侯爵はバツが悪そうに下を向いた。
「それにはわたくしがお答えしますわ」
そう言って立ち上がったのはアクロイド侯爵夫人だった。
「とても簡単な話ですのよ。お気づきの方もいらっしゃるとは思いますが、メディシーナは夫の隠し子でして、わたくしなんかつい最近まで聞かされておりませんでしたのよ」
侯爵夫人はそこでにっこりと微笑んだ。ただし、目の奥は笑っていない。
「しかも、平民との子なんですの。そうなるとスキルを管理するための貴族名簿には名前を載せられても、身分は平民になるでしょう? 夫はね、メディシーナをとても可愛がっていたみたいで、身分を持たせたかったんですって! ユーチャリス男爵が、メディシーナが平民だと気づいていないうちに結婚させれば、男爵夫人になれますでしょ? そういうことですの」
侯爵夫人がそう語り終えると視線はアクロイド侯爵へと向いた。
「入り婿であるあなたもあなたの子であるメディシーナも、わたくしにはどうだっていいの。大事なのはアクロイド侯爵家の存続よ。これ以上無様な真似はしないでちょうだい」
アクロイド侯爵は一瞬、すがるような目線を侯爵夫人に向けたがすぐに下を向いた。
侯爵夫人は深呼吸をすると視線を国王へと向けた。
「陛下にお願いがございます」
「言うがいい」
「虚偽登録の罰は夫とわたくしが受けます。ですので、どうかアクロイド侯爵家には咎がなきようお願いいたします」
アクロイド侯爵夫人はその場で深々と頭を下げた。
「背負わなくてもいいものが罪を背負うのは良しとは言えぬ。夫人に対する罰は別途考えるとしよう」
「ありがとうございます」
この後、判決が下された。
ユーチャリス男爵家は取りつぶしになり、当主だったバーナードは鉱山送りとなった。
男爵夫人だったメディシーナと娘のマーガレットは魔力封印ののちに修道院送りになった。
メディシーナの父であるアクロイド侯爵家当主は鉱山送りになり、侯爵夫人は領地で余生を暮らすよう命じられた。
そしてアクロイド侯爵家の当主は代替わりし、息子が当主となった。