▼行間 ▼メニューバー
ブックマーク登録する場合はログインしてください。
二度と家には帰りません!~虐げられていたのに恩返ししろとかムリだから~【Web版】 作者:みりぐらむ

第一章

21/62

20.バラ園でお茶会

 今日は研究所のお休みの日。

 前回のお休みのときも思ったけど、何をしてすごせばいいんだろう?

 ジーナにそう尋ねていたところへ、ちょうどグレン様の使いの者が現れた。


 どうやら、午後一緒にお茶をしないか? っていうお誘いらしい。

 したいこともすべきこともないので、喜んでお受けしますと答えたら、ジーナがにっこりと微笑んだ。


「では、午前中はチェルシー様を磨き上げる時間にいたしましょう」


 こういうときのジーナには逆らってはいけない。

 わたしはコクリと頷いた。


 気づいたら、ジーナとマーサ、それから応援に駆けつけたという見知らぬメイドたちに囲まれていた。

 そして、六人がかりでわたしを徹底的にキレイにした。

 体の汚れを落とすという意味でもあるし、着飾るという意味でもある。


 お風呂に入ったりマッサージをされたり、髪を結われたりドレスを着たりお化粧をしたり……。

 途中でチョコレートや一口サイズのサンドイッチなどを、口に入れられたのでお腹はあまりすいていない。

 言われるがままされるがまま時間が過ぎていき、午後になった。



 午後の一の鐘が鳴ったあと、グレン様が部屋まで迎えにきてくれた。


 グレン様はわたしの姿を見て、一瞬驚いたような表情をしていた。

 何かおかしなところがあったのかと確認してみたけど、よくわからない。

 ジーナが選んだ春色のドレスには、真珠という海の宝石を使った小花があしらわれていた。


「とても似合っているよ。庭を散策したあとにお茶にしよう」


 グレン様は優しく微笑むと、わたしの手を引いて歩き出した。


 研究所の宿舎からどんどん北へ進み、以前、マルクス様と訪れた大庭園にたどり着いた。

 グレン様はそこで立ち止まらずにさらに北へと進んでいく。


 あれ? 大庭園の中央から北側は結界が張られていて、許された人しか入れないんじゃ?

 このまま歩いていたら見えない壁にぶつかるのではないか? と思っていたけど、すんなり通りすぎたらしい。

 もうここは大庭園の北側の端っこだから、間違いない。

 どうしてすんなり通れたんだろう?

 よくわからないまま、大庭園の脇にある小道をとおって、小さなアーチをくぐった。


「うわぁ……きれい」


 アーチの先には色鮮やかなバラがたくさんあった。ここはバラ園らしい。


「ここはヒミツの場所だから、他の人には言ってはダメだよ」


 グレン様は人差し指を口元に当てながら笑った。

 わたしはなんだか夢のような気分になって、何度もコクコクと頷いた。


 しばらくいろいろな種類のバラを堪能した。

 赤やピンク、白に黄色、オレンジに紫、一つの花に二色あったり、花びらの枚数がたくさんあったりと見ていて飽きない。


 バラ園を進んでいくと、丸い屋根をした東屋が見えた。


「あの東屋にお茶の用意がしてあるんだ。行こう」


 グレン様はそう言って、ゆっくりと進んでいく。

 そういえば、部屋を出てからずっと手をつないだままなんだけど、迷子になると思われているのかな……?

 見た目は背が低くて小さな子どもに見えるかもしれないけど、もう十二歳だからちゃんと歩けるんだって伝えるべきかな。


 なんてことを考えているうちに東屋についた。

 中には少し年老いたメイドがいて、にっこりと微笑んでくれた。


 ゆっくりと中に入ると、中央には丸いテーブルがあり、それを半周だけ囲うように円を描いたベンチが設置されていた。

 ベンチには大きなクッションがいくつも置いてある。


 グレン様にすすめられるまま、ベンチの真ん中あたりに腰を掛けると、メイドが動き出した。

 テーブルの上にあたたかな紅茶が用意される。


「ありがとうございます」


 メイドにお礼を言ったら、さっきよりも優しく微笑まれた。


「いろいろ話したいことがあるんだけど、その前に食べようか」


 グレン様がそう言ってくれたので、わたしはマナーを気にしながらケーキをいただく。

 ふわふわのスポンジに甘さ控えめなクリーム、上に乗っているイチゴがアクセントになっていておいしい。

 いつものように一口サイズなのが助かる。


「チェルシーはだいぶ食べられるようになったね。この調子で魔力量を増やしていこう」


 口の中にケーキが入っていたため、頷いておいた。


 家にいたころには考えられなかったような生活をさせてもらっている。

 メイドがいて、一日中お世話をしてもらっている。

 勉強も好きなだけできるし、おいしい食事も食べさせてもらえる。

 夜はふかふかのベッドで眠れる。


 ……ときどき夢なんじゃないかって思って、飛び起きたりしている。


 今は要人扱いでも、いつか、研究・調査が終わったら家に帰されるのだろう。

 家に帰ったら、前と同じように食事を抜かれたり、罰としてムチ打ちされるような生活に戻るのだろうか。


 考えないようにしていたことを思い出して、首を横に振った。


「どうかしたのか?」


 そういえば一人じゃなかった!

