「…また来たのか…」
 冷たく、野太い声が耳に響く。
「ああ、少しな」
 そういって俺は静かに椅子に座った。目の前では蝶が舞うが、気に止めない。
 街の外れ、僅かに自然を感じられるこの釣り場に訪れる人は少ない。
 取れる魚の種類は限られてるし、立地も良くない。
 だが、俺と「ヤツ」にとってはそれが好都合だった。
「全然駄目じゃないか、お前」
 細まりきった体から湯気を出しながら「ヤツ」は呟いた。
 大きな目でじろりと見つめ、今にもこっちに飛び掛からんとしている。
 その様は飢えた獣その物だった。このままでは壊れてしまいそうだ。
「はは、そうだな」
「落ちたの14社目か?」
「まぁ不景気だもん」
「お前みたいなプログラマー、」
 垂れ下がった糸を互いに見つめながら、ぶつくさと話し合う。
 これこそ釣り人ではない人の釣りの醍醐味と言えよう。
「……折れるか?」
「……いんや、それでも大ヒットゲームは出てるし、俺も目指すよ」
 少しだけどもりながらも、俺は「ヤツ」に返答した。
「…時流に会えるのか?お前擬人化あんま好きじゃないだろ」
「でもバトロワは好きだぜ。現実みたいにシビアだけど」
「1位全然じゃないか。そのまま年取るぞ」
「でも時々は1位になれる、だから俺は続けてるし、続けるよ」
「そうか……相変わらず途絶えんなお前は」
 そう言いながら「ヤツ」は徐々に膨らんでいく。
 風が彼に向かって吹けば吹くほど、彼の四肢や体は健康体へ近づいていく。
「こうでもしないと、やってられしね」
「フン、言わせておけば……」
 落ち着いたのか、彼はゆっくりとしゃがみ、欠伸をした。
 その姿に俺自身ホッとする。ゆられゆれていく現代社会では味わえない
 この孤立した雰囲気が、俺の唯一の癒しだっ(た(
「おい……」
「あ、取られた!クッソー!!」
「面接でそうならないだけ、マシと思うんだな」
 そう言いながら、夢喰らいはクスクスと笑った。
※※※
「良かった、まだいたんだ」
「ああ、おかげさまでな」
 雨が沢山降る中で、俺は傘を差しながら釣り場に来ていた。
 あの後鉄道開業と宅地開発で、ここは1つの名所になってしまった。
 故に人がいないのは、こんな天気の日くらいだろう。
 最も……それを選んで来た訳じゃないが。
「……叶えたそうじゃないか」
「ああ、そこそこだけど売れた。俺の作ったソフトな……よっこらしょ」
 声を出しながら椅子に座り、糸を垂らす。これをするのも、何年ぶりだろうか。
 俺自身と同じ様に「ヤツ」の姿も変わっていた。
 ふっくらとしながらもしっかりとした体躯で、雨にも負ける事無く立つ姿はもはや以前の彼ではない
「で、評価もボチボチで、いいんじゃないか」
「まぁそうだな……お、引っかかった」
「おめでとさん。で、2匹目を狙うか??」
 「ヤツ」は首を傾げながらこちらを見る。
 俺は雨の中。魚を放した針を見つめて暫く黙っていた。
 どもる事も、頭を抱える事もなく。俺は雨の音が聞こえないと思う位静かになった。
 そして……
「ああ、狙うさ。10匹でも、100匹でもな!」
 そう言いながら、俺は糸に餌を付け、池に竿を向けた……
 が、餌が途中で外れ、あらぬ方向へ飛んで言ってしまった。
 そんな俺に「ヤツ」は口元をニヤっとさせながらも、こちらをむいた。
「なら、狙うのはここじゃないんじゃないか?」
 その言葉と共に、携帯が鳴り響いた。
 通知メッセージには、同僚の名前が付いている。
「ああ……そうだな……」
「強くなれて、嬉しいぜ。俺は」
「俺もだ……それじゃあな」
 俺はそういうと、「ヤツ」の顔を見ずに、池から離れていく。
 今の俺は多くの人と向き合っている。
 そう感じれば感じる程、「ヤツ」が消えていくのを感じた。
 だからここに来た。寂しかったから。
 だがここにきて分かった。
 それで良かったのだのだ。
「ヤツ」は強くなって、俺と共にいるのだから。
 (さぁ、行こうぜ。夢の化け物!)
 俺は前を向き、かつての夢の場所、今の目標の地へと戻っていく。
 かつてと今、2つの夢と共に。
 
  
 
コメント投稿
スタンプ投稿
塚本かとつ
天柱太陽
2020年9月4日 16時01分
かむかむ
すべてのコメントを見る(2件)