「……もう、あの人ったらまた……」 日が上がり始めてから暫く経った頃、一人の女性が尻尾を振りながら呟いた。宿舎の階段を降り、廊下を歩くその姿は音こそ立てはないがやや急ぎ足だ。柔らかな毛並みを揺らし、目的の部屋に辿り付くと、そこでは小さな音が流れ出していた。 (……こいつに対しては、まずは両腕から破壊して……よし、右腕を潰した。ならば後は一旦距離を取って……) 『乱入者が現れました』 危険を知らせる電子音が機械から流れ出した事で、機械の持ち主は前よりも指を早く動かしながら、機械に付けられたボタンを動かし始めた。その操作に合わせて、電子音も激しさを増していく。 (モンスターが二体に増えたなら、もっと慎重にしないと……今は片方を追っ払うすべが無いし……うわ、相手が殴り合うんじゃなくてこっちに向かってきた……ここは回避に徹して……グラフィックよりも気持ち当たり判定大きいの忘れてた。もうここはとにかく逃げるしかない、このままじゃやられちゃう、遠距離攻撃が来るけど、これは回避を取れば普通によけ……あっ……) 必死にボタンを動かしていたのが、皮肉にも死因になってしまった。ボタンを動かす手に汗が溜まり、入力操作をミスしてしまった事で、遠距離攻撃がそのまま当たってしまったのだった。口を開ける持ち主に、徐々に曇っていく画面内の青空と敗北を知らせるBGMが叩きつけられる。 「……今日はダメだったか……」 そう思いながら彼女は正座を解き、機械の電源を切った。すると自身の住む部屋の扉を、誰かが叩いている事に気がついた。 「センリさん! うるさいですよ! その『げぇむき』とかいうヘンテコな機械で暇をつぶすのを止めてください! 」 隣の部屋に入っている住民が、自身の数少ない楽しみに苦言を呈しているのを耳にし、センリは仕方ないと思いながら立ち上がった。そしてやや散らかった部屋の物を避けながら、扉へと向かっていく。部屋の鏡には余りにも淡白過ぎる地味なパジャマ姿が映ったが、気に止める事はない。彼女は扉に手をかけると、そっと顔が出る程度にドアを開けた。 「何ですか、シェルン?これ位の音なら、許してくれても……」 ドアの先には、インナーを着た犬の様な顔をした女性が立っていた。服の下には手足の先まで柔らかそうな毛に覆われた肌が見え隠れする。 「もう! 私の耳を知っててそれを言える? この耳は音に敏感だって話したじゃない! 何度も言わせないでよ」 シェルンは動物の様な長い顔に付いている耳を呆れた様にたらしながら、キツイまなざしを向けながら抗議した。体の方を見ても、毛が逆立っており、嫌なのだと言う事は分かる。が、センリは彼女が夜に遠吠えの様な声で叫ぶ事があるのを思い出した。 それに周囲の住民は彼女の事でも自分の事でも、騒音で怒る者はいない。その為どうしても彼女が他人に神経質過ぎる様に見えてしまった。センリがその事について触れようとしたその時…… 「センリ、また君はゲームばかりしているのか?」 突然男の声が飛んできたので、センリとシェルンは通路を振り返った。そこにはセンリよりも二回り程大きな背丈のやや細身の男が、半透明な姿な姿で口元に笑みを浮かべていた。 「まぁ! アールセイムさん、どうしたんですか?」 「いや、ちょっと彼女に話した方がいい案件が来たんでな……」 「何があったの。私、今日休みだし、ゆっくりしたいんだけど」 尻尾をピンとするシェルンに対し、センリは食いつく様に仕事仲間に対して返答した。休みの日に出勤せざるを得ない時はあるが、こんな時間にいきなり頼む事は無い。ならば何かある筈だ。センリがそう思っていると、アールセイムは静かに語り始めた 「君と同じ世界の人が来たかもしれない……としても、休むの?」 思いも寄らない言葉を聞き、センリは目の色を変えた。ドアの後ろからアールセイムを見つめるのをやめ、扉の外に出て彼の正面へ堂々と姿を現した。地味すぎるパジャマ姿のままなので、アールセイムとシェルンは何とも言えない雰囲気をかもし出したが、彼女はお構いなしと言わんばかりに質問を始めた。 「……本当に私と同じ世界の人? たまたま似ていた別の種族……って事はないわよね?」 「性別や一部の特徴は君と違うから断定はできないが……それを考慮しても似てるのは事実だ。この写真を見てくれ」 アールセイムはそう言うと、半透明な服のポケットから1枚のカラー写真を取り出した。それは取り出した本人と同じく透明がかっているものの、角も尻尾もない青年が疲れた様子で写し出されている事は、容易に見て取れた。 センリが更に近付いてよく見てみるとやや茶色がかった髪の毛に、薄い肌の色、青い瞳である事も分かった。彼女は地球にいる人間でも同じ身体的特徴が起こりえる事や骨格の構造から、彼が久しく見ない同族であると悟った。 「身長はどれ位の大きさなの? 異常にデカいとかないわよね?」 「それに関しては俺よりも少し背が低い程度だな。これから局で彼から事情を聞くんだが……どうする?」 「……行くわ。少し待ってて。すぐ向うから」 「んじゃ、待ってる」 センリの返事を聞いたアールセイムの影は、シェルンに少しお辞儀をした後、どんどん透明になっていき、やがて空に消えた。それを見届けた後、彼を投影していた足元の紙をセンリは拾い、丁寧に折りたたんだ。 「その写し手紙、そんなに重要……?」 「うん、下手したら私の人生に関わる事よ。行くしかないわ」 先ほどよりも少しだけ元気そうに話しながら、部屋へ戻ろうとするセンリだったが、遠慮しながらもシェルンは言葉を続けた。 「それは大変だけど……貴方、もう少しパジャマを別の物にしたら? 幾らなんでも地味すぎる上に、ボロボロよ」 相手の指摘に、思わずセンリの足が止まる。確かに今着ているパジャマは擦り切れているし、色合いも良くは無い。しかし彼女には今パジャマよりも必要な物が山ほどあった。 「……お金がないのよ。それにシェルン、貴方もその服装はどうなの? ボディラインがくっきりしてる」 「こ……これは、私の種族が毛皮に覆われてるから許されるのよ。貴方、もう少しこの世界に馴染んだら?」 シェルンはそう言って反論したが、センリは適当な返事をしながら、自分の部屋にそそくさと戻ってしまった。
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