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夢喫茶

「おや、君か。この時間になんて珍しいね」  街角の片隅の寂れた喫茶店から、優しそうな声が響く。 「こんにちわ、おじさん」  僕はひんやりとした店の中にするりと入っていく。  お天道様がてっぺんを過ぎ、1番暑い時間を超えた辺りを過ぎた頃  そろそろ甘い物が恋しくなる時間だが、店の中はすっからかんだ。 「どうしたんだい、暗い顔して」 「うーん、ちょっと悩み事があって……あ、パフェ1つ」  僕はカウンターの席に座りながら、茶色い天井を見た。  この天井はいつ見ても同じ色をしている  おじさんと僕は同い年の翔太君の父親として、この年ながら10年の顔見知りだ。  そして僕が肉親以外で親しくしている、唯一といってもいい位の知り合いだ。 「で、悩みって何だい?」 「……学校で将来について考えろだって、僕は特に目標ないから……」 「何言ってるんだい。成績優秀で高校頑張れば旧帝もいけそうな君なら、 よっぽど特殊じゃない限り、何にだってなれるさ」 「そう翔太君も言うけど……怖いんだ」 「怖いって?」  おじさんはパフェの盛り付けを進めながら聞いた。 「将来の目標って……テストみたいに必ずしも答えがあるとは限らないでしょ?  そこに向かって真っすぐ行くの、僕には賭けみたいに見えて……  それなのに持ってないといけない様な感じがして、怖いよ。  どうせなら答えがわかり切ってればいいのに……」  僕はそう言いながらお冷に口を付けた。  首筋にひんやりとした物が流れた。 「……そこまで気負いしなくていいさ、はいパフェ、ウエハース増やしておいたよ」 「ホントに!?ありがとうございます!」 「フフッ。こういう決まり切った事じゃないからこそ面白い物もあるだろ?」  おじさんはそういうとニヤとしながら、僕の目の前に座った。 「世の中色々平等が叫ばれるし、それが間違いとはいわねぇ。  でもね、平等化、平均化してないからこそ……上に目指せるワクワクさもあるさ。  皆が皆、クリアできたら代わり映えしないだろ?」 「でも……失敗したら……」 「……勿論それもある。だがな、失敗だからといって終わりって話じゃないぞ」  おじさんは力強く答えた。 「実はだな、この喫茶店もホントは失敗だと思っていたんだ」 「ホント!?」 「ああ、結婚した相手の両親が経営してたんだが……正直目の上のたんこぶだったんだ  でも彼らが亡くなった後、こうして店を継いでみると……意外と楽しいもんさ  そしたら色んなメニューを作りたくなってな、デザートに力入れる様になったんだ」 「そうだったんですね…」 「ああ、だから逆に今すぐ夢を見る必要もないんだ。  人は何時でも夢を見れる。人生100年時代だ、楽しまなきゃ」 おじさんは笑みを浮かべながらこっちを見た。その笑顔は今まで 見たおじさんの笑顔の中で一番優しそうだった。 「ほれ、溶けちまう前にパフェ食いな」 「そ、そうですね!いただきます!!」 「あ、勉強は続けなよ!広くもてるからね!」  そう話しかけるおじさんに対し、 何処かあったかいウエハースを食べながら、僕は頭を縦に振った。

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  • れびゅにゃ~

    でんでろ3

    ♡100pt 2020年9月5日 17時22分

    雰囲気が好きです。 というスタンプがないのでコメントしました。

    ※ 注意!このコメントにはネタバレが含まれています

  • コメントありがたいです…! 今までにない感じで書こうとしてので すごくありがたいです!

    ※ 注意!この返信にはネタバレが含まれています

    天柱太陽

    2020年9月5日 19時27分

    ひよこ剣士

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