魔王の残したもの1
そーいうところだと思います、お父様。
案の定、指輪はあっさりアルベルティーナの指に収まった。
アルベルティーナは「お父様の瞳のような色ね」と微笑んでいた。
音もなくアルベルティーナの華奢な指に合わせて変わった指輪を、彼女はするりと引き抜いた。
「ラティッチェをお願いね」
当たり前のようにキシュタリアの指にはめ直された指輪は、今度は先日のやり取りなどなかったようにあっさり通る。そして今度はキシュタリアのサイズに収まった。
アルベルティーナは『当主の指輪』をキシュタリアに嵌めたというのに、にこにことしている。
分家の連中が危険を冒して探そうとしたもの。血涙を流し歯ぎしりするほど欲しがっていた指輪だ。
「キシュタリアの瞳ともお揃いね。とても似合うわ」
「そっかぁ……そーいう仕掛けかぁ」
「どうかしまして?」
王都につく間、解呪できないか色々やったけどびくともしなかった鉄壁の魔法だった。
そしてやはりというかアルベルティーナ限定縛りがあった。
ラティッチェの血族限定か、それともグレイル特製の愛娘宛かは解らない。だが、キシュタリアの直感が後者と断言している。
首を傾げるアルベルティーナの頭を撫で、そのまま一房を弄びながらキシュタリアは苦笑する。
「ううん、父様はぶれないなぁって。そうだ、この肖像画が父様の部屋にあったんだ。
いくつか部屋が入れるようになったから……これならいつでも会えるでしょ?」
「肖像画? 嬉しい、お父様もお母様もキシュタリアもいる……でもこれ……いつ描いたのかしら?」
キシュタリアが髪に触れやすいようにぴたりと寄り添うアルベルティーナ。
ふわりと鼻孔をくすぐる芳しい香りと共に腕にとても柔らかい何かが当たっている。
いつもならもの言いたげな視線が刺さるが、とても機嫌のよさそうなアルベルティーナに周りは何も言わない。先日、キシュタリアがヴァンを摘まみだしたこともあるのだろう。
家族四人が並んで描かれた肖像画を見るアルベルティーナの目は穏やかだ。
「さあ? お父様が描かせるくらいだから、信用できる人でしょ」
腕を払うどころか、空いている手であやす様にアルベルティーナの髪や頬に触れる。
少し離れた場所でベラをはじめとするメイドと護衛が微妙な顔をしながら、アンナに目配せをする。
二人のすぐそばにいるアンナはいつものことなので無言で首を振る。
これくらい序の口だ。ラティッチェ邸であれば膝に乗るくらいにべたついたあげく額や頬にキスを落とすことすらあるアルベルティーナの義弟様である。
グレイルもアルベルティーナ限定でスキンシップが多い父親だったし、親愛のキスも多かった。ラティーヌもハグや親愛のキスをすることが多かった。
アルベルティーナにとってラティッチェ公爵邸で過ごした『家族』に対する信用・信頼度は高い。
よって、アルベルティーナのキシュタリアに対する御触り判定はかなりガバガバだ。
異性を意識させるのは怖がるが、この程度は日常範囲。キシュタリアにはさらに判定がザルである。
キシュタリアがそっとアルベルティーナの耳に唇を寄せる。
「あのね、アルベルティーナ。実はセバスが失踪したんだ」
「え……」
「しっ、まだ死んだとは分かっていない。乗っていた馬車が崖下に落ちていた。馬や御者らしき人は死んだらしいけど獣に襲われてはっきりとはしていない。まだ捜索中だよ」
内緒だよ、と唇にとんと指を乗せる。
揺れるサンディスグリーンの瞳が心情を表していた。
「そ、そうなの……セバスが」
「あと元老会には気を付けて。父様からの伝言」
それだけ囁くと手櫛でアルベルティーナの髪を直したキシュタリアは、体を離す。
話はまだあった。
「僕にも出兵の話が来ている」
「どうして!? 貴方は次期当主よ!?」
「だからじゃない。品定めと篩い落としだよ。まあ、他もお声は掛かっているだろうけどね。渋るより先に叩いた方がよさそうな戦況だから、いってくる」
「ピクニックじゃないのよ!?」
ぶっちゃけグレイルの地獄の扱きに比べれば、たいていがピクニックだ。キシュタリアはグレイルの『後継者』として育てられた。名前だけを継げばいい後釜ではない。
本気で心配しているアルベルティーナを落ち着かせようと頭を撫でる。
魔力が不安定のためあまり感情を揺らしてはいけないと言われている。
また、繊細なアルベルティーナが心因性の理由で寝込む可能性は十分あった、
「僕はこの指輪に恥じないようにしなきゃならないから。
ラティッチェ公爵は実力主義だった。その部下も、そういう考え方が多い。
僕がこれで仕えるに値する人間だって証明できれば、かなり動きやすくなるんだよ」
アルベルティーナには内緒だが、遠征先がちょうどラティッチェ霊廟に近い場所にある。
上手く魔法を使って移動すれば、そっと抜け出してセバスが失踪した場所、そして霊廟自体を見に行けるのだ。
アルベルティーナは胸の前で震える手を握り、不安そうな顔を拭い去り何とか切り替えて頷いた。
泣いてしまうかと思ったキシュタリアは、やはりアルベルティーナを変えさせた原因を気にせずにはいられなかった。
宮殿から出るとき、遠くで憎々しげな顔をしたマクシミリアン侯爵が視界の隅をかすめた。
恐らく、アルベルティーナに謹慎を解いてもらおうと嘆願しに来たのだろう。アルベルティーナにとっては脅迫に等しいことは想像に難くない。
だが、上手く行かないだろう。あの場所にはすっかり神経を尖らせたフォルトゥナ公爵が居着いている。
すっかり頭に血が上りどす黒く顔をそめたオーエン・フォン・マクシミリアンはアルベルティーナのようなか弱い外見の女性や弱者には居丈高だが、真逆と言えるガンダルフのような屈強と頑強を混ぜ合わせて圧縮して固めたような人間に極めて弱い。
恐らく目が合っただけでしおしおになって尻尾を撒いて逃げるだろう。
クリフトフやパトリシアにもやりこまれていると聞く。
だが、オーエンが縋れるような身分の高い人間などアルベルティーナだけ。相当歯ぎしりして怒り狂っているのは想像できた。
キシュタリアは王宮図書室で調べ物をした。例の『血繋ぎの儀』についてだ。
だが、それらしい儀式や祭典は歴史書にない。魔法書の類にも出てこない。全てを調べていたらきりがない。
キシュタリアの足はゼファールの執務室に向かっていた。
確認したいことがあったのだ。正直、二度と会いたくない人だ。悪い人ではない。むしろ善人と言えるし、言動を鑑みれば充分味方と言えるような立場の人だ。
恐らく、彼が反旗を振りかざしラティッチェを取りにかかったら相当苦戦を強いられたはずだ。
常にその辺ブレない人です。
読んでいただきありがとうございました。
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