23.国王陛下との謁見
なんと……ハズラック公爵様の孫娘さんの命を救ったということで、わたしは国王陛下と謁見することになった。
戴冠式を行うような玉座のある広い場所ではなく、少人数で謁見するための狭い部屋で行うらしい。
一瞬、狭い部屋と聞いてほっとしそうになったけど、むしろ狭い部屋のほうが国王陛下との距離が近いんじゃ……?
畏れ多くてあたふたしそう……。
そんなことを考えていたら、ジーナが見知らぬ女性を連れてきた。
「礼儀作法の講師の方をお呼びいたしました。謁見までの数日間、みっちり練習いたしましょう」
見知らぬ女性……礼儀作法の先生はジーナの言葉ににこやかな笑みで頷いた。
研究・調査はお休みさせてもらって、毎日ずっと礼儀作法の練習……。
そのおかげでとてもキレイなカーテシーができるようになった。
先生にも褒められて嬉しかった。
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謁見の日は半日かけて身ぎれいにされた。
「まるで貴族のご令嬢になったみたい……」
「チェルシー様はもとから貴族のご令嬢ですよ!」
わたしのつぶやきにマーサからつっこみが入った。
話すと崩れてしまうので、なるべく黙っておくことにした。
この日着ていたドレスは、ハズラック公爵家から贈られてきたもの。
薄紫色のとても上品な生地を使ったドレスは瞳の色に近いものだった。
ドレスだけでなく、イヤリングやネックレスなどの宝飾類もすべてセットになっていた。
落としそうで怖かったんだけど、すべてつけなきゃいけないらしくて、我慢した……。
すべての支度が整うと、グレン様が迎えに来てくれた。
「チェルシーは何を着てもかわいいね」
グレン様はそういうと、わたしの手を取ってにっこり微笑んだ。
いつもは子ども扱いされているって思うのに、今、このときだけはそう感じなかった。
だからかな……顔が赤くなってしまった。
わたしは恥ずかしくてずっと下を向いていた。
グレン様は謁見する部屋まで付き添ってくれるらしい。
わたしが緊張しすぎて何もできなくなるんじゃないかって心配して、国王陛下に掛け合ってくれたらしい。
国王陛下に掛け合うことができるって、おかしいよね?
おかしいと思ったけど、今のわたしはさっきからの恥ずかしさが勝って何も聞けなかった。
午後の二の鐘が鳴るころ、謁見するための部屋へと入った。
その部屋は思っていたより広かった。
いつもわたしが使わせてもらっている研究所の一室と同じくらいの広さで、中央奥に豪華だけど落ち着いた雰囲気を感じさせる不思議なイスがある。
あれは国王陛下が座るイスなんだと思う。
国王陛下が入室するという合図があったので、わたしは頭を下げて待っていた。
サクサクとカーペットを歩く音がしたあと、トスッという音がしてイスに腰掛けたのがわかった。
「面を上げよ」
あれ? 打ち合わせでは、ここで宰相様がお声を掛けてくださって、頭をあげるはずなんだけど……真正面から声が聞こえたような。
わたしはゆっくりと頭を上げると、仏頂面をした国王陛下と目が合った。
慌てて、視線だけ下に向ける。
「おまえがチェルシーか」
その一言だけで背筋が凍りそうになる。
心臓がドキドキしてきてなんだか急にフラフラしてくる。
だんだん気が遠くなり始めたところで、グレン様の声が聞こえてきた。
「陛下……ここで【威圧】スキルを使う必要はないかと」
グレン様……思いっきり意見しちゃってるけど、大丈夫なの!?
おそるおそる、グレン様の顔をちらりと覗き見れば、普段と変わらない様子。
部屋に立っている騎士や宰相様を見ると、わたしと同じように気が遠くなりかけたような顔をしている。
「グレンに効くか試してみたんだが、やはりだめか」
国王陛下はグレン様に向けてニヤッとした笑みを浮かべたあと、またもとの仏頂面へと戻った。
するとさっきまでの背筋が凍りそうで気が遠くなるような何かが消え去った。
それから、国王陛下は宰相様へと視線を送った。
ここからは国王陛下は黙ったままで、宰相様から話を聞くことになった。
まずは前国王の弟、ハズラック公爵様の孫娘さんの命を救ったことを褒められた。
もう、めちゃくちゃ褒められた。
恥ずかしいくらい褒められて、顔が赤くなってしまった。
その功績をたたえて、わたしは国の特別研究員になるらしい。
今までと同じようにスキル研究所の隣にある宿舎で暮らせるし、今までとは違って国からすごい金額のお給料が出るんだって。
ただし、特別研究員は男爵家当主相当にあたるから、メイドが増えると言われた。
あとは、わたしが持つスキルの関係で城壁の内側に専用の庭をもらえるらしい。
庭を持つにあたっての注意事項を聞かされた。
話を聞き終えると、三枚の羊皮紙に署名をすることになった。
羊皮紙の内容を確認しようとしたら、宰相様が簡単に教えてくれた。
「一枚目には国の特別研究員になることを承諾するというもの、二枚目には城壁の内側に専用の庭を持つのでさきほど話した注意事項を守るというもの、三枚目にはサージェント辺境伯家の養女になるというものです」
……え? 最後になんて言った!?
わたしは驚いて目を見開いたままになっていたけど、宰相様は気にせず話を続けていく。
「三枚ともここの欄に署名をしてください。一枚目と二枚目は『チェルシー・フォン・サージェント』と、三枚目はお名前だけで結構です」
わたしは横にいるグレン様をゆっくりと見た。
ニヤッとした笑みを浮かべつつ、力強く頷かれた……。
そうだった。
悪い種を生み出さない代わりに、研究員になるか他の貴族の家に養女にしてくれるって話になったんだった。
でも、こんな……国王陛下の前で知らされるなんて、ひどくない!?
なんだかちょっとだけ怒りが湧いてきたら、緊張がどこかへいった。
その勢いで、三枚とも名前を記入する。
震えて書けないと思ってたから、ちょうどよかった……ってことにしておこう。
すべてに記入し終えると宰相様が羊皮紙を国王陛下に渡した。
国王陛下は羊皮紙を受け取ると先ほどとは打って変わって、ニヤッとした笑みを浮かべた。
あれ? なんかグレン様と似ているような?
不思議に思って、国王陛下とグレン様を交互に見ていたら、国王陛下が突然、プッと吹き出した。
「似ていると思ったのであろう?」
わたしはコクリと頷いた。すると、国王陛下の笑みが深くなった。
「グレンは私の年の離れた弟なのだよ」
いきなり養女になったことよりも、グレン様が王弟だってことのほうが驚きだった。
ううん、驚きっていうか、今まで失礼な態度を取ってきたんじゃないかと変な汗が出てきた。
あとできちんと謝ろう……。
グレン様をちらりと見れば、嫌そうな顔で盛大にため息をついていた。
もしかして、知られたくなかったのかな……?
「ああそうだ、先に伝えておこう。近日中に、おまえの……チェルシーの貴族名簿上では産みの親にあたる者たちを呼び出すことになっている。詳しいことはグレンから聞いておけ」
国王陛下はそう言って、宰相様とともに謁見の間を出て行った。
「え……両親が……くる……?」
「大丈夫。チェルシーはもう、サージェント辺境伯家の娘になったから」
グレン様に声を掛けられたけど、家にいたころの怖かった思い出が頭をよぎって、その言葉は右耳から左耳へ素通りしていった。