24.二度と家には帰りません!1
チェルシーがサージェント辺境伯家の養女になってから数日後、王城に一組の夫婦が訪れた。
それは、チェルシーの貴族名簿上での生みの親、ユーチャリス男爵家の当主バーナードと夫人メディシーナだった。
二人は国王から呼び出しを受けたのだが、その理由を知らない。
バーナードはやましいことをしてきた自覚があるのだろう、うつろな目をしていた。
一方メディシーナは、出来の悪いほうの娘が何か問題を起こして呼び出されたのだと信じて疑っていなかった。
謁見の間へと向かう途中、どこからともなく宰相が現れて、先に娘たちと顔を合わせるよう勧められた。
二人は首を傾げつつも別室へと案内される。
案内したのは、第二騎士団の副長であるマルクスだ。
マルクスは二人を部屋へと案内したあと、何食わぬ顔で中に入り、扉の前に待機した。
部屋の中央にはチェルシーとマーガレットが立っていた。
チェルシーはシンプルなワンピースを、マーガレットは紺色のローブを着ている。
部屋に入って最初に口を開いたのはメディシーナだった。
「あんたが何かやらかしたから、陛下から呼び出されたんでしょう? ホント、出来が悪くて困るわ!」
メディシーナは周囲にいる騎士たちを気にしつつも、チェルシーに向けて不快な表情をした。
チェルシーは下を向き何も言わない。
「それに比べて、マーガレットちゃんは優秀なのね。それ、制御訓練生が着るローブでしょう?」
メディシーナはマーガレットに向かってにっこりと微笑んだ。
マーガレットもまた、にっこりと微笑みを返した。
「ええ、これは制御訓練を受ける者が着るローブですわ。研究員は全員、灰色のローブを着るの」
マーガレットもまた、にっこりと微笑みを返した。
しかし、内心は平静を装うのに必死だった。
なぜなら、マーガレットは今回の両親の呼び出しが自分の行動のせいであるかもしれないと考えていたからだ。
無意識だったとはいえ、マーガレットはチェルシーに攻撃を行ってしまった。
大事には至らなかったとはいえ、捕縛され牢屋に入れられた。
すぐに釈放されたし、普段どおりに制御訓練も行っていたから、たいした問題ではない。
だから、わたくしのせいで呼び出されたわけではない。
そう何度も心の中で繰り返していた。
マーガレットの笑顔に満足したのか、メディシーナはチェルシーに視線を向ける。
「こっちの出来損ないのほうはマーガレットみたいに紺色のローブを着ていないのね。やだわぁ、ここでも落ちこぼれなのね。今すぐに訓練を止めて、魔力を封印してもらいなさい。そうすれば家で今までどおりにすごさせてあげるわ」
メディシーナは冷めた目でそう言い放った。
チェルシーが家に戻り今までどおりにすごす……となると、朝早くに起きて家じゅうの掃除をし、一切褒められることもなく、ムチ打ちなどの体罰を受け、食事を抜かれる生活に戻るということだ。
チェルシーはグッと歯を食いしばると顔を上げた。
「わたしは……二度とあなたたちがいる家には帰りません!」
家に帰っても、生きているだけで罰を受ける生活だ。
誰が帰りたいと思うだろうか。
毒のない薬草の種を願い生み出したことで人の命を救い、特別研究員になったのだ。
さらにサージェント辺境伯家の養女になったのだから、あの家に帰る必要はない。
チェルシーが拒否をすると考えていなかったメディシーナは目を見開いて驚くと、そのまま怒りの形相へと変わった。
「なんてことを言うの! この出来損ないが!」
メディシーナが殴り掛かろうとしたところ、父であるバーナードが止めに入った。
それは意外な行動だったため、チェルシーもマーガレットも止められたメディシーナも驚いていた。
「前にも言ったが、子どもに手をあげるんじゃない」
バーナードはうつろな目をしたまま、メディシーナにそう言った。
そこでふと、チェルシーは思い出した。
父は滅多に……それこそここ三年くらいは家に帰ってなかったようだが、いるときは母から暴力を振るわれることはなかった。
「いやだわ、バーナード。これは、しつけよ? 母の言うことを聞けないのが悪いのよ」
メディシーナはバーナードの手を取り微笑むが、バーナードは首を横に振る。
「あの子は……俺の下級の【鑑定】で見ただけだが、国の特別研究員になったようだ」
「なんですって?」
バーナードの言葉にメディシーナの目が光り輝いた。
「特別研究員って子爵並みの給金がもらえるのでしょう? わかったわ! 家に帰ってこなくていいわ。このままここで働いて、給金をすべて家に入れなさい!」
「お断りします」
チェルシーは即座に断った。
本日、二度目の拒否だ。
メディシーナは鬼の形相になり、叫んだ。
「ふざけないでちょうだい! 今まで育ててやったんだから、恩を返しなさい!」
メディシーナがそう叫んだところへ、ノックの音が響き、部屋にグレンと宰相が入ってきた。
「ユーチャリス男爵夫人の声は廊下まで響き渡っていますよ。しかし、今までさんざん虐げていたのに恩返ししろとは、どう考えたってムリでしょう」
グレンはクスクスと笑いながら、メディシーナを見つめる。
その目は笑っていない。
メディシーナは顔を真っ赤にしてグレンを睨みつける。
「突然現れてなんなのよ!」
「ああ、失礼。俺はグレンアーノルド。名前でわかるかもしれないけど、国王の弟だ」
メディシーナはもともと、アクロイド侯爵の庶子で平民と同じような生活をしていた。
そのため貴族としての知識や常識に疎い。
それでも、現国王が大事にしている王弟グレンアーノルドの存在は知っていた。
「さて、国王がお呼びだ。部屋を移動しようか」
グレンは黒い笑みを浮かべながら、バーナードとメディシーナにそう言った。