あなたの一部がわたしの全て・改   作:凪K

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13・囚人の夢

 

 

 侵入者があった日の翌日。

 守護者たちがレイスを見失ったときの様子を語るのを聞きながら、ナザリック全階層のMAPを頭に思い描いていた。

 

(やはり離脱門(スケープゲート)を使われたのか)

 

 侵入者の報をアルベドから受け取ったとき、そうではないかと思ったのだ。

 

 大白球の周りを囲む氷柱の3番目、死霊玄室の入り口むかい側。

 レイスが赤熱神殿に入ってきたことを考えると、第七階層には裏庭の石碑から現れたのではないだろうか。

 その手前となると、闘技場。外周を囲む林の中に一本だけ生えているブナの木から移動したことになる。アウラの報告もこの考察を裏づけた。

 

 それ以外にも無数に存在する離脱門の位置と道すじは、シモベの中では防衛戦時の統括指揮権を持つ私にしか知らされていない。1500人のぷれいやーが押し寄せた大防衛戦のさなかにも使用されることはなかったが、それらは有事の際に至高の御方々を逃がすためのものだった。

 

 無論、至高の御方々以外に使用できるものではない。

 そうでなくとも、ナザリックに常駐している守護者たちですら見つけることのできないそれらを、外部から侵入したスケルトンごときに発見できるとも思えなかった。

 

 

 アインズ様ではないか、と思ったのだ。

 

 

 しかしそれなら、なぜ姿を変えているのかがわからなかった。

 離脱門の存在は防衛上の機密であり、ほかの守護者たちにも漏らすわけにはいかない。

 だからなのかと考えもしたが、辻褄の合わない点も多かった。

 

 何よりも、侵入者がアインズ様であるならこんな騒ぎにはならないはずなのだ。

 

 本当に侵入者だった場合のことを考え、配下のシモベは警戒に向かわせている。

 各所にある離脱門の周辺に、もちろんそれがあるとは知らせずにだ。侵入者なら捕えなければならないが、アインズ様であれば離脱門から出てくる瞬間を配下たちが目撃するようなことにはしたくない。

 このあたりのバランスをとるのに少し時間がかかってしまった。結果的に最初の直感が正しかったわけだが、したことは無駄にはなっていなかった。

 

 

「守護者の方々の追跡を受けながら、易々と逃れてしまうなど、ただのスケルトンとも思えませんな」

「そう考えるべきでありんした。悔いても悔やみきりんせん」

「ソレニシテモ、何者ダッタノカ……」

 

 ほかの守護者たちは、誰もレイスの正体に気づいていない。

 こみ上げてくる優越感を顔に出さないよう注意しながら、それとなくアインズ様の様子を確かめた。

 

「僕たちの誰にも気づかれないうちに入り込んだなんて、信じられないですよね」

(──おっと)

 

 ぎくりとしたアインズのほうへ進み出る。

 セバスの視線を感じたが、無視してアインズ様に助け舟を出した。

 

「しかし侵入を許してしまったことは事実でしょう。何か、我々には想像もつかないような手段があったということです。アインズ様はどのようにお考えでしょうか?」

 

 デミウルゴスの思惑通り、アインズ様はこの発言を上手く利用してくれた。。

 自分がレイスの正体に気づいているとは思っていないだろうが、共犯者になったようで少し楽しかった。

 

 だが──

 

 会議が一応の決着をみて、謁見の間を出ていく時にもセバスの視線を感じていた。

 彼は『キ』に関連した特殊技能に特化したシモベだ。

 当然、気配を読むこともほかの守護者たちより長けている。レイスが彼の前に現れなかったのもおそらくその辺りが理由なのではないかと思われていた。

 

(プログラムというものを知っていたからとはいえ、私が気づいた程度のことだ。セバスはもしかするとそのうち気づくかもしれないな)

 

 自分にできることは相手にもできると思っておいたほうがいい、というお言葉を反芻して気持ちを引き締める。

 二度とナザリックには、と言った忠告をレイスが聞き入れてくれるかどうかもまだわからないのだから、と。浮つく気分を戒めていた。

 

 

 

 

