19.グレンの考え
普段よりは長めです
「違うの! わたくしはこんなことするつもりはなかったの!」
そう叫びながら去っていくチェルシーの妹、マーガレットを俺はずっと睨みつけていた。
正しくは【転生者】スキルに含まれている【鑑定】もどきを使ってステータスを確認していた。
俺の【鑑定】もどきはとても優秀なので、たっぷりと魔力を込めれば、非表示のものや偽った情報まで読み解くことができる。
魔力の消費が激しすぎて、一日一回しか使えないが今は使うべきときだ。
マーガレットは思っていた以上にステータスを隠していた。
いや、
もともと、【鑑定】スキルで表示するステータスというものは、本人が隠そうと思えば、非表示にすることができる。
しかし、偽ることはできない。
ただときどき、事実とは異なった表示……偽った情報になるものがいる。
それは周囲の人間によって思い込まされた場合にのみ起こる。
たとえば、生まれた日がわからない子どもがいたとしよう。
周囲の人間が、これから今日があなたの生まれた日だと言い、本人がそう自覚した場合、実際に生まれた日ではなく、周囲の人間が言った『今日』が生まれた日としてステータスに表示される。
これを見破る方法は、最上級の鑑定師が魔力を使いすぎて倒れる覚悟で鑑定する以外にない。
俺ですら、一日一回という制限があるほどなので、普通に生活している限りバレることはない。
そうやって鑑定したマーガレットのステータスには、双子であるはずのチェルシーとは
さて……先ほどのマーガレットの行動は、本人に問題があると断言できる。
だが、ステータスが事実と異なるというのは周囲の人間に問題があるということだ。
周囲の人間……か。
たしか、チェルシーを虐げていたのは主に母だったか……。
その母のステータスには『双子の母』という表示があったと鑑定師のイッシェルが言っていたな。
母親も双子だと思い込まされているのだろう。
では、誰がそう思い込ませたのだろうか?
……そんなもの父親であるユーチャリス男爵本人だろう。
俺はそう当たりをつけると、チェルシーを宿舎の部屋へ送り、居城にいるであろう実の兄の元へと向かった。
+++
城壁の内側、一番北にある王族が住まう居城を歩いていた。
目指すは実の兄である国王がいる執務室だ。
木のぬくもりを感じるような扉を軽く叩く。
しばらくすると入室の許可が下りた。
ぱっと見、国王の執務室の扉とは思えないその扉を開き、さっと中に入った。
「グレンじゃないか! ここへ来るのは久しぶりだな」
「陛下におかれましては……」
「ここでは兄と呼ぶように言っているだろうが。やり直し!」
「兄上が元気そうでよかったです」
実は俺は国王である兄上がそんなに得意ではない。
国王としての器は大きく、治世に不安もない。平和な世を保ちつつ国をよりよい方向へ導いている方なのでとても尊敬している。
では、どこが得意ではないのかというと……。
「うんうん、グレンはそうでなくてはな! 生まれたときから今もずっと可愛いお前に陛下と呼ばれると仕事を放棄したくなるから、ここでは絶対、兄と呼べよ!」
俺のことを子どものようにいまだに可愛いなどと言ってくるからだ。
これでも俺は十八歳、この世界では成人と言われる年齢だ。
こんな歳になってまで可愛いと言われて喜べる男がどこにいるだろうか。
ついでに言えば、俺が兄と呼ばないだけで、仕事を放棄するなど言わないでくれ。
兄弟愛が重すぎるだろう!
