◇
「こちらです」
黒い鍾乳洞のような、かび臭い空間。いくつもの牢獄を通りすぎた先に、その檻があった。
(…………)
沈静化の波がひいていくのを待って、アインズはゆっくりと視覚を開く。
檻の中へと足を踏み入れるアインズの後に、セバスとナーベラルが続いた。
磔にされ、がくんと頭を垂れたままのデミウルゴスを見上げる。
「ここまでする必要があったのか……?」
「申し訳ございません。私どもも捕縛を最優先としておりましたが手向かいが激しく」
アインズはただ力なく、かぶりをふった。
「御身にあれほどお目をかけていただきながら……!」
「──黙れ」
「──……っ! 申し訳ございません‼」
ぱっと頭を下げて一歩下がったナーベラルから、アインズはデミウルゴスへと視線を戻す。
じっと佇んでいるアインズの様子を、ふたりのシモベは痛ましそうに見つめていた。
「よほど、その侵入者が大事だったということか……」
「ここで直接尋問なさいますか?」
「そうだな……いや、待てセバス」
進み出ようとしたセバスを、アインズはおしとどめた。
デミウルゴスは、
(俺が何を聞いても、きっと何も答えないだろう)
下手をすれば舌をかみ切る可能性だってある。
もちろんセバスたちが阻止するだろうが、そんな光景など見たくもなかった。
シモベとして罪悪感に苛まれながらも、結局デミウルゴスはレイスを選んだのだ。
(この期に及んで口を割らなければ、待遇はもっと酷くなるだろう)
それに、自分も。
この期に及んで、アインズとして何を問いただすんだ? と思う。
ここへ来るまでに覚悟は決めたはずだった。
もともと自分が蒔いた種なんだから──と己を鼓舞しても心が苦しい。
「セバス、さっきのアイテムを出せ」
「は」
ダークブルーのハンカチ包みをセバスが手の上で開こうとする。
宝玉が垣間見えた瞬間にアインズはさっとそれをもぎ取った。
「アインズ様! なりません、それは──」
危険なアイテムを取り返そうと詰め寄るセバスを無視して、デミウルゴスを起こすようにと一方的に命じた。
「……かしこまりました」
「……っ!」
活を入れる、というのだろう。
痛そうなうめき声と共にデミウルゴスの肩がびくりと跳ねた。セバスが離れ、デミウルゴスが重そうに頭を上げる。殴打によって腫れあがったその顔をアインズは直視した。
「ア……インズ……さま……?」
まだ目覚めきっていないのか、少しぼんやりとしているように見えた。
だがそれは、張れあがった肉に瞳が半ば隠れてしまっているせいかもしれない。
アインズはセバスたちのほうを見た。
「セバス、ナーベラル、そしてデミウルゴス……見るがいい!」
Change Avatar00を掲げれば、アインズの姿がぐにゃりと歪む。
驚愕に見開かれたシモベたちの目の前で、渦を巻く粘体となった姿が収縮し、逆回転してまた膨張する。
「……っ⁉」
反射的に武器を構えたナーベラルを、セバスがさっと押しとどめた。
そこに立っていたのは、低レベルのスケルトンだ。
「過日の侵入者は私だ‼ ゆえに罪などどこにも存在しない‼」
◇
いや、──罪は『ここ』にある。
吠えるように宣言しながら、アインズは胸の内でそう思った。
言葉を失い、茫然としているナーベラルと、硬い表情の中にも驚きの色を隠せていないセバスの顔を流れるように見た。
たとえシモベとしてであっても。
忠実に、誠実に、その心をささげられておきながら──それをないがしろにした。
崇拝も忠誠も、アインズの時に飽きるほど受け取れる、と。
「アインズ様‼」
悲鳴のようなデミウルゴスの声が、アインズに突き刺さった。
「アインズ様……! アインズ様‼」
狂ったように身をよじり、手首の戒めを引きちぎらんとする勢いでデミウルゴスが暴れている。正視に堪えないほどのその錯乱ぶりに、アインズは耳を覆いたくなった。
どれほどの衝撃を与えたのだろう、と思えば後悔がどっと押し寄せる。
「アインズ様、どうか……! どうかお慈悲を‼」
ごきり、と嫌な音がして、デミウルゴスの肩が外れた。
それでもなお戒めは解けず、知らず離れようとしていたアインズに向かって滅茶苦茶に暴れ続けていた。
「お見苦しいですぞ、デミウルゴス様‼」
「御身の御前で何をしている‼」
セバスとナーベラルがふたりがかりで押さえにかかろうとする。
「やめよ! ふたりとも、そこをどけ」
ふりかえった二人が左右に引き退いた。
磔になったままのデミウルゴスと、遮るものもなく真正面から向き合う。
丹田に力をこめてアインズは一歩、デミウルゴスのほうへ足を踏み出した。
「アインズ様、どうか……」
哀れみをさそうような声にいたたまれなくなる。
よく見ればデミウルゴスの目尻にはうっすらと涙がにじんでいた。
自分が、デミウルゴスを罰するとでも思っているのだろうか? なんで。
アインズだと知らずに不敬を働きつづけたからか。
レイスとの関係はお前にとってその程度のものだったのか?
「お願いです、どうか、この枷を──」
もう一歩、デミウルゴスに近づいた。
手を伸ばし、自分でもよくわからない怒りを抱えたまま、乱暴に顎を掴んで顔を寄せた。
「これ以上、お前に何もさせはしない。……だから、落ち着け」
「どうか……お願いです、もう一度、どうか、レイスに……‼」
「──‼」
瞬間、カッとなって突き飛ばすようにデミウルゴスの顎を放した。
そんなにもレイスが恋しいか‼
「──っ、アインズ様‼」
追いすがるように暴れるのをありありと感じながら、背を向けて離れた。
「もう、二度とレイスには会わせぬ」
いまだ戸惑っているセバスたちを押しのけて、檻を出る。
説明を求めているようなふたりの視線を痛いほど感じながら、ふり返りもせずにふと足を止めた。
「……解き放ってやれ。デミウルゴスに罪はない」
それだけを言い残し、アインズは逃げるように転移魔法で姿を消した。