 レイスが初めて店を訪れた日──

 デミウルゴスはひとつの賭けをしていた。

 

 もしもレイスが、この誘いを断るのなら諦めてアインズ様にバグのことを伝えよう、と。

 あの変身は、おそらく何らかのアイテムを介してのものだ。

 破壊することはできなくても、二度と使わないようにと進言するつもりだった。

 

 これより前に、レイスが再びナザリックに現れていてもそうするつもりだった。

 だが『侵入』騒ぎはあの1回きりだ。いやがおうにも期待が募った。

 

 

「……いい香りです」

「それはよかった。用意した甲斐があるというものです」

 

 

 レイスに覆いかぶさるようにして、ソファに手をつく。

 見上げてくる視線には戸惑いがあらわでもどかしい。伝わって欲しいと思いながら、まなざしにありったけの気持ちを込めてただ見つめた。

 

「あの……何も聞かないんですか?」

「何を?」

 

 ああ、と思う。

 この方は私を疑っているのだ。

 

「迷い込んだのではなかったのですか? 何が起きたかも貴女には理解できず、そもそもあの場が地下迷宮であるとすら思っていなかった」

 

 作り話に騙されたふり。

 だがレイスはまだ、私の言動を不可解に思っているようだった。

 

「聞いてしまうと……私は貴女を罪人として処断しなければならなくなります」

 

 もちろん本当に騙されてはいない、と告げる。

 貴方が好きだからそういうことにしておくのだ、と。

 

 ナザリックに対する裏切りだと思われるだろうか?

 婉曲にでもそう指摘されたなら、ここで引き下がろうと思っていた。だが……

 

「それは望むところではありませんので」

 許されるなら、もう少しだけ。

 

 

 

「動かないで」

「……っ!」

 

 逃げ出しかけたレイスの体が硬直して、デミウルゴスもはっとした。

 慎重なこの方が何の準備もなしにやって来るはずがないと考えていたから、呪言がまだ通用するなどとは思っていなかったのだ。

 

 アインズ様には属国の皇帝(ジルクニフ)から贈られたネックレスがある。

 

 だがはからずも、咄嗟の呪言が効いてしまったことでそれをしていないのだと知った。

 考えてみれば当然のことだ。それは自分に正体を知らしめてしまうようなものなのだから、と考える。

 しかしこうなるともう、引き返せなくなった。

 

「あ、あの……っ!」

 本気で慌てるレイスの様子に心をくすぐられる。

 神聖にして不可侵のはずの御方が、己の術中にやすやすと堕ちてなすすべもなく──と思えば背筋がぞくぞくした。

 

「……っ!」

 ぴく、とかすかに震える反応すら甘美すぎて、バグを処理することも危うく忘れかける。

 これ以上は不敬にあたると思いながら、必要以上に触れてしまうのをやめられなかった。

 

 

 夜が明ければまた、魔力低下によるあの苦しみを味わうことになるだろう。

 それが唯一の免罪符だ。

 

 

 アインズ様にとっては火遊びのようなものだろうとわかっている。

 身の程もわきまえず、舞い上がって本気になるなど本来あってはならないことだ。

 そんなふうに繰り返しながら、レイスとの時間に溺れていった。

 

 

 

 

 

 

「一体なんのつもりかな、これは」

「失礼いたしました。少しあなた様の気が衰えているように見受けられましたので」

(…………)

 

 セバスの口調には、批難めいた響きがある。

 魔力の精髄(マナ・エッセンス)に対策を講じていても、セバスには別の手段があったということだろう。

 後ろめたさが苛立ちに変わって、つい舌打ちが出た。

 

「ここのところ、万全の状態でないのでは?」

「余計なお世話というものだ。私が任務に支障をきたすような愚か者に見えるかい?」

 

 任務には以前にも増して神経を使っている。

 こういうことが万が一にもないようにと考えてのことでもあった。そこをわざわざ指摘してくるのだからこの男は。

 

「……重ね重ね、失礼を。ですが──」

「君に口出しをされるいわれはないよ」

「…………」

 

 あのバグは絶対にすべて引き受ける。

 魔力の最後の一滴まで絞りつくされようと、今の役目をみずから降りるつもりなど絶対にないと思っていた。

 

 だが、セバスの目についたことは覚えておかなければならないだろう。

 

「ここは後で直させておくように」

 こんこん、と立ち去り際に壁の穴を叩いてそう告げる。

 

 背を向けてもセバスの気配はその場に留まったままだ。いつまでもまとわりつくかのような視線には、疑惑の念がこもっていることだろう。

 セバスはこのことをアインズ様に進言するだろうか? 

