21.公爵様の願い
グレン様の悪い種を生み出さないという願いをきき、そしてわたしの身の置き場を用意してくれるという話になってから、しばらくの間は何事もなかった。
いつものように午前は魔力を増やすためのお茶会。
魔力量が増えているかの確認をしたり、子猫姿のエレが現れて和やかな時間を過ごした。
午後はトリス様の指示した種を生み出す。
珍しい薬草を生み出すことが多かった。
魔力量が増えたおかげで、二十回までなら種を生み出せるようになった。
あとはときどき成長痛があって、夜中に痛みで苦しんだりしていたけど、ジーナとマーサが交代でマッサージしてくれたおかげでなんとか我慢できた。
お休みの日には、生まれて初めて街に出て買い物をしたし、ダンスの練習もするようになった。
そうやって平和な日々が続いていたある日、白髪交じりのダンディなおじ様とやつれきった顔のおじさんがやってきた。
「初めまして、お嬢さん。私はロードリック・フォン・ハズラック、前国王の弟であり、ハズラック公爵家の当主だ。こっちは薬草学の権威モンロー」
ハズラック公爵様がツンとした表情でそう言った。
横にいるモンローさん……モンロー様がおどおどとした様子だけど軽く頭を下げた。
一緒に入ってきた……というか、連れてきたトリス様が、そそくさとわたしとグレン様のそばに立った。
「あの方は陛下からの紹介状を持って所長のとこにきたっす」
わたしとグレン様にしか聞こえないくらいの音量で、トリス様がそうつぶやいた。
横に立っているグレン様はいつもよりもわたしのそばに立っている。
こんなすごい立場の人と挨拶するのは初めてで緊張してあわあわしてしまった。
とにかく、挨拶を返さないと……。
「ユーチャリス男爵家の娘、チェルシーでございます」
震えながらカーテシーをすると、ハズラック公爵様は厳しい表情でわたしを見た。
きっと、恥ずかしい振る舞いをしてしまったんだろう……。
緊張で今にも倒れそうになっていると、ハズラック公爵様の顔がくしゃくしゃと今にも泣きそうなものに変わった。
「頼む! 孫娘を助けてくれ!!」
ハズラック公爵様はその場で頭を深々と下げた。
前国王の弟で公爵家の当主っていう身分のエライ人が頭を下げるってこれは本当にまずいことだよね!?
隣に立つグレン様と半歩後ろに立つトリス様を見れば、驚いた表情をしていた。
「顔を上げてください。チェルシーが困っています」
グレン様がそういうとハズラック公爵様が頭を上げた。
「まずは話を伺いましょう」
グレン様のおかげでとりあえず、話を聞くことになった。
と言っても、この部屋には三人掛けのソファーが一つしかなかったので、研究所内にある応接室へと移動することになった。
応接室で三人掛けのソファーにグレン様とわたしとトリス様の順番に、一人掛けのソファーにハズラック公爵様、もう一つの一人掛けソファーにモンロー様が座った。
お茶が配られ、メイドが立ち去るのを確認すると、ハズラック公爵様が話し出した。
「実は私の孫娘が病にかかり、余命三カ月という宣告を受けた」
いきなり重たい話で驚いたけど、グレン様は平然とした顔をしていた。
トリス様は魂がどこかに飛んでるように見えなくもない。
ハズラック公爵様の話をまとめるとこういうことらしい。
孫娘の病気を治すには、とある薬草の種がいるのだけれど、入手困難なもの。
現国王に頼んで入手先を斡旋してもらおうとしたら、願った種を生み出せるスキルを持つ者が研究所にいるから、訪ねてみるように言われたと。
藁にも縋る思いでここまできたのだから、なんとかしてその種を生み出してほしい。
「今のところ、チェルシーはどういった種かわからないものは生み出せていない。詳しい資料などはないのだろうか?」
グレン様がわたしの代わりにハズラック公爵様に尋ねた。
すると、ハズラック公爵様の視線が薬草学の権威だというモンロー様へ向いた。
モンロー様は冷や汗をかきつつも話し出した。
「こちらがその薬草の資料でございます」
数枚の紙に薬草の種、芽が出た状態、育った状態などの絵が描かれており、いろいろと注釈が書かれている。
なぜか三年に一度、同じ時期同じ年にしか花が咲かない変わった植物で、幹や葉には薬効成分が一切含まれていない。
三年に一度しか咲かない花が実になり、種となったものだけに効能がある。
