雪が降り続ける曇り空の朝は布団の中がとても暖かい。 だから何も予定が無い日、私は布団の中に潜る時間が長い。 でもその日は違った。 「え……」 目覚ましのスマホに写るメッセージを見て、私の眠気は一瞬で吹き飛んでいった。 ゆっくりと立ち上がり、一旦落ち着こうと服を着替えたが、ままならない。 『スカウト来た。明日には東京行く』 彼から来た短いメッセージにはそれだけ力があった。 彼と私は、地元の友人達と共に長い間バンド活動をしていた。 最初はある程度楽しければいいかなと思ってしていたけど、次第に人々を笑顔にするのがやりがいになっていった。 学祭り、地域のイベント、動画配信…… どれもとてもプロには及ばないけど、そこそこ見て貰えて満足だった。 私も他のメンバーも、周囲の人も、「凄いねと褒めてくれた」 なれ合いかもしれなかったけど、それが私が大好きだったから。 でも彼は満足してなかった。 「俺、色々応募するけどいいよね」 以前にも彼は漏らしていた。その時は誰も気にも留めなかった。 仲間の中で1番上手くても、流石にそうそう上にはいけないだろう。 それに作品の方向性でバンドが別れるのはよくある事だ。 そう思っていたし、これからもそれが続く……そう思っていたのに…… 『おめでとう!すげぇじゃん!』 『夢実現かよ!ヤベェな!』 そんなメッセージが飛び交う中、私は食事するしかなかった。 (何で行っちゃうの) (皆で楽しくするの最高だったじゃん) (笑ってたのに) 無粋とも言えるどうしようもない思いが、心の中を駆け巡る。 別にキスとかそういうのをしたい訳ではない。 ただ全員で一緒にいたかったのに…… 「今日の予定、どうするの?」 母親のその言葉に、私は少しだけ考えた。 そして1つの思いが、ギターのチューンアップの様に湧き上がってきた。 『皆でキッチリさせない?』 ※※※ 『はいどーも!皆さん!朝早くから配信見てくれてありがとう!』 街中の片隅にあるカラオケ店の窓のあいた広い部屋。 私は窓に背を向けながら、カメラに向かって話しかけた。 青空やスマホのメッセージも気にせず、いつも通りにしていく。 『実はね!突然だけどこのバンドから離脱者が出るの! でも塩らしくいたくないから私達は歌います!! それが一番の励みになると思うから!』 今この瞬間、この時だけしか出来ない事をしたい。 ずっとはもう無理だと分かってしまったのなら、彼を心から送り出したい。 そう思ってからの私は、迷う事無く他のメンバーに連絡した。 彼らも心意気だけは1人前。上手く取り繕いつつ明日に向かって動いてくれたのだ。 未来に向かう彼ととは違うけど、同じ様に。 『それじゃあ1曲目!まずはこのバンドの十八番の~』 ここまで来れば私達は止まらない。 私は1人分抜けたのを気にする事無く、歌い続けた。 張り裂けんばかりの思いを 今まで培ってきた思い出を あったかもしれない未来を声に込めて……歌った。 そして、窓の外から警笛が聞こえた。 一瞬目から涙がこぼれそうになった。 間奏で曲調を乱れるのを感じた。でも。 『さぁ、未来の大スターの旅立ちだよ!』 私は即興で声を上げて、窓を見る事無く、彼の背中を押した。 曲が元になっていくにつれ、 背中合わせになっていた彼との距離が、 遠くなっていくのを感じた。 その日の夜、彼から連絡が来た。 しかし泣いた絵文字を始めて使ったのを知ったのは、 目が真っ赤になった翌朝の事だった。 案外可愛い所あるなら、東京でも上手くやれるかもね。 布団の中で、私は静かに微笑んだ。
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有馬マリン
天柱太陽
2020年9月4日 20時16分
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