輝ける場所へ

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輝ける場所へ

 暑い暑い夏でも、夜の時間は比較的涼しい。 昼の間はあれだけ五月蠅かった蝉たちも鳴き止んで、逆に人が活気づく。 まるで光に集まるかの様に人々はそこに集まってくる。 「あ…」 「惜しかったね~次は上手くいくよ!」  射的で物を射止めなれなかった子供に、私は親しげに声を掛けた。 少年は親に連れられてとぼとぼと帰っていくが、私は笑顔を忘れない。 私はこういう光輝く場所が好きだ。 昔から声や愛嬌には自信があってこうした仕事が大好きだ。 自分の笑顔や声で誰かを楽しませる、そういう仕事が、天職だと思っていた。 「お、佐藤じゃん」 その声に、背筋がひんやりとした。 「…久しぶり。蓮人」 「俺もやらせてよ」 そういいながら、私は元カレからお金を受け取った。 「どうよ最近。声優の方」 「ボチボチよ」 「本当か?まだ辿り着いてない気がするけど」 「……酷いわね。コレでも毎月稼いでるわ」 彼の言い草に、私は少し目を背けながら言い訳した。 「……まだ間に合うんだから、もう少しお前のやりたい方向に狙いを定めなよ」 「してるわよ!」 「気分的にはそうかもしれんけど…夢を目標(マト)にしていく位じゃないと……!」 彼がそう言いながら撃つと、景品が落ちる音がした。 「お、ラッキー!」 「……気が済んだなら帰って」 彼の楽し気な様子に、私の笑顔は消え失せていた。 告白したのも振ったのも私なのに、何故かまうのか。 「そう怖い顔すんなよ…コレ。俺のパン屋のクーポン。暇なら来いよ」  そう言いながら彼は灯りの中へと消えていった。  どうしてここまでするの?  ストーカー??  それとも自分は夢を叶えた自慢?  よどんだ思いは、祭りの打ち上げ飲み会まで続いた。 ※※※ 「うーん……」 夏の夜はあくまで()()()であり、寝苦しいのはある。 私は狭いアパートの中、まだ夜が更けない内に目を覚ました。 (……このまま寝るのもアレだし起きるか) そう思うと同時に、私は服を着替え、朝ご飯を用意ししようとした…が、総菜を買い忘れていた事に気が付いた。 代わりの物を作る気にも慣れない私の頭に、1つの考えが浮かんだ (……行ってやるか……) 私は、()()()()彼の店に向かう事にした。 夜明け間近の街を駆け抜け、彼の店の前へ付くと、店の中で何者かが動いている (アイツ……) 動いているのは蓮人だった。灯りの下で必死にパンをこね開店時間に備える彼の姿は、付き合っていた頃にも見た事が無い程真剣さだった。 私はそんな様子を見ながら、彼の言っていた事を振り返る。 あそこまで必死になっているだろうか??備えていただろうか?夢の為に振っておいて…… 「おーい!」 「へ?」 そんな事を思っている内に、こちらに気が付いた蓮人がこっちに近づいて来た。私は驚きつつも少しでも平常であろうと心掛けた。   「朝一で来るとは正直思わなかったぜ」 「……朝ご飯買いに来ただけ……」 「素直じゃないのも変わらないな、ほらコレでも食えよ。お代は要らないからさ」 そう言いながら彼はサンドイッチを渡してきた。クロワッサンに挟まれた、上等な奴だ。 「ありがと……」 「じゃ……俺は戻るよ……」 「そう……」 彼の様子を見てると、自分の愚かさばかり見えてきてしまう。 そんな憂鬱な気分になりかけていた、その時だった。 「……俺……応援してるから!」 「え?」 「……頑張ってる佐藤を見てるの、俺大好きだから……今でも……」 「だから、佐藤春子の名前をもっと轟かせろよ!春子!」 彼は店の中へと戻っていった。朝日に照らされ、顔は良く見えなかったが……優しい声が響いた。 「……もう、いつまでも学生気分で……」 悪態をつきながらも私はサンドイッチを頬張る。 お肉と野菜を、柔らかなパンが優しく包んだ。 (でも……まだ若いんだし、あんな感じでいいのかもね) 彼があんなので出来るのなら、私が出来ない筈はない。 いやむしろ、やらねば彼に笑われそうだ。 恐れず 全力で 前に進む。 花道を歩くかの様に、私は光る町の中、足を進めていった。

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