しかも、種となり地に落ちてから十日以内で効能が消えるという。
それらの資料をじっと見ていたら、『毒』という文字が見えた。
心臓がビクッと跳ねた気がした。
少し前にグレン様と悪い種は生み出さないという約束をしたばかりなのに……。
「……見ていただいてわかるとおり、この薬草の種は毒にも薬にもなるものなんです。たしかにお嬢様の病気はこの種で治ります。ですが、毒の効果により視力を失い、場合によっては体がしびれ死に至るのです」
「……副作用か」
モンロー様が下を向きつつそう言うと、グレン様が横でぼそりとつぶやいた。
聞きなれない言葉だったから、首を傾げた。
「死ぬ可能性があるということはわかっている。だが、それでも助かる可能性があるというのなら、それに賭けたい。頼む! 孫娘のために、薬草の種を生み出してくれ!」
ハズラック公爵様がまたも深々と頭を下げた。
しかも、ずっと頭を下げたまま、上げようとしない。
死ぬ可能性がある毒だけど薬……これは悪い種なのかな。
どうしていいかわからずに困っていると、トリス様がとても小さな声でぼそりとつぶやいた。
「俺は……毒になる種を作ってほしくないっす」
トリス様の顔を見れば、真剣な表情をしている。
いつもと違うその表情を見て、心配されているんだとわかった。
グレン様の顔を見れば、力強く頷かれた。
トリス様の意見に賛成ということだろう。
でも、ハズラック公爵様は薬草の種を生み出さない限り、頭を上げないし、帰らない気がする。
どうすればいいんだろう……。
困っていたら、窓の外から見える精霊樹がキラッと光った。
そして、子猫姿のエレが庭から歩いてきた。
『先ほどから話を聞いておったが……何を悩んでおる』
子猫姿のエレはわたしの足元でそういうと抱き上げろと言わんばかりに腕を伸ばしてきた。
『チェルシー様であれば、薬草の種など簡単に生み出せるであろう?』
わたしは頷いたあとに首を小さく横に振った。
それから、子猫姿のエレを膝の上に乗せる。
『生み出せるが生み出したくないといったところか。まったく、頭が固い。
子猫姿のエレの言葉に、わたしは目を何度も瞬いた。
そうだよ、願ったとおりの種を生み出すスキルだもん。
エレのいうとおり、毒がない薬草の種を願えばいいだけじゃない!
わたしは子猫姿のエレに向かって何度も頷きながら、背中を撫でた。
『今日は特別に腹も撫でるがいい』
もちろん、お腹も撫でた。
「わかりました。種を生み出します」
わたしがはっきりそう告げるとハズラック公爵様は頭を上げた。
こうしてわたしは毒のない薬草の種を生み出して、ハズラック公爵様に渡した。
+++
それから数日後のこと。
「ああそうだ、伝えておくよう頼まれていたことがあってね」
午後の種を生み出す時間に、グレン様が唐突にそう言った。
「ハズラック公爵のところの孫娘だけど、薬草の種を与えたところ、副作用……目が見えなくなることも体がしびれることもなく、とても元気になったそうだ」
「本当ですか! よかった……」
あのとき、たしかに毒のない種を願ったけど、もしかしたら、薬にもならない種を生み出した可能性があった。
だから、どうなったのかずっと気になっていた。
「あれって、毒のある種だったんじゃないんすか?」
「ううん、エレが『毒のない薬草の種を願えばいい』って教えてくれたの」
「なるほど! すごいっすね!」
トリス様は手放しに喜んでくれた。
わたしたちの話を聞いていたようで、精霊樹がキラッと輝いて子猫姿のエレが現れた。
『ふふん! 我を敬うがいい!』
子猫姿のエレが立ち上がって胸を張っている姿は見ていて微笑ましい。
「エレのおかげだよ! ありがとう!」
わたしがお礼を言うとなぜか急にエレがしゃがみ込んで両手で顔を覆い始めた。
どうしたんだろう?
「まさか、照れてるっすか!?」
トリス様がニヤッとした笑みを浮かべてそう言うと、子猫姿のエレが突進した。
でも、すぐに掴まって、手出しができなくなっている。
『わ、我は精霊だぞ! 敬え!』
声も上ずっているし、本当に照れているのかもしれない。
トリス様の腕をひっかいている子猫姿のエレがとてもかわいかった。
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