 首を横に振っていたのを見られていたようで、グレン様からそう声を掛けられた。


「いえ、なんでもないです」


 グレン様はしばらく口元に手を当てて考えているような態度をしたあと言った。


「そうか……そろそろ、こちらの話を聞いてもらってもいいだろうか?」

「は、はい」


 わたしはグレン様の言葉に背筋をビシッと伸ばした。

 いったいどんな話を聞かされるんだろう。

 怒られるのかな?

 ビクビクしていたら、グレン様がメイドを下がらせた。


「メイドには聞こえない位置に下がらせたが、見える位置にはいる。若い男女が二人っきりというのは問題視されるからね。許してほしい」


 たしかに普段の魔力の勉強会……という名の魔力量を増やすためのお茶会のときも、ジーナかマーサが必ずついている。

 そう言う意味だったのかと初めて知った。


「チェルシーのスキルのことなんだけどね」


 グレン様はわたしの顔を覗き込みながら言った。


「願ったとおりの種を生み出すスキル、これでこの間、精霊樹の種を生み出しただろう?」

「はい」

「今後もトリスからいろいろな種を生み出すよう言われると思う。もしかしたら、他の研究員や貴族からも。だけど、これからは種を生み出すときに、少しだけ考えてほしいんだ」


 グレン様はそこで区切ると紅茶を一口飲んだ。


「チェルシーは願えば、どんな種でも生み出すことができる。それは人を殺めるための種も生み出せるんだ」

「……毒草の種ですか?」

「ああ」


 図鑑を見ていたときから、それは考えていた。

 もしかしたら、願えば毒草の種を生み出せるんじゃないかって。


「きっと、チェルシーが願えば、毒を噴き出し続ける種だって生み出せる。簡単に人を殺す種を生み出せる。下手すれば、国どころか世界だって滅ぼせる」

「わたしはそんなこと……」

「もし、研究・調査が終わって、元の家に戻ったとしても、生み出さないって言える?」


 わたしはグレン様の言葉に目を見開いた。

 今はいい。幸せな生活を送らさせてもらっている。

 でも、未来はわからない。


「あの家に帰ったとき、わたしは……わたしは……」


 言葉が続かなかった。

 気がついたら、両手をぎゅっと強く握りしめていて、爪が食い込んでいた。


「俺は今日、チェルシーに話をしたかったんじゃないんだ。お願いしたかったんだ」


 きっと研究・調査が終わったら、魔力を封印してくれっていうお願いに違いない。

 封印してしまえば、悪い種を生み出す心配がなくなるから……。


 わたしはグレン様の真剣な顔を見ていられなくて下を向いた。


「お願いだ、これからずっと悪い種は生み出さないでほしい」


 ……思っていたことと違う言葉が聞こえてくる。


「そのためにね、研究・調査が終わったあとこのままここで研究員になるか、もしくはチェルシーを大事にしてくれる他の貴族の家に養女になるよう手続きをしたいんだ。どうかな?」


 わたしはがばっと頭を上げて、グレン様を見た。

 グレン様は優しく微笑んでいる。


「魔力を封印するんじゃないんですか?」

「どうしてそんなことしなくてはならないのかな? 今まで一度も悪い種を生み出していないし、これからも生み出さないのであれば、封印なんて必要ないよ」


 そう言われてみればそうかもしれない。


 ずっと考えないようにしていたことに答えが出るんじゃないかと思ったところで、ふっと両親を思い出した。


「両親は納得するでしょうか?」

「それはこっちでなんとかするから大丈夫。チェルシーはどんと構えていればいいよ。じゃあ、答えを聞いてもいいかな?」

「よろしくお願いします」


 わたしはその場でグレン様に深々と頭を下げた。

  • ブックマークに追加
ブックマーク登録する場合はログインしてください。
ポイントを入れて作者を応援しましょう!
評価をするにはログインしてください。
にどかえ1巻表紙 にどかえ2巻表紙 にどかえコミック1巻表紙

感想を書く場合はログインしてください。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。