視点を維持すりゃ視線は変わる。

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視点を維持すりゃ視線は変わる

狭いアパートの中、キーボードを叩く音がする。 (……ここは…違うかな……) 理想通りにいかない様にうなだれながらも、俺は原稿を書く。 後ろでは蝉がけたたましく鳴くが、以前傍でわめいていた奴よりかはマシだ。 引っ越してから、1ヵ月が立つが、俺は健在だ。 あんなにうるさかったのがウソの様に、周りからは視線は消えた。 親じゃないのに親面するのは、見飽きた。 「お前が1人暮らし!?仕送り無しでとか無理だろw」 「そういう夢を追うのはいいけどさぁ、堅実にいった方が……」 「馬鹿者! もっとまともな職を目指しなさい!」 ……そうしたふざけた声を、俺は良く耳にした。 そりゃ、その中には正論も混じっていた。 痛い言葉に傷付く時も、それに気づかされることもあった。 だが彼らの目は、何処か俺を滑稽に見ていた。 将来性の無い奴、とりあえず逃げてる奴だと思ったんだろう。 全く馬鹿馬鹿しい。 輝きを貰う必要はない。 俺は既に道しるべを描いていた。描き続けていた。 やるべき事を見据え、夢をぼんやりと見続ける事はしない。 その日暮らしの明日も見えない輩に馬鹿にされる通りはない。 現に俺はここにいる。ここに生き続けている。 「……ヤバイ寿司、食いにいくからな……」 安っぽいエアコンの風を浴びながら、俺は筆を続けた。 ※※※ (ここともお別れか……) 俺はそう言いながら、狭いアパートの扉を名残惜しそうに締めた。 実際問題何年も過ごしたここを去るとなると、思い出がぽつぽつと浮かんでくる。 2度目の引っ越し前と今では、随分と俺も変わった。 静かだった俺の周りにも、再び俺に視線が飛んで来た。 友達も知り合いも、地元より多くなった。 「作品凄く良かったよ!」 「健康大丈夫ですか?」 「連載おめでとうございます!」 ……1年前から、そういう声をよく聞く様になった。 それらはとても心の温かい物だった。 以前の物よりも遥かに誠実で嬉しい物だ。 もうここで終わりでもいいのではと思ってしまった事すらある。 だが、それではいけない。 そこで終っては、自分は逃げてしまう事になる。 輝きはまだ手にしてない。 俺はまだ道の途中だ。ここで満足して終わりたくない。 孤独で辛い日々は寂しかったけどそれはその先の為にある。 優しさは嬉しいが、それに甘え切ってはいけない。 俺はまだそこにはいない。そこで生きてはいないのだ。 「……でもまぁ、今夜は回転すし位は食べてもいいかな……」 ついつい口笛を吹きながら、俺は先への道を歩いて行った。

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