 

 もし御下問があれば、魔力の低下した今の状態を認めるしかなくなるだろう。

 いくつかの任務から外されるかもしれないし、原因の追究も行われるはずだ……。

 想像するだにセバスへの怒りがこみあげてくるが、心の片隅では彼が正しいという気持ちもわずかにあった。

 

 ナザリックが、ひいてはアインズ様の利益こそが最優先なのだから。

 自分の行動はアインズ様を危険にさらしているにも等しい。

 

 いっそセバスを消してしまいたくもなるが、本当にそうするわけにもいかなかった。

 

(厄介な男だよ、まったく)

 

 

 

 

 しかしそんなやりとりがあってからも、レイスは店に訪れ続けた。

 与えられた任務は完璧以上にこなしていたし、実害が出ていないのならとセバスは口をつぐむことにしたのだろうと思っていたのだ。

 

 アインズ様が無関心を貫いていたことで、ほかの守護者たちも侵入者の一件については関心を薄れされていた。だから気が緩んでいたのかもしれない。

 

 

 

 

「こんなところまで何の用だい?」

 一応聞いてはみるものの、心あたりとしてはひとつしかなかった。

 

「おわかりでないとは思いませんが?」

 まったく鬱陶しい執事だ、と苛立っていた。あまりにも間が悪すぎるだろう、と。

 

「それは、あの侵入者がここへ来るから──ですかな?」

「──……」

 

 何故、今夜に限ってレイスの訪れが遅いのか?

 その理由が明らかになった、と感じて息が止まった。

 

(まさか……アインズ様に私のことを)

「お見受けするに、先のご忠告は無駄だったようですな」

 

 頭が真っ白になる。

 セバスがすべてを知っているなら、それを話したのはアインズ様だ。

 

 胸を刺した衝撃は、やぶれかぶれの薄笑いに変わった。

 きっと目の前のこの男は、すべてを聞いてさぞ嫉妬したことだろう、とすさんだ気分でそう思っていた。

 

 

「あの時にも言ったはずだ。任務に支障はきたしていないんだから、君にとやかく言われる筋合いはないよ」

「ナザリック髄一の忠臣のお言葉とも思えませんな。こんなことを、この先もずっと隠しおおせるとでもお考えですか」

 

 ──では、バグの存在にアインズ様はまだ気づかれていないのか。

 だがセバスは察している、ということだ。

 

「……だからアインズ様に、正直に申し上げて手を引けと? 君はいつから気づいていたんだい?」

「ナザリックに侵入者のあった、翌日から」

 

 なんだって?

 

 一瞬、レイスがセバスの前に現れる様子が浮かんでいた。

 レイスがアインズ様だとセバスが知っていたのなら、今日までここにナザリックの手が伸びなかったことにも納得がいくと考えかけて、何かがおかしい、と思い直す。

 

 

 このまま話していていいのだろうか、とかすかに感じた。

 

 

 何か重大なことを見落としているような気がするのに、生まれかけた嫉妬が邪魔をして思考がうまく働かなかった。

 

「時を置けば置くほど、状況は悪くなるばかりでございましょう。……ご自身のなさっていることをおわかりか?」

「…………」

 

 

 嫌というほどわかっている。

 万が一にも処理を誤り、バグを引き受け損ねるようなことがあれば……

 被害はあの方に及ぶのだ。

 

 

「君が怒るのも無理はないと思うよ。……だが、自分でもどうにも止めようがなくてね」

 

 

 

 まだ──もう少し。

 

 

 

 

 

 せめて、この身が滅ぶまでは。

 

 

 

 

 

 

 まだ手放したくない……

 

 


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