転移保護局員 センリは地球に帰りたい

序章

口の中に苦々しい砂が入っていくのを感じながら、何も出来ないと青年は思った。薄暗い夜空に冷やされた砂が、自身の血によって湿る感触が嫌でも感じ取れる。しかしそんな事よりも、彼にとっては自身の傍で妹が襲われている事が、何よりも耐えがたかった。 「兄さん! しっかりして!」  若い女性が悲痛な声を上げる。容赦なく吹き付ける砂漠の風に、彼女の羽織った灰色のコートがバタバタと音を立てていた。黒いブーツが砂に沈み、バランスを崩しかけた女性だったが、それでもこちらに向かってこようと足を動かしていた。 「そんなのはほっとけ! お前はこっちに来るんだ! 」  荒々しい声と同時に、彼女の茶色の髪の毛が後ろから引っ張られた。紙を掴んだのは、いかにも荒くれ者といった風防の男だった。 「ちょっと! 離して!」 「おっ、こいつは中々威勢がいい。この世界には見ない人種だぜ」  若い女性は抵抗して声を上げる。しかしそれ以上に多くの男達の声が響き、彼女の声を掻き消していった。彼らの体は一見地球の人間と同じ様につの頭に対の手足を持っている。しかしその体からは関節部から角が生えており、地球の人間と似て非なる姿をした者しかいない。  そばでは彼女を守ろうとする猫が唸り声を上げながら男達に飛び掛がった。が、彼らは猫を楽々と捕まえた。そして陽気そうに笑いながら、猫を袋の中に入れ、彼女が持っていたかばんの中身を見始めていた。 「そ、それは駄目よ、それがないと……」 「お、なんか大変そうだな。どうする? 」 「んなもん関係ねぇ、例えそれが本当だとしても売れりゃその後死のうが俺達には無関係さ」 「それもそうだな! そこに蹲っている奴を処理して黙らせるか」 「生きていたらこいつも売るか!」 「や、やめて……それだけは……」  何が起こるか察した彼女は、声を震えさせながらそれを止めるように懇願した。しかし男達はそんな言葉を全く気にする事無く、砂に埋もれた青年を拾い上げた。そして断崖絶壁の崖まで無抵抗な彼を運び、両足を強引に掴んで持ち上げた。 「兄さん!」  彼女はどうにか抵抗しよう必死でともがく。しかし盗賊達に捕まれていては、どうしようもなかった。風の音が響く中でも彼女の言葉にならない声が、青年の耳に届く。だがその次の瞬間、青年は自分を掴んでいた手が離れ、風の中に落ちていくのを感じとった。 (……このまま死ぬのか……俺は……)  確実に近付いてくる死の影。しかし少年はそれを半ば諦めながら受け止めた。そしてそれに呼応するかの様に徐々に意識を闇の中へと落としていく。  彼の名はジョージ・サンガ。    二五歳の英国紳士で、二つ下の妹と共に、家を離れがちな両親に代わり、先祖代々から続く歴史ある家を守ってきた。仕事も通い始めたばかりだが、上司からの評判はよく、知り合いや近所付き合いも上手い、正に順風万帆な人生だった。  しかし彼はこの砂漠で、大空に舞う怪鳥の鳴き声を聞きながら、全て奪われていくしかなかった。地球での出来事は、この世界では何も役には立たなかったのだ。

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