「それで、グレンがここまで来るってことは何かあるんだろう? 聞いてやるから、そこに座れ」
俺は兄に言われるがままソファーに座った。
兄も同じように向かいのソファーに座る。
「前に話した新種のスキル持ちの子のことなんだけど……」
砕けた口調でそう話し始めた。
「彼女のスキルはまだ調査中だけど、国を豊かにするのにとても役立つものだと俺は確信している」
「ふむ」
「失ったら大損だと思えるほどのスキル持ちなんだけど、彼女はここへ来る前、家にいたころ虐待を受けていたようなんだ」
俺の言葉に兄の眉がピクリと動いた。
「しかも、双子として生まれたのに姉は虐待を受けて育ち、妹は大事にされて育ったっていうんだ」
「それは何やらきな臭い話だな」
「そして、先ほど、制御訓練として一緒にここへ来ている妹に彼女は攻撃を受けた。もちろん、俺とトリスが防いだから何事も起きてない」
「トリス? ああ、トリスターノ・フォン・フォリムか。三種類のスキルを持つフォリム侯爵家の息子だったな」
兄の言葉に俺は頷く。
実はああ見えてトリスは、兄が覚えているほどの人物だったりするが、今は置いておく。
「妹はすでに拘束されて騎士に連行された。その際に、しっかりと鑑定したんだけど……」
そこからは俺が鑑定した結果を伝えた。
「グレンが出した鑑定結果であれば、疑いようもないな」
兄はそう言ったあとニヤリと笑った。
「そんな報告のためにここへ来たわけではないんだろう?」
俺も兄に合わせてニヤリと笑った。
「もちろん。妹は無罪放免にして泳がせて、このまま両親を呼び出そうかと思うんだけど、いいかな? 兄上」
「よかろう。この件は男爵家以外の者も絡んでいそうだからな。グレンの思うとおりにやるがいい」
「ありがとうございます!」
俺は兄の……国王のお墨付きをもらったことでこれから行うべきことを思い浮かべていた。
「退出の前にグレンにはひとつ聞いておかねばならん」
「何でしょうか?」
退出する気満々だったので、口調が元に戻っていた。
兄はそれに対して何も言わずに、真剣な表情になった。
「お前はどうしてそこまでその娘……チェルシーと言ったか、それに気を掛けるのか?」
「それは……」
俺はなぜか兄の問いに口ごもってしまった。
「虐待を受けていた哀れな娘だからか? 新種のスキルを持った貴重な存在だからか? それともそれ以外にも気に掛ける理由があるのか?」
兄はそこまでいうとニヤリと笑った。
虐待を受けている娘だと聞いたとき同情した。
初めて顔を合わせたとき、他の同じ年齢の者よりも背が低く痩せこけていた。
心の底から憐れんだ。
種を生み出すスキルを見たとき、可能性に期待を膨らませた。
だから気に掛けていた。
……それ以外にも気に掛ける理由があるのだろうか?
「ふむ、面白いな。答えはまた今度でいいぞ」
俺が悩んでいるうちに、兄から部屋を追い出された。
+++
休日の朝から、俺は悶々としていた。
昨日、兄に聞かれた言葉の答えが見つからない。
部屋をウロウロしたりソファーに座ったりと奇行を繰り返したあと、引き出しからカギつきの手帳を取り出したことで答えを見出した。
俺がチェルシーを気に掛ける理由は、国を滅ぼしかねない存在だからだ。
兄には国を豊かにする存在だとか失ったら大損だと思えるほどのスキルの持ち主だと言ったが、チェルシーの考え方ひとつで国を滅ぼすことができる。
そんな者を放っておくわけがないじゃないか。
俺はそう結論づけると、手帳を開いた。
精霊樹を生み出したことで、精霊が現れたこともきっちりと日本語で書き加えた。
チェルシーの性格や行動を見る限り、彼女は悪い人間ではないようだ。
むしろ、虐待されていたわりには明るい性格をしている。
なんでも柔軟に受け入れる心の広さも持っているようだ。
ただひとつ気になるのはチェルシーを虐待していた家族のことだ。
彼らの妨害により、チェルシーが悪い種を生み出してしまう可能性もゼロではない。
となるとやはり、早急にすすめるべきは、彼らをつぶすことだが……。
兄にも話したとおり、チェルシーの妹を泳がせておいて一族郎党皆殺しとまではいかないが、きっちりと罰を下すべきだろう。
……いっそのこと、チェルシーをこちら側に引き込めばいいのではないだろうか?
引き込む方法としては、信頼できる貴族家への養女、もしくは研究員になり自立するという手もある。
そうすれば、男爵家に戻る必要もなくなる。
そうだな、チェルシーに事情を説明するほうが良いだろう。
善は急げ、だな。
そうして、俺は休日の午後、チェルシーとお茶をする約束を取り付